図書委員 三村君の場合
僕の名前は三村
県立大越高校の2年生だ。
趣味は読書だ。
部活には入っていない。
2年の最初に決めたクラスの委員会決めで、無理矢理結城さんに図書委員に任命されてしまった。
確かに僕は他の人より図書室の利用率は高いし、本も好きだけど、何で結城さんに僕が図書室に始終行っているのがバレたのだろう。
そう思いながら、窓から校庭を見ていたら、帰宅する結城さんの姿が見えた。
そして、一瞬目が合う。
そう言う事かと理解して、僕は目線を元に戻した。
今は委員会の仕事の一環で、本の貸し借りの手続きを専用のカウンターで行っている。
人が来るまでの間は暇なので、図書館の本を自由に読んでもいい事になっていた。
当然、宿題や勉強の予習復習もOKだ。
とにかく静かにしていればいいのだけれど、僕にはどうしても気になってしまうことがある。
それは僕と同じクラスの図書委員、佐々木さんの事だ。
佐々木さんはいつもは大人しいのだが、時々すごく怖い顔をして何かを必死に書いていることがある。
恐らく、小説か何かだとは思うけど、世界に入り切っているのか、声をかけることすら出来ない状況だ。
声をかけた瞬間、爆発する気がする。
僕は席を立ち、返却された本を棚に返してこようと本の乗ったカートを押す。
そして、本に貼られたラベルを見ながら、指定された場所に向かった。
窓が微かに空いていて、外の空気を取り込んでいる。
校庭の向こうに紅葉した木々。
ああ、秋になったのだなと僕は深々と感じていた。
頭に浮かぶ、平安時代の和歌。
このたびは
百人一首二十四番の和歌。
これは学問の神様、藤原道真公が詠った和歌とされている。
この『
急ぎの旅で神に捧げる幣が用意できなかったので、奈良の山の紅葉を神の御心のままにお受け止めくださいと詠った歌。
『幣』とは色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったものを示し、その代わりに捧げた山の紅葉とはどれほど綺麗だったのであろうと思う。
恋歌も好きだが、やはりこういう知的な詩は何とも言えない。
僕が秋風にあたりながら、そんな風に浸っていると、この場所には場違いな声が聞こえてきた。
「しょうがねぇから今日は図書室でやろうぜ。福井も付き合い悪いよなぁ。先に帰るなんてよぉ」
そう言って思い切り扉を開けて入ってきたのは、同じクラスの浜内君だった。
その後ろにはクラスの人気者、成瀬君もいる。
浜内君は図書室にも関わらず、大きな声で成瀬君に話しかけていた。
そんな彼を成瀬君が優しく咎めていた。
「浜内。ここは図書室だよ。静かにしないと他の人の迷惑になるよ」
ナイスです、成瀬君。
図書館で騒がれると、最終的に図書委員の僕たちが怒られるので勘弁して欲しい。
僕はそっと彼らを見守りながら、本の返却作業を進めた。
折角、この秋の雰囲気を楽しんでいたのに台無しだ。
彼らは机に横で並んで、英語の勉強を始めた。
成瀬君は確か文系。
けど、浜内君は理系志望だった気がする。
「なら、まずは単語の勉強からね。浜内、さすがに英単語は覚えてるよね」
成瀬君の質問に浜内君はばっちりと親指を立ててウインクした。
ものすごく不安そうな顔をする成瀬君。
「じゃあ、『活動的な』の英単語は?」
「アグレッシブ!」
浜内君は自信満々で答える。
「『aggressive』は攻撃的なって意味。正解は『
成瀬君はため息交じりに言った。
浜内君は本当にうちの高校によく入学できたなと思う。
「なら、『
「胸囲!」
「それは『
なんか浜内君はいつも微妙な間違え方をするなと感じた。
興味ある方向が違うのでは?
英語は全然だめだと思ったらしい。
今度は現国を取り出した。
「なら今度は四字熟語の問題を出すね?『
「たくさんキャラクターがいるって意味だっけ? そんな食玩あったよね?」
「違うよ! 数限りないすべてのものや事象のこと。なんで、そういうどうでもいい事は覚えているかなぁ。ついでにしんは神じゃなくて、森だからね」
だめだ。
勉強が全然進んでいないと思った。
僕も文系だけど、成瀬君が出している問題はどれも簡単な問題ばかりだ。
「じゃあ、一つの仕事で二つの成果をあげるという意味の四文字熟語は何?」
「九死一生」
「浜内はもう九死一生してないけどね……」
現国もダメだと成瀬君は教科書を閉じた。
僕は本棚の隙間から、ささやかながら応援していた。
僕なら絶対お手上げだけど。
「なら、今度は日本史の問題出してもいいかな?」
そして、日本史の教科書を開いた。
日本史なら僕の得意分野だ。
成瀬君は浜内君にどんな問題を出すのだろうとワクワクしながら聞いていた。
「平安初期の問題。816年、嵯峨天皇の政策で平安京の警察の役目をしたのは何?」
「平安時代の警察? 新選組!」
「正解は検非違使。新選組は江戸時代の話でしょ?」
もう、正解できる問題はあるのかと成瀬君は困り果てていた様子だった。
助けてあげたい。
せめて、歴史の問題なら僕にも出せる。
しかし、ここで飛び出して声をかけるのも恥ずかしかった。
「これなら解けるよね。784年、桓武天皇が平城京から移動した都の名前は?」
「京都!」
「正解は長岡京。場所的には間違えないんだけど都の名前じゃないから。せめて、平安京とか答えられなかったの?」
「だって、京の都で京都だろう?」
やばい。
小学生以下のバカだと思った。
こんな生徒、大学合格どころか、卒業すらままならないと思った。
そんな僕を浜内君が見つけて声をかけてくる。
僕はびくっと身体を揺らした。
そして、ゆっくり棚から顔を出す。
「三村じゃん! そういえばお前、図書委員だったよな」
浜内君は図書室にも関わらず、大きな声で声をかけてくる。
僕は急いで2人の側に駆け寄った。
カウンター越しから睨む佐々木さんが怖かった。
「浜内君、しーっ!」
僕は人差し指を立てて、浜内君に注意する。
浜内君は自分の口を手で押さえ、成瀬君は小さく頭を下げて謝った。
そして、浜内君は僕の持っていた本を見ながら話しかけてきた。
「釣りの本なんて借りる奴いるんだなぁ。渋い趣味してるぜ。ってか、知ってた? ドイツでは釣りするだけでも国家資格いるんだぜ。めんどくさいよなぁ。ついでに無免許で釣りすると、50万円ぐらい罰金取られるらしいぜ」
浜内君はそう言って笑った。
そんな事は僕でも知らない。
っていうか、マニアックじゃない?
その情報。
「後さ、釣りで思い出したんだけど、知ってる? タコってさぁ、心臓が3つもあって、脳みそなんて頭と手足それぞれついて9個あるんだぜ。俺もタコぐらい脳みそあったら、頭良くなるのかなぁ」
浜内君は勉強のストレスからかべらべらとしゃべり始めた。
脳みそ増やす前に、まずはその脳みそに必要な知識を入れた方がいいと思う。
でも、そんなことを言えるはずがない。
「ついでにさぁ、実はサボテンにはIQがあるんだぜ。植物なのにすげぇよなぁ。まぁ、IQ2ぐらいだから大したことないけどさぁ」
逆に浜内君のIQがいくつなのか知りたい。
IQの最下位が60以下と聞いているけど、浜内君はいくつあるのだろうと不思議に思った。
時々、人が気づかないことを口走る時もあるし、勉強が出来ないだけで、実はIQは高かったりするのだろうか?
本当に浜内君は脳みその使い方を間違えている。
そんな風に話しているとついにカウンターから佐々木さんのうるさいと怒鳴る声が響いた。
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