風紀委員 真壁さんの場合

「HAPPY HALLOWEEN!!」


私はこの日が大好き。

街中がモンスターで溢れる日!

そして、世界中の人がコスプレを楽しむ日なのだ!!


私も毎年これが楽しみたくて、10月31日は渋谷のスクランブル交差点に行く。

それがこの時期恒例の問題にされているのも知っている。

けど、この場所に行けば、自分以上のコスプレや特殊メイクしている人たちも集まってくる。

私にとってはこれが暗黙のレイヤーのオフ会のように感じていた。

だから、私は毎年参加する。


「TRICK OR TREAT! 」


私はそう叫んで、カボチャの入れ物からキャンディーを掴み取って、空に向かって投げた。

その瞬間、キャンディーが空から降ってきて、それが光に反射してキラキラ光った。

それがあまりにも綺麗で、私は一瞬にして幻想の世界に紛れてしまったような感じがした。

ああ、ここは現実ではない。

モンスターたちが集まる宴。

大っ嫌いな勉強も運動も、口うるさい教師も親もいない自由な世界!


「最高ぉ!!」


私は両手を広げ、空に向かって叫んだ。




それは去年までの話。

あの後、キャンディーをばら撒いた事を警察にひどく注意されて、ハロウィンに渋谷に行っていることも親にバレて、今年は止められている。

ただ、当日の衣装だけは出来ている。

去年は魔女の衣装だったけど、今年は色っぽい悪魔の衣装。

時間はあったからかなり凝って作った、のにどこにも披露できないのが残念。


「トリック・オア・トリート!!」


誰かが教室の中でそんな言葉を口走っていた。

ハロウィンにしてはまだ早い。


「おい、浜内! お前その意味わかって言ってるのか?」


呆れた様子で福井が変なポーズをとっていた浜内に言った。

浜内はうちのクラス断トツなバカだ。


「ちゃんとわかってるぜ! 『お菓子をくれないといたずらするぞ!』だろう?」

「それをお前が言って、誰が菓子なんてやるかよ。そもそも、学校にお菓子を持ってくるのは校則違反だ」

「ケチ! 草津なんて毎日持ってくるし、始終食べてるぞ!!」


浜内はぷりぷり怒りながら福井に訴えている。

草津は例外だと福井も言い返していた。

そんな2人に苦笑しながら、成瀬が話しかけた。


「浜内。ハロウィンはコスプレして、お菓子をもらうためのイベントなんかじゃないんだよ? れっきとしたヨーロッパの伝統的な行事なんだ」

「そうなの?」


浜内は全くわかっていなかったようだ。

本気で子供が近所付き合いの為にお菓子をもらって歩く、アメリカのイベントだと思っていた。


「ハロウィンはSamhainサウィンが語源として考えられていて、『夏の終わり』を意味しているんだ。秋の収穫を祝うと共に、悪霊を追い払う宗教的なお祭りなんだよ。この日は、あの世とこの世の境があいまいになって、死者の魂が家族のもとへ戻ってくる日ともされている。だから、そんな悪霊に自分たちが人間だと気づかれないように、仮面を着けたりして同じ悪霊のふりをしていたんだ。だから、ハロウィンの日にはお化けの格好をして街を歩いているんだよ」


なるほどと浜内が納得する。

私もそこまでは知らなかった。


「でも何で子供たちにお菓子を配るんだ?」


浜内はささやかな疑問に行き着いた。

私も気になると思い、つい聞き耳を立ててしまう。

今度は福井が答えていた。


「まああれは本来、子供たちに配っているわけじゃないからな。その日に訪れた悪霊に渡しているんだ。悪霊がごちそうをよこすのか、それとも脅かされたいか選べとという意味で、『TRICK OR TREAT』っていうんだ。昔は悪霊が町に来るとき、畑を漁ったり、子供をさらったりするっていう言い伝えがあったんだよ。だから、子供たちに仮装させて、この子たちは子供じゃない。悪霊なんだって思わせて隠したんだ」

「木は森に隠せとはそのことか!?」


浜内は何かを発見したように言った。

『木を隠すなら森の中』なと福井が訂正していた。

私は椅子から立ち上がって、その3人に近付き声をかけた。


「あの、私と一緒にハロウィンパーティーしない?」


すごく恥ずかしかったけど、これしかないと思った。

折角作った衣装を披露できないなんて我慢できなかったのだ。

それを聞いた時、成瀬は何かを思いついたのか、立ち上がって結城の肩を優しく叩いた。

寝ている結城を起こすなんて、なんて勇気のある人なんだと成瀬を見つめる。

案の定、結城は不機嫌そうな顔で頭を上げる。


「この間店長が、店で何かイベントしたいって言ってたでしょ? だったら、ハロウィンパーティーしようよ。浜内たちにも手伝ってもらって、給料はその日の夕食代で!」

「何勝手に決めてるの? 成瀬君!!」


浜内は後ろの席で叫んでいた。


「はぁ!? ハロウィン? うちみたいな古臭い居酒屋がそんな洒落たもの出来るわけないだろう?」

「そんなことはないよ。衣装は真壁さんが作ってくれるって」


そう言って、成瀬は私に目配せしてくる。

私はその瞬間、ドキッとしてしまう。

成瀬は何もかもお見通しのようだった。


「まあ、給料が飯代で準備もそっちがしてくれるなら、親父にも話してみるけど。親父も新規が入らないってうるさかったしな」

「じゃあ、決まりだね!」


さすが成瀬。

あの結城をあっさり説得して、パーティーの口実まで作ってしまった。

私も衣装を着る理由も作る理由も出来た。

私は成瀬の提案力と説得力に唖然としてしまった。



そして、当日。

住所を教えてもらって来た場所は確かにハロウィンには似つかわしくないほどの和風の居酒屋だった。

入り口にある看板や引き戸の上にはハロウィンらしい飾り付けが置いてあって、入り口の横にはかぼちゃと蕪?のジャックランタンが置いてあった。

なんで蕪?と思いながら、私は店の中に入る。

店中には既に今日の主催者たちが集まっている。

店長、結城、成瀬は当然の事、浜内や福井、雨宮や草津もいた。

草津はたぶん食べ物につられたんだろうけど。

部屋の中は既に飾りつけでいっぱいで、畳の部屋では疲れて倒れている浜内が見えた。

成瀬に散々こき使われたのだろうと思う。


「皆の衣装、持ってきたよ」


私はそう言ってキャリーバックを自分の前に出す。

じゃぁ、着替えようと成瀬が声をかけると、彼らは素直にそれに従った。




「で、なんで俺がこれなんだよぉ」


化粧を施し中の浜内が鏡を見ながら嘆いていた。

そう、浜内の衣装はゾンビ。


「お前の方がマシだろう?」


そう不満そうな声をもらすのは福井だ。

彼には囚人服を用意した。


「あら、お似合いじゃない! いい気味」


そう言って笑うのは雨宮だった。

雨宮にはナースの服をハロウィン様にアレンジした。

色っぽいからよく似合うし、化粧はほとんど自分でしてくれるから助かる。

そして、その横で今日の賄をつまみ食いしている草津にはフランケンシュタインのコスプレをさせた。

文句を言われるかと思ったが意外にも素直に着てくれた。

そして、キッチンで店長のお手伝いをする成瀬には海賊の衣装を。

やっぱり、成瀬にはこういう衣装も似合っている。

後で写真いっぱい撮っておこうと心に誓った。

そして、私の一番の力作は結城だ。


「邪魔! 耳も尻尾もこの付け歯も邪魔!!」


結城は料理を運びながらキレていた。

私はあまりの似合いさに笑ってしまう。

だって、結城の衣装は狼男、じゃなくて狼女なんだもの。

唸っているところがすごく様になっていた。

最後は店長。

店長がこの中で一番のノリノリだった。

彼はマントを広げて、付け歯をむき出しにし、吸血鬼姿で叫ぶ。


「さて、始めようじゃないか! パーティーを!!」


その言葉で店は開店する。

そして、私たちは入店するお客にこう言うのだ。


「HAPPY HALLOWEEN!!」

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