生徒会 桜井副会長の場合

入学当初から桜井の計画は破綻していた。

中学まで桜井にはライバルと言える人物はいなかった。

勉学においても、スポーツにおいても、生徒達からの好感度においてもだ。

桜井は常にクラスの中心にいた。

だから、それが高校に入っても続くのだと思っていた。

しかし、実際はそううまくは行かない。




「泉、生徒会の日誌に結城の個人的な情報を書き込むのも辞めろ。そして、隠し撮りした写真を挟むのも辞めてくれ。これ、立派な盗撮だからな」


桜井は椅子に縛り付けた泉に話しかけた。

すると泉はふんと鼻を鳴らし答える。


「安心してください。この写真のデータは別の場所にも保管してあるので紛失しても問題はありません」

「むしろ紛失なんかしたら問題ありありだろう! 他の生徒にこんな盗撮を仮にも生徒会長がやっているとバレたら大問題なんだよ。俺が問題視しているのはお前の盗撮と生徒会には関係のない情報を日誌に残していることだ。ここまで言えば、今のお前でも理解できるだろう?」


少し前まではもっとまともな奴だと思っていた。

会話は出来なかったが、普通に会計の仕事をこなしていたし、生徒会の仕事もちゃんとしていた。

だから、安心して生徒会長の座を渡し、仕事も全て彼女に押し付ける予定だったのに、今の彼女ではそうもいかなくなってしまった。

生徒会の仕事で何か問題が起きれば、問い合わせてくる先が桜井の所だからだ。

生徒会長は泉なんだから、彼女に言えと言えば、そうだったっけ?と言っていつの間にか生徒会長は桜井だと認識がすり替わっている。

恐るべき、泉の存在感の薄さ。

多少それが自分の計算外だったとしても、この生徒会がここまで壊滅状態とは思わなかった。

今更、この学校で勉学のトップをとれそうにないし、今のバスケット部で県大会優勝など不可能だ。

自分の実績を上げるなら生徒会だろうと思っていたが、それもうまくいかない。

中学生の時、彼はこんな苦労を経験したことはなかった。

そんな時に、生徒会室に男性教師が扉を開けて入ってこようとする。

桜井は慌てて、椅子に縄で縛りつけた泉と問題がありすぎる生徒会日誌を隠すように扉の前に立った。

あまりの距離の近さに教師も困惑している。

桜井は持ち前の爽やかスマイルで教師に挨拶した。


「こんにちは、河本先生。今日は何かご用ですか?」


教師は教室の中を気にしているようだが、桜井が必死に身体を動かしながら隠している。


「いや、生徒会長の泉を訪ねて来たんだが」

「先生、泉はここにはいませんよ」


桜井はその笑顔のまま、教師に圧力をかける。

そして、そのまま扉を後ろの手で閉め、河本に更に接近する。


「泉に何か御用があるなら俺の方から伝えておきますよ」


河本の顔と桜井の顔はもうぶつかるのではないかというぐらい近かった。

河本は真っ赤にしながら震えた手で桜井にプリントを渡す。


「こ、これ……、今日の分のプリント。授業にいなかったから渡したくて」


河本は桜井にキュンとしながらもじもじして顔を赤らめていた。

目線が自分から外れたのを良い事に、軽蔑したような眼差しで河本を見下し、心の中でキモイんだよと呟いた。

そして、今日も泉は授業をサボっていたのかと呆れた。


河本をさっさと追い出して、桜井は生徒会に戻る。

そして、河本からもらったプリントを泉に突き出した。


「お前、またサボって1組に行ってただろう!」


桜井は泉に向かって怒鳴り散らした。

今月に入ってこういう苦情は何度もあった。

生徒からの問い合わせまでが届いているのだ。

『泉さんのアレは何ですか?』という漠然としたものだ。

1組のクラスメイトもそう聞くしかなかったのだろう。

泉はむっとした顔で答える。


「サボってませんし、1組に行っていたわけではありません。授業は盗聴器で聞きながら勉強していましたし、監視カメラで録画した画像で板書もしています。それに1組に行っているわけじゃありませんよ! 結城さんを見守りに行っているんです、生徒会長として!!」

「何もかも悪いわ!!」


どうしてこいつはわからないのだろうとため息がこぼれた。

教室に盗聴器仕掛けるとか、許可なく監視カメラで動画を残すとか、生徒会長として結城にストーカー行為を行っているとか、見過ごせないことばかりだ。

対人恐怖症とは言っていたが、行動力は半端ないようだった。

そんな時、今度は誰かが生徒会の扉をノックしてきた。

ノックしてくるということは生徒の誰かなのだろう。

桜井は慌てて扉に向かい、生徒の前に立った。

やはり、教室の中を見られないように立っているので生徒との距離が異常に近かった。

そこに立っていたのは1年の男子生徒だった。

彼は顔を赤らめて、ノートを顔で隠すように桜井を見つめていた。

どうして訪れる奴が女子ではなくてことごとく男なんだと文句を付けたくなる。


「あ、あの……、生徒会長に用があって来たんですが……」


それを聞いた瞬間、桜井は勢いよく後ろの扉を閉めた。

そして、その1年の男子生徒の肩を押して、廊下側に寄せる。


「泉会長は席を外しているんだ。用があるなら俺が承るけど……」


もう面倒くさいと思いながらも、少年の話を聞こうとした。

しかし、そこに幼馴染であり、現生徒会の書記の百崎がやって来た。

そして、同級生のその男子を見つけると猫なで声のような甘えた声で話しかける。


「あれぇ、どうしたのぁ? 今日は生徒会に何か用があるのかな?」


百崎はわざと腰を曲げて、少年を見上げるような顔で見た。

少年は更に真っ赤な顔になっている。


「こ、これ。前回の学級委員会でクラスでまとめたものを提出したように言われたから、持ってきた」


少年はそう言って、顔を下に向けて百崎にノートを渡す。

百崎はそれを受け取って、そのノートを胸に抱きしめて満面の笑顔で答えた。


「ありがとぉ! 生徒会長にちゃんと渡しとくね♥」


少年は沸騰しそうな顔を必死にこらえて、猛スピードで廊下を駆けていった。

少年が去った後の百崎の笑みは悪魔のようだった。

本当に最低な女だなと幼馴染ながら改めて桜井は思う。


「このぐらいは上手くやりなさいよ! 使えない男ね」


彼女はそう言って、生徒会室の中に入った。

教室の中には縄で椅子に縛られた泉が、結城の写真の上で頬擦りしている姿が見えた。

百崎はそのまま扉を素早く閉める。

そして、微動だにせず桜井に尋ねた。


「アレ……、何?」

「俺に聞くなよ。俺だって泉があんなに変態だったとは知らなかったんだよ」


桜井はそう言ってそっぽを向いた。

しかし、百崎は桜井を睨みつけて叫ぶ。


「女子生徒を縄で縛るなんて最低! 変態よ、あんた!!」

「って俺かよ!? ってか、驚くのそこか!?」


もっと言うことあるだろうと思いながら、桜井は生徒会室に入っていった。

このまま、また部外者が入って来ても厄介なので泉の縄を解くことにした。

百崎も相変わらず不愉快そうに生徒会室に入って、いつもの席に座った。

縄を解き終えて、机の上の生徒会日誌の後片付けをし終わると、今度は生徒会会計の茅ヶ崎が教室に入って来た。


「桜井先輩。この間、先輩が好きだって言っていたのを持ってきましたよ?」


茅ヶ崎は小箱を抱きながら桜井にそう言った。

その瞬間、百崎も桜井も驚き、固まった。

彼の服装がメイド服だったからだ。

しかも、良く似合っていた。

百崎はふつふつと怒りを湧き上がらせながら、桜井をすごい形相で見てきた。


「あんた、本当に変態ね!!」


桜井も百崎が言いたいことは理解している。

しかし、それは完全に誤解であり、桜井のせいでも要望でもない。

茅ヶ崎が誤解を受けるような発言をしているだけで、なぜ彼がメイド服を着て生徒会に現れたのかは桜井にもわからないのだ。


「ちげぇよ。俺の趣味じゃねぇ」


ここはハッキリと否定しておくべきだと思った。

しかし、その後の茅ケ崎の一言が地雷になった。


「え? この服装が正式な物だって副会長が教えてくれたんですよ?」


桜井はぎょっとした目で茅ヶ崎を見る。

もう百崎の怒りを鎮める方法はなさそうだ。

そして、数日後にその副会長が前副会長の波佐間だとわかるのだが、全てが後の祭りだった。

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