美化委員 数野下さんの場合
私には好きな人がいる。
恥ずかしくて誰にも話せていないけれど。
皆の前では、成瀬君の事が好きってことにしているけど、成瀬君は憧れているだけで好きとは違う。
彼がクラスの人気者で、皆が恋焦がれる気持ちはわかるのだ。
だから、演劇の時も王子様役の立候補の時も手を上げたし、体育祭のチアガールの希望もした。
けど、本当に私の心の中にいるのは別の人。
私はそんな彼を教室の隅から今日も見つめている。
「どうだ、高坂! 今日の俺の上腕筋は!」
彼はそう言って興味のなさそうな高坂君に自慢の筋肉を見せつけている。
今日の上腕筋も素敵です!
「知らねぇよ。お前、よくその脳筋で大越入学できたよなぁ」
高坂君は呆れながら彼に話しかける。
彼はそんな言葉にも屈せず、綺麗に生えそろった白い歯を見せつけて答えた。
「自慢ではないけどな、合格ラインギリギリで合格だった。自分の強運には興奮したよ。しかし、見てくれ、このシックスパック!!」
彼はそう言って今度はカッターシャツの裾を上げて、割れた腹筋を高坂君に見せている。
彼のそんなお腹もセクシーで興奮してしまう。
「いや、興味ないからそれ。それより、本当に自慢じゃないからな、ギリギリ合格。浜内の補欠合格の次ぐらい格好悪いから」
高坂君は容赦なく突っ込む。
しかし、そんな彼らの和やかなやり取りが私は嫌いじゃない。
そんな私の目線に気づいたのか、さっきまで他の子とおしゃべりをしていた松井さんが私の顔を覗き込んできて、話しかけてきた。
「かずっち、何見てるの?」
『かずっち』とは私のあだ名だ。
私の名前は数野下
私は慌てて手を振って、彼らから目線を外した。
「いや、別に。今日も成瀬君は格好いいなぁと思って」
松井さんは『成瀬君』という単語に過剰反応する。
手を合わせて、甲高い声を上げた。
「かっこいいよねぇ。私らの王子だもん!」
とりあえず私はバレていない様子にほっとした。
ごめんね、成瀬君。
成瀬君は今日も自分の席に座って、後ろの席の浜内と話をしていた。
基本、浜内が一方的に話しているだけで、成瀬君は相槌を打っていることが多い。
そんな成瀬君は優しいと思う。
けど、これは恋ではないの。
胸のときめきはそこにはない。
「でも、かずっち抜け駆けはダメだよ。うちら、成瀬君同盟組んでるんだから」
「う、うん……」
私は気まずそうに頷いた。
『成瀬君同盟』とは成瀬君を憧れる女子たちが奪い合い争うことがないように締結された同盟である。
私も一応所属はしているが抜け駆けする気はない。
それに比べて松井さんは本当に成瀬君が好きなようだった。
話しの半分は成瀬君。
もう半分はアイドルグループの
松井さんの興味はいつも美少年にしかないようだった。
「かずっちってさぁ、他の女子より女子っぽくないって言うか、ぶっちゃけ成瀬君とは似合わないよねぇ。成瀬君には華奢で女の子らしい子が似合ってるよぉ」
私はその敵意むき出しの言葉にイラっとした。
確かに松井さんは華奢で背も小さくて女の子らしいけど、成瀬君に似合うとは思わない。
私は彼女と違って、背も高いし、柔道で鍛えた体はごついし、胸も大きいわけじゃない。
女の子らしくないと言われたらそうかもしれないけど、心は誰よりも乙女なのに。
可愛いレースもリボンもフリルも大好き。
一番好きな色はピンク。
好きな模様は花柄。
好きな食べ物はフルーツがたくさん載ったパンケーキなのに!
松井さんは私の事を全然わかってくれない。
「どっちかって言うとさぁ、かずっちは阪木とかが似合ってるよ。だって、あいつただの筋肉バカだし、身体だけはでっかいからさ!」
私を馬鹿にするのはまだいい。
けど、彼、阪木君を馬鹿にするのは許せなかった。
私はつい勢いよく椅子から立ち上がって、松井さんを睨みつけてしまった。
松井さんも驚いたのか、身体をぶるぶる震わせながら、私の顔を見つめていた。
「う、嘘だよぉ。冗談だから、そんなに怒らないでよ。皆ワンチャンあるって」
そんな事ではない。
私は阪木君の悪口を言われたことが許せなかっただけで、成瀬君とお似合いでないのぐらいはわかっていた。
松井さんが言うように、阪木君は身体も大きいし、背も高い。
私が横に並んでも、私に圧倒されることはない。
何よりも彼はクラスで一番男らしいのだ。
成瀬君ばかり目立っていて、阪木君がかすれてしまうのは悔しかった。
私はひとまず気持ちを落ち着かせて、椅子に座りなおした。
そして、再び横目で阪木君の様子を窺う。
あいかわらず、高坂君に筋肉自慢をしているようだった。
「ヒラメ筋も素晴らしいだろう? これは陸上の時、活躍してくれるんだ。他にも腸腰筋、大腿直筋、大臀筋と中臀筋、大腿四頭筋全てに愛情を注いで鍛えている。筋肉とはただ酷使すればいいというわけではない。一度筋肉を破壊し、再生することで成長するものだが、無暗に破壊すればいいものではないのだ。適度な負荷をかけ、たんぱく質などの食物で再生を促し、それを繰返す。その結晶こそが筋肉であり、だからこそ優美なのだよ。それに美しい筋肉をつけるためには闇雲にトレーニングするだけではダメだ! 筋肉は時間をかけて成長させるもの。一朝一夕で得られるものじゃないんだよ」
阪木君は語り始めた。
なんて知識深い人なのだろう。
やはり、彼は素晴らしい。
筋トレをするだけでもあらゆる知識を蓄え、実践している努力家なのだ。
脳筋とかバカにする人はやっぱり許せないと思った。
「や、阪木さぁ、そんなことに頭使えるんなら、半分ぐらい勉強にも使えよ。お前、前回のテスト、後ろから数えた方が早かったろう?」
高坂君の容赦のない意見に、阪木君はたじろいでいた。
頑張って、阪木君!
「いやいや、ちゃんと勉強もしているよ。腹筋をしながら単語を覚えたり、スクワットしながら化学記号を覚えたり、腕立てをしながら数学の公式を覚えたりしている」
「お前、理系だろう? それじゃぁ、暗記問題しか出来ないじゃないか。数式とか筋トレしながらどう解くんだよ!?」
その言葉で阪木君は言葉を詰まらせてしまった。
高坂君のなりは悪いが頭はとてもいい。
高坂君の言っていることも最もだけど、私は阪木君の気持ちがわかる。
私もつい単語を覚えるふりをしながら、編み物をやってしまったりするから。
そんな阪木君に高坂君は優しく言ってくれた。
「しゃぁねぇな。試験前には俺が教えてやるから、今度、昼飯のパン、奢れよ!」
なんやかんや言って高坂君は優しいのだ。
そして、そんな彼に感激した阪木君は高坂君を思い切り抱きしめた。
これが友情なのね。
そう思うと涙が溢れそうだった。
そんな時、とてもとても邪魔者である浜内が阪木君たちに近付いてきた。
そして、私の方を指さしてこういった。
「お前ら大丈夫か? すごい顔で数野下に睨まれてるぞ? あいつゴリラなんだから捕食されないように気をつけないと」
その瞬間、私は阪木君たちがこちらに注目する前に筆箱を力の限り浜内にぶっ放した。
それは見事に命中し、浜内はその場に倒れる。
本当に浜内はデリカシーのない男だ。
いっつも下ネタみたいな下品な話しかしないし、最低!
そう言って私は彼らに背中を向けた。
そもそもゴリラは雑食だけど、食べるのは虫ぐらいで、基本は食物を食べているの!
人間なんて食べるわけないじゃないと心で叫んだ。
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