図書委員 佐々木さんの場合

私は毎日退屈していた。

夏休みも終わり、もうすっかり涼しくなってきている。

秋が来るんだなと実感していた。

最近、すっかり執筆活動の手が止まっている。

夏休みを利用して散々執筆活動に明け暮れていたけど、一作品書き終えると燃え尽きてしまったようにアイディアが枯渇した。

私の出したコンテスト作品、今年こそは入賞して欲しいと願う。

せめて、最終選考ぐらいは残ってくれないと、モチベーションが上がらない。

もう佳作すらかすらずにコンテストを終えたことは何度もあった。

私のこのアイディアや才能はここで終わってしまうのかなと落胆していた。

そして、席を立って廊下に出た。

その時、一人の女子生徒が目の前で転んでいた。

恐らく、廊下ですれ違った男子生徒の肩にぶつかったのだろう。

その男子は笑いながらわりぃわりぃと言って手を振り、立ち止まることなく他の仲間と一緒に廊下の先へと歩いて行った。

最低!

私はそう思いながら、男どもを睨みつける。

そして、転んでいた女子生徒が痛そうにお尻を摩りながら立ち上がろうとすると、そこに誰かが手を差し伸べてきた。

成瀬君だ。

クラス一のイケメン、成瀬蓮君だった。

彼女はぽっと顔を赤らませ、その手を取る。


「大丈夫? 怪我はない?」


成瀬君は優しく女子生徒にそう話しかけた。

あの男子生徒とぶつかったことは不運だったが、成瀬君に助けられたのならそれは幸運と呼ぶべきだろう。

私の目には彼が王子様のように見えていた。

いつも穏やかな空気をまとい、落ち着いていて、下々の浜内や福井みたいなやつらにも慈悲深く接する。

女子の理想的な男性。

そう思った瞬間、私の中であるものがひらめいた。

そうよ!

王子様よ!

王子様が登場するファンタジックなストーリーを描きたい。

王道でもいいの。

成瀬君みたいな素敵な王子様が出る作品。

一層脚本にして、文化祭で演じてもらおうかしら。

そう思ったら、私の身体に力がみなぎり、想像が頭から溢れるように湧いてきた。

いけるわ。

今ならドーパミンどばどばだもの!

そう思ってトイレに行くのも辞めて、そのまま教室に戻り席に着く。

アイディアノートを取り出して、物語のあらまし、プロットを作成する。

ロミジュリのような展開もいい。

ラプンツェルなんかも素敵。

茨姫のように眠っている乙女を助けに来るのもいいんじゃないかしら。

私はそんなことを想像しながら、とにかく必死に手を動かした。




しかし、それは甘かったのかもしれない。

途中から完全に手が止まってしまった。

私は今まで小説は散々書いてきたけど、脚本なんて書いたことがない。

脚本の書き方をネットと図書館の本で調べながら書き進めているが、どうもパッとしないのだ。

これじゃぁ、結局誰かの物語のパクリだもの。

こんなのを面白いと見てくれる生徒は何人いるのだろう。

最高の役者は存在しているのに、私の台本で台無しにはしたくない。

もっと周りがわくわくするような期待するような作品を作りたいのに!

そう思いながら、成瀬君と浜内たちを見つめているとあることに気づいた。

成瀬君は育ちがいいのか、作法が綺麗だ。

女子顔負けの気品の高さではないのか?

表情も柔らかいし、話し方も優しい。

噂では料理も家事も得意だと言っていた。

すると目の前の成瀬君が浜内の取れかけたボタンを見つける。


「浜内、第二ボタン、とれそうになってるよ?」


浜内の見て確認する。


「あ、本当だ」


浜内の第二ボタンは今にも落ちそうになっていて、1本の糸で繋がっているだけだった。

めんどくさいと浜内はそのボタンをそのまま引きちぎった。

それに成瀬君はああと声を上げた。


「そんな乱暴に引きちぎっちゃだめだよ! 服が傷んじゃうでしょ? ほら貸して」


成瀬君はそう言って、浜内から上着を受け取る。

そして、鞄の中からソーイングセットを取り出した。

普通男子の鞄の中にソーイングセットなんて入ってる?

いや、女子の私物の中にだってたぶん入っていない。

成瀬君、どんなけ女子力高いよ。

そんな風に思いながら、やはり私は成瀬君の観察を続ける。

何か掴めるように思えたからだ。

彼は手際よく糸を針穴に通し、ボタンを付けて行く。

その姿は正に可憐な乙女のようだった。

美しい村娘の健気な姿が想像できた。

そして、成瀬君はボタンを付け終えると、はいと浜内に上着を返す。

浜内もサンキューと言って上着を着ようとする。


「俺の大事な第二ボタンだからな。卒業式には争奪戦になるぜ」

「それはないとは思うけど、なくなったら大変だからね」


浜内のバカな話もさらっと流せる成瀬君。

そして、彼は更に浜内のカッターシャツの袖に昼飯でついた汚れを見つけた。


「浜内、袖汚れてるよ?」


成瀬君にそう言われて、浜内は上着を着るのを辞めて、ほんとだと袖口を見た。

本当に浜内はだらしがない男だ。


「ほら腕出して! 染み抜きで落とすから。こういうのは早く取らないと落ちなくなるんだよ」


彼はそう言って今度は鞄から染み抜きを取り出した。

染み抜きを持ち歩いている高校生なんて聞いたことがない。

そして、浜内の袖のボタンをはずして、しみの下にティッシュを束ねたものを置いて、上から染み抜きの小さなボトルをポンポンと叩いた。

それを見ながら、浜内はすげぇと感動し、声を上げる。

もしかして、成瀬君は王子様よりもヒロインの方が似合ってるのでは?

あの可愛らしい顔なら女装だって絶対似合うし、その方が絶対皆食いつく。

ただの恋愛ファンタジー物語の脚本を提示しただけでは、文化祭での演劇では選ばれないかもしれない。

そうしたら、私の努力は水の泡!

だから私は、成瀬君を王子様にする脚本を辞めて、成瀬君をお姫様にする脚本を考えた。

その方が絶対みんな食いついてくれる。

私はそう確信を持っていた。




そして、文化祭の出し物を決める当日、私は演劇をやりたいと主張して、放課後と帰宅後のありったけの時間をかけて作った脚本を教壇に叩きつけて、言ってやった。

寝不足で頭はくらくらしていたし、目の下には濃いクマとか出来てたけど気にしてはいられなかった。

正直、演劇と聞いて、大半の男子生徒がブーイングしてくる。


「ラブストーリーよ! 既に脚本は用意しているわ」


それを聞くと、余計にクラスメイト達が騒ぎ始めた。

高校生の文化祭の出し物でラブストーリーの演劇なんて敷居が高い気がしたのでしょう。

しかし、この言葉があれば、私は女子の支持率を総なめ出来ると思っていた。


「ヒロインはもう決まっているの! メインヒロインは成瀬君!!」


さあ、食いついてきなさい、女子共!

男子の意見なんて蹴散らしてしまえばいいのだわ。

女子のコスプレを楽しむだけの喫茶になんて、私は興味ないのよ!


「どう? 成瀬君のお姫様姿は見たくないのかしら? それに今なら王子役が決まっていないのよ」


その言葉を発した瞬間、クラスメイトのほとんどの生徒が真っ直線に力強く手を上げた。

私は勝ったとガッツポーズを見せる。

ついに私の創作物が民衆の前で披露される。

気分はシェークスピアのように。

私は今にも眠気と疲れで倒れそうな身体を必死で堪えてこの瞬間を噛み締めていた。

成瀬君がかなり困っている様子だけど、あなたがいけないの。

だって成瀬君が可愛すぎるから!!


そして、今年の文化祭は演劇に決まり、私の脚本は採用されることになったのだ。

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