選挙管理委員 松井さんの場合

成瀬君同盟が設立したのは、彼女たちがまだ高校1年生の1学期の頃だった。

3組にイケメン男子生徒がいると聞きつけて、殆どの学年の女子が噂の彼を見に行った。

彼はいかにも優等生といった正統派イケメンだった。

松井も彼を見た瞬間、一瞬で一目惚れした。

今まで、アイドルグループ、『HOSHIの彼方』のセンター銀河君にぞっこんだったが、成瀬を見た瞬間、彼女の気持ちは変わった。

銀河君も今まで通り推しとして応援する。

しかし、身近なアイドルとして、いや王子様として成瀬を見守ろうと決意した。

成瀬の事が評判になると、今度は成瀬と付き合いたいと言い出す奴らが出てきた。

松井はそれを阻止すべく、1つ年上の成瀬ファンの先輩を誑かし、成瀬君同盟というものを設立した。

成瀬君に近づき、何かアプローチをしようとする女子が現れた場合、瞬時にそれを阻止し、制裁を加える。

そして、そいつにも同盟を組ませ、今後出し抜くことがないよう監視下に置かれるのである。

お互いにお互いを監視することで、抑止力となっていた。

その中でも邪魔な存在が1人いた。

それは同じクラスの女子生徒、結城である。

結城が率先して成瀬に近づくことはないが、同じクラス委員ともあって最近関わることが多くなった。

クラス委員だけではない。

噂では外で彼の妹を連れてデートをしていたとか、社会訪問などと称して一緒にネカフェに行ったり、妹に取り入り一緒に妹の学校まで迎えに行ったりと必要以上に成瀬に近づいていた。

しかも、あろうことか自分のバイト先に成瀬を引き込み、一緒に働くなど言語道断。

今すぐ処刑したいぐらいだった。

しかし、結城という女に制裁を加えるのは非常に難しかった。

これは彼女の入学した当初から変わらないが、愛想がなく態度が悪い。

しかし、成績においても運動においても全てどの生徒よりも優秀なのである。


1年の頃は、そんな結城に嫌がらせをした生徒は何人かいた。

まずは下駄箱に入っていた上履きを隠すという初歩的な嫌がらせだ。

しかし、結城は気に留めることもなく、普通に来賓用のスリッパを持ち出し、上履きが見つかるまで履き続けた。

教師には何度か注意されたようだが、紛失した原因が学校側にあると論破し、文句を言う教師もいなくなったという。

その後、盗んだ生徒がゴミ箱に捨てたらしいが、結城はそれを拾い、今でも履き続けている。

他にも、教室の机の中に嫌がらせを書いた紙を入れたりしたが、机ごとゴミ箱の前に持っていき、見ることなく捨てた。

ついには机自体に落書きをすると、結城はその机を廊下に捨てて、他クラスから別の机を持ち出し使用していた。

後に結城だけではなく、クラス全員が担任から怒られたので、これに懲りて机にいたずらするものはいなかった。

当然、結城の前で堂々と彼女の悪口を言う子も少なくはなかったが、寝てばかりで反応を見せることはなく、大声で騒ぐようになると耳栓をして寝ていた。

1年の頃から教室の掃除はサボり、放課後残るといっても聞かず、行事ごとの参加も殆どしなかった。

そんな彼女をよく思う女子など皆無に等しい。


それにも関わらず、2年生になると成瀬との関係は深まっていった。

あんなに人を拒んでいたというのに、やはり学年一のイケメンとは仲良くするのかと更に女子からの反感を買った。

その1人が松井だった。

松井は勇気を振り絞って、結城に近づいて行った。

そして、声をかける。


「結城さん! 無暗に成瀬君に近づくのは辞めてくれます? 私たち同盟を組んで協力し合っているんです。なので、あなただけ抜け駆けなんて、誰も納得してないんですけど!!」


松井の体は震えていた。

正直、松井でも結城は怖い。

すぐ睨んでくるし、口は悪いし、態度も悪い。

一度生意気だと3年の女子に昼休み呼び出されたことがあったが、3年の方が返り討ちにあったという話を聞いている。

その時は確か4対1という、明らかに結城の方が不利だったというのに、軽く数分で片づけたらしい。

噂では他校の男子生徒ものしたことがあるとか。

そんな結城に反発することは、すごく勇気がいることなのだ。

案の定、結城は松井を睨みつけていた。


「別に好きで関わってんじゃねぇよ。そんなに抜け駆けしたいなら、うんなくだらない同盟なんてぶっ壊して、勝手にやればいいだろう? とにかくそんなくだらない世界に私を巻き込むのはやめてくれ」


彼女はそう言ってまた机に伏せ始めた。

松井の顔は感情が高ぶりすぎて、顔を真っ赤に染め上げた。

すごく悔しくて、そして恥ずかしい。

居た堪れなくなった松井はついに寝ている結城の机を思い切り蹴った。

その瞬間、机が大きくずれる。

これには結城も腹を立てたのか、起き上がって目の前の机を跳ね除け、松井に近づいていく。

その顔があまりに怖くて、松井の体は更に震え上がった。

本気で殴られるかと思った。

松井の悲鳴とともに、ばんと思い切り机を叩く音が響いた。

松井の真後ろにあった机を結城が思い切り叩きつけたのだ。

その音は教室中に響き渡り、あたりは静まり返る。


「私の事をどう思おうが構わないけどな、私の眠りを妨げるんなら容赦しねぇぞ」


結城は松井に顔を近づけて、低い声で告げた。

そして、再び自分の机を元の位置に戻し、顔を伏せて寝始める。

松井はその場で力尽き、地面に座り込んだ。

周りも騒然とし、この一件は後世まで語り継がれることになる。

その後、誰も結城に手を出すことはなかった。


しかし、成瀬君同盟は今でも存在している。

その中の項目に結城には手を出さないことも加わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る