風紀委員 高坂君の場合
高坂は優しい男だった。
見た目こそ悪そうには見えたが、本当に優しい男なのだ。
ネクタイは緩め、カッターシャツを第二ボタンまで開け、裾をズボンから出し、ズボンをずらして履いていた。
後ろポケットまで伸びるチェーン。
校則違反の脱色した髪をワックスで尖らせて、耳に複数のピアスの穴が開いていた。
傍からいたらどう見ても問題児だ。
しかし、そんな高坂でも大越高校の立派な生徒。
成績だって悪くないし、今の所、授業もサボったこともない皆勤賞ものだ。
宿題を忘れて怒られたこともないし、教科書を忘れて隣の人に借りたこともなかった。
寧ろ、テストで消しゴムをなくしてしまった生徒に自分の消しゴムを割ってあげるぐらいの気づかいができる男だ。
ついでに結城が毎度サボろうとしている掃除当番もサボったことはないし、授業中も寝ていない。
座り方こそ悪いが、板書は綺麗に移している。
成績も学年のトップ50位には入っていた。
生徒たちの噂では、闇バイトをしているとかヤバい先輩と絡んでいると噂されていたが、そんな様子はなく、部活こそしていないものの、真っすぐ帰宅するという帰宅部の鏡のような男だった。
当然、風紀委員会にも参加しているのだが、その風貌で参加するので毎回悪い例として黒板の前に立たされていた。
どうしても恰好だけはこだわりたいらしい。
後ろポケットからぶら下がっているチェーンの先には財布がついてあり、防犯対策だという。
後ろポケットに入れているとたまに掏られるのだと彼は言った。
彼の家は裕福とは言えなかった。
だからと言って、家に病気がちな母親がいたり、幼い兄弟たちが大勢待っているということはない。
彼は一人っ子で鍵っこだ。
帰宅する頃はまだ両親が働いているので家にはいない。
帰宅して、手洗いうがいを済ませると、まずは部屋の掃除から始める。
高坂の家は3LDKの市営マンションだ。
築50年近くする古い建物で、そろそろ取壊しかという話も出ていた。
まずは部屋中の空気を入れ替えて、換気をし、その間に洗濯物に取り掛かる。
洗濯機を動かしている間に、掃除機で部屋中の掃除をして、最後はワイパーとコロコロで仕上げるのだ。
なんやかんやしている間に洗濯が終わって、ベランダに干しに行く。
それが終わるといよいよ夕飯の支度だった。
冷蔵庫の中には会社帰りに母親が買って来てくれた食材がある。
母親は特に献立を決めて買ってくるわけではないから、高坂が冷蔵庫の中を検索しながら献立を考えていく。
お陰で、殆どが高坂のアレンジ料理になる。
夕飯が出来上がると、母親の帰宅までの時間、宿題と勉強を済ませてしまう。
そして、母親が帰ってくると同時に夕飯の準備に取り掛かるのだ。
「
母親が玄関で靴を脱ぎながら、高坂に話しかける。
「別に今日は宿題多かったから、丁度良かった」
母親は鞄を和室に置き、スーツを着替え始めた。
その間にちゃぶ台に並べてあった教材をどけて、料理を並べる。
「今日、父さんは?」
着替えている母に声をかけた。
「何も聞いてないから、そろそろ帰ってくるんじゃない?」
母親も答え、部屋着に着替えると居間に向かった。
そこには美味しそうな料理が並んでいる。
「今日はロールキャベツかぁ。美味しそう」
「キャベツなかったから白菜で巻いた。ミンチも鳥のしかなかったから、それで作った」
「上出来、上出来! 美味しければ何でもいいのよ」
高坂の母親は割とポジティブな人間だ。
細かい事にはこだわらず、結果が伴えばそれでいいと思っている。
だから息子の素行が悪いと学校に呼び出されても、毎日授業にしっかり参加しているなら問題ないじゃないと教師に言い返すほどだった。
実際、学生としては優秀なのだ。
「ただいまぁ」
玄関から父親の声がした。
高坂がいつものように父親を出迎えると、父親は猫を抱えていた。
どうやらまた保護してきたらしい。
「なんかね、知り合いの人が捨てられた猫がいるって困ってて連れて帰ったんだよぉ。またホームページに載せて、飼い主探すからさ」
高坂はそれを見て大きくため息をついた。
そう、高坂家が貧乏な原因はこれなのだ。
保護猫活動を行っている。
3LDKの一部屋は完全に保護猫ルームになっていて、猫の餌代、猫の砂、病院代などお金がたくさんいる。
だから、両親が正社員として共働きしてもお金はいつも足りなかった。
築50年も経つと、住みたがる人は減り、マンション解体が決まるまでの間はと保護猫の世話をすることを特別に許されていた。
「わかった。ひとまずその子は空いたゲージに入れておいて。すぐに一緒にしたら喧嘩するから」
高坂は父親にそう指示して、ひとまず夕食に着くことにした。
父親も新しい猫を他の猫と少し離れたゲージに入れ、居間に向かう。
居間には美味しそうな料理が並んでいた。
「青葉のご飯はいつも美味しそうだね」
「それはいいからさ、とっとと食べて、風呂入っちゃってよ。洗ってあるからさ」
そう言って高坂は父親の分を皿に盛った。
その間に父親は服を着替えに和室に行く。
料理を食べ終わると高坂は食器を片付け、明日のごみ回収の為に動く。
母親はその間にふろの湯を沸かし、父親は保護猫の世話をしていた。
高坂も家の用事が一通り終わると父親と一緒に保護猫の世話を始めた。
その間に父親はホームページで保護した猫の飼い主探しと、長くなった猫の引き取り先を探す譲渡会のページを作っていた。
高坂もここにいる保護猫を見ながら、早くいい飼い主が見つかることを願った。
こんな場所で何匹も集団で生きるより、どこかの家族になって愛情をいっぱい注がれて生きた方が幸せだと思っているからだ。
あくまで自分たちの仕事はその仲介であって、飼い主とは違う。
それでも結局誰にも譲渡できずに何匹もの保護猫を見送って来たのだ。
猫の世話が終わると、居間に戻って宿題の続きをした。
そして、それが終わると鞄を持って自室に向かう。
その頃にはもう11時は過ぎていて、風呂に入ったらすぐ寝る時間になる。
高坂には他の高校生のように遊んでいる暇などないのだ。
だから、このファッションは唯一の楽しみのようなもので、辞めることが出来なかった。
高坂には学校に気になる相手がいる。
それは恋愛対象の女子生徒などではない。
自分より家事に熟知している生徒、成瀬の事だ。
毎日晩飯の献立を考えている仲間だ。
成瀬の場合は買い物まで自分で行っているので、好きなものが作れるだろうし、家も金持ちだから節約する必要はない。
けれど、彼がかける健康志向重視の献立には高坂も目を見張るものがあった。
高坂は毎日馬鹿な会話しかしない浜内の話を聞いている成瀬に少しずつ近づいて行った。
そして、机の前まで来ると、高坂は顔を真っ赤にして質問するのだ。
「今日さ、冷蔵庫の中にパプリカときゅうりと水菜が入ってるんだけど、何か良い献立ないか?」
近くにいた浜内は何を話しているのだと不思議そうな顔をしたが、成瀬は少し驚きはしたものの笑顔で答えてくれた。
「それならね――」
成瀬は丁寧に料理の作り方を教えてくれた。
やっぱりクラスの人気者の成瀬は違うと思った。
高坂は成瀬とだったら唯一友達になれるような気がしていた。
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