体育委員 阪木君の場合
「おい、脳筋阪木ぃ!」
中学生の頃、俺はそう言ってクラスメイトに馬鹿にされていた。
あの頃から身体は鍛えていたから、中学生にしてはガタイが良い方だったと思う。
けど、脳みそが全部筋肉になってしまうほど頭が悪いなんて思われたくなかった。
だから俺は県内一の進学校、県立大越高等学校を受験した。
担任教師からも無謀だと止められたが、辞めなかった。
そして、俺はビリケツだったけど、見事合格。
あのバカにしていたクラスメイトの度肝を抜いてやった。
それが嬉しくて、入学式の日に俺は浮かれすぎていたんだと思う。
早く友達が欲しくて、クラスメイトの皆に片っ端から声をかけた。
けど、スポーツばかりやって来た俺とは気が合わないのか、なかなか仲良くしてくれそうな友達はいなかった。
俺は落ち込みながら席に座っていると、真横で椅子に豪快に座る男子生徒に気が付いた。
彼はサイド刈り上げをし、髪の毛を立たせ、初日から制服を着崩していた。
耳にはいくつものピアスの開けた後。
一瞬にして誰もが彼が不良少年だと思った。
この優等生ばかり集まる大越高校にはなかなか見ないタイプの生徒だ。
彼も俺のようにまぐれ合格したのだろうか。
しかし、怖くてすぐに声をかけられなかった。
俺はガタイがいいけど、喧嘩は苦手だ。
人を殴るとか怖くてできないし、睨まれるとなぜか体が震えて、動けなくなってしまう。
それは俺の心が弱いからなんだってわかっているけど、こればかりは性格なんだからどうしようもない。
それに人を痛めつけて楽しいなんて言っている人たちの気持ちなんて俺にはわからなかったし、そうなりたくもなかった。
俺は勇気を振り絞って、隣の彼に話しかけることにした。
出来るだけ感じよく、爽やかに話しかけたつもりだ。
「俺、阪木
しかし、彼は俺の方を凄まじい眼力で睨みつけて来た。
「ああ?」
大失敗だ。
もう、俺の下半身はぶるぶると震えている。
しかし、ここで怖気たら男じゃない。
そう思って逃げ出したい気持ちを抑えて、更に声をかける。
「君のその髪型いいねぇ! 男らしくて格好いい!」
俺は親指を立てて、笑顔を見せた。
しかし、やはり不愉快そうな彼の表情は変わらない。
「登校初日から、生徒指導の先公に捕まって叱られてたけどな。たかが、髪型、たかが服装だろう? うんなことでごちゃごちゃいってんじゃねぇよ、めんどくせぇ」
それで機嫌が悪かったのかと理解した。
それでもすごく怖い。
話しているだけで足の震えが止まらなかった。
けど、見た目で判断されたくないという気持ちは俺にもわかる。
彼だって、こんな外見はしているが、本当は心優しい少年なのかもしれない。
俺は懸命に彼の意外性が垣間見られる部分を探した。
すると、鞄に可愛らしい猫のキーホルダーが付いていることに気が付いた。
おお、これは猫好きなのではないのかと考えた。
猫の話をしたら、意外にも盛り上がるかもしれない。
「君、ネコが好きなの? 俺も動物全般好きだよ。動物って可愛いよねぇ。ペットショップとか行くとつい飼いたくなっちゃうんだよ」
しかし、彼は相変わらず機嫌が悪い。
更に眉間のしわが濃くなった気がした。
「はぁ? そう言う奴が無責任にペットなんて飼って、世話できねぇってすぐ捨てるんだろうが! 俺はそういう奴を認めねぇ」
あ、はい、そうですよね。
俺は心の中でそう返事するしかなかった。
俺が軽率な発言をしたばかりに、彼を更に怒らせてしまったようだ。
もう、どうしていいのかわからない。
けど、今までの人たちと違って、不愛想でも彼はちゃんと俺の話に答えてくれる。
あからさまに困った顔をして逃げたりしない。
それだけでも嬉しかった。
「しかし、すごいね、そのピアスの穴の数。もしかして、身体には入れ墨とかいれていたりしないよね?」
こういう少年にはありがちなパターン。
ピアスの穴をたくさんあけて、身体には入れ墨を入れる。
どうしてそんなことをするのか俺にはわからないけど、彼らにはおしゃれなのだろう。
「何言ってんだ、おめぇ。入れ墨なんて痛いもん、する訳ねぇだろう!」
え、ピアスの穴は痛くないの?
それとこれの何が違うんだろう。
俺には全く理解できなかった。
「入れ墨は太古の昔からおしゃれとして豪族が施していたり、地位の高さを象徴するためにもつかわれてた。けどなぁ、消えない入れ墨は罪人としての象徴としても使われていたんだよ。俺はあんなもん、格好いいなんて思った事ねぇよ。そもそも、一度入れたらそう簡単に元には戻らねぇんだぞ!」
なに?
何気に彼は博識なんだろうか?
しかも、意見が常識的で正論。
見た目と全くマッチしないのはなんでだろう?
「で、でもそれはピアスも一緒なのでは?」
俺はそのたくさん開けられたピアスの耳を指さして聞いた。
すると、彼はああと言ってピアスの穴を摩る。
「これなぁ。このぐらいの穴ならこのままほっとけば勝手に埋まるんだよ。でも、自分で安全ピンなんかで開けると化膿して大変なことになるから、開けるならちゃんと皮膚科行けよ」
「う、うん……」
彼って実は真面目なの?
俺はピアスの穴を開ける気なんてさらさらないから興味ないけど、彼は真面目にそれを皮膚科で開けて来たのだろうか。
というか、中学生が穴あてているんだから、多少は止めて欲しかった。
穴は開けてはいるが、今はピアスもしていないし、ある程度理解した上でしているお洒落な気もする。
会話が止まると彼は鞄の中から筆記用具など必要なものを取り出した。
よく見てみると、どれも猫の柄で、一つ一つの物にネームシールが貼ってあり、丁寧に名前が書いてあった。
俺はそれを見てつい笑ってしまった。
高校生にもなって、自分の私物に全部名前書くとか小学生かよ。
しかし、私物から彼の真面目さが窺える。
そんな俺を見て、彼は真っ赤な顔をして訴えてくる。
「これは全部、親父がデザインしたグッツで、余ったら勿体ねぇから使ってるだけだよ! 別に好き好んで使っているわけじゃねぇ!」
それでも、それを普通に活用してあげる彼は可愛らしかった。
やっぱり、猫好きなんじゃん。
見た目とのギャップの激しい彼。
彼となら友達になれると思った。
「ねぇ、君の名前教えてよ?」
俺はもう一度話しかける。
彼は少し躊躇したが恥ずかしそうに答えた。
「高坂。高坂
後でどうせ自己紹介とかすんだろうなどと小声でぶつぶつ言っていた。
彼だって本当は初めての高校に緊張しているし、初めての人と話すのは怖いのだ。
俺と同じだと思うと一気に親近感が湧く。
「高坂! 今度、俺の自慢の筋肉見せてやるよ! 筋肉は良いよ! 絶対高坂もハマるから一緒に楽しもうぜ」
「いや、興味ない!!」
高坂はハッキリそう答えた。
それでも俺は懲りずに、自慢の筋肉と筋トレの話をした。
高坂はぶつぶつと文句は言うが、中学のクラスメイト達のように脳筋なんて馬鹿にはしてこなかった。
やっぱり、こいつは良い奴だ。
人は見た目が全てじゃないと俺に証明してくれているようだった。
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