生徒会 泉生徒会長の場合
泉千春は雷に打たれるような衝撃を受けた。
本来であれば、自分の推薦人である成瀬が教壇の前に立ってくれるはずが、間に合わず、なぜか成瀬と同じクラスの結城が勝手に泉の応援演説を始めたのだ。
彼女は堂々としていた。
カンペとなるようなものは一切持たずに、当意即妙な対応で話し出した。
それは見事な演説だった。
その日から泉は結城の魅力の虜囚になったのだ。
そう、ある時は朝の登校時に泉は教室の隅で寝ている結城を見守っていた。
クラスメイト達はそれを不思議そうに見つめている。
成瀬も異様に感じて泉に話しかけた。
「泉さん、そんなところで何やってるんですか?」
「生徒会長の朝の巡回です」
泉は教室の角にハマりながら大学病院の教授回診のように答えた。
そう、ある時は朝のホームルーム時に泉は教室の後ろで寝そべりながら、寝ている結城を見守っていた。
クラスメイト達はそれを居心地悪そうに見ていた。
そして、担任教師の上辺が泉に話しかける。
「泉さん、ホームルーム始まってるんだから、自分の教室に戻りなさい」
「先生、大丈夫です。ホームルームはちゃんと聞いています」
泉はそう言って自分の教室の盗聴しているイヤホンを見せて答えた。
そう、ある時は午前中の授業の時間に泉は掃除ロッカーの中から寝ている結城を見守っていた。
クラスメイト達はもう何が何だかわからない状態で見つめていた。
そして、数学教師の河本が泉に話しかける。
「泉。お前、自分の教室戻ってちゃんと勉強しろぉ」
「先生、安心してください。既に今日の授業内容は完璧に頭に入ってます」
泉はそう言って、今やっているであろう泉のクラスの授業の現国のテキストを見せて答えた。
そう、ある時は昼休みの時間に泉は教壇の裏から寝ている結城を見守っていた。
もう完全にクラスメイト達の気は逸らされ、誰も泉に反応していなかった。
そして、唯一成瀬だけが彼女に気が付き話しかける。
「泉さん、なんか最近ずっとうちのクラスにいない?」
「気にしないでください。昼食は流動食で栄養を補充していますから」
泉はそう言って、ゼリー飲料を勢いよく飲み干して答えた。
そう、ある時は午後からの体育の時間に泉は望遠鏡を使って、体操座りの状態で寝ている結城を見守っていた。
クラスメイト達は泉の存在に慣れ過ぎて、存在すら認識していなかった。
そして、泉のクラスの担任が泉を見つけて話しかける。
「泉さん、仮にも君は生徒会長なんだからちゃんと自分のクラスの授業を受けようね」
「先生、心配なさらず。私は生徒会長として生徒の風紀改善活動をしているだけですから」
泉はそう言ってポケットから携帯を取り出して結城を連写しながら答えた。
そう、ある時は放課後に泉は掃除をサボって足早に教室を出て行こうとして、クラスの女子たちに咎められている結城を見守っていた。
クラスメイト達は皆、結城たちの方に注目し、もはや泉の事は気にも止めていない。
そして、副会長の桜井が泉を見つけて話しかける。
「泉、お前いい加減に生徒会の仕事しろよ!」
「桜井君、後は任せました」
泉はそう言って、桜井に親指を立てて笑いかけた。
桜井はそのまま真顔で泉の首根っこを掴み、生徒会室まで引きずって行く。
泉は生徒会室の椅子に縄でぐるぐるにまかれて座らされていた。
その前にはお怒りモードの桜井がいる。
「お前、最近、結城の所に行きすぎなんじゃねぇの? 仮にも生徒会長だろう? 生徒の代表として、恥じない行動をしろよ」
「わ、私は恥じる行動などしていません。高校生らしく自分の欲望に忠実に生きているだけです!」
「それが恥なんだよ!」
桜井は椅子に座りながら大きくため息をついた。
あの生徒会選挙があるまでは泉はもっとまともな人間だと思っていた。
思っていたというより、であった。
なのに、あの選挙の日から泉はただの存在感のない生徒から、結城を日々ストーキングする危ない生徒となっていた。
しかも、そのストーキング行為に存在感のなさは寧ろプラスに転じている。
「泉、もうお前は結城へのストーカー行為をやめろ。いつかマジで訴えられるぞ」
桜井は泉を睨みつけながら言った。
しかし、泉が改める様子はない。
「ストーカー行為ではありません。私は彼女を見守りながら、密かに寝ている彼女にテレパシーを送っているだけです」
「なおキモいわ!」
桜井ももう泉にはどういえばいいのかわからない。
彼女は大人しいタイプだと思っていたから、生徒会の仕事も真面目にやってくれると思っていた。
寧ろ手を抜こうとしていたのは桜井自身なのに、全く手が抜けない状態だ。
そもそも桜井が副会長。
生徒会長は泉で決まったはずだ。
それなのに周りはすっかり泉の存在を忘れて、生徒会の仕事を桜井に押し付けてくる。
彼の計画は全く果たされていなかったのである。
しかも、泉のストーキングのお陰で彼女がやるべき仕事も出来ていない。
これは死活問題なのである。
「お前、対人恐怖症だったんじゃねぇのかよ。なんか、性格変わってないか?」
桜井はずっと気になっていることを質問した。
前の副会長からもそうだと聞いていたし、初めて会った時は自分ともまともに会話が出来る状態ではなかった。
しかし、今はどこか堂々としている。
「変わっていませんよ。けれど、あれは青天の霹靂でした。結城さんにあんな素敵な演説を受けて、自分ももっと自信を持っていいんだと思えて。だから、私は人との距離をとりつつ、静かに教室で息を潜めて結城さんを見守っているんです。余計な会話など一切していません」
「いや、もうお前のそのイメージの変わりように俺が青天の霹靂だよ……」
勘弁してくれよと桜井は頭を掻いた。
さすがの泉も椅子に縛られながらしゅんとしている。
恋をすると女は変わるというが本当のようだ。
結城が帰ったとわかると泉も大人しく生徒会の仕事を始めた。
それを確認すると桜井は自分の鞄を持って部活に向かった。
これでやっと部活に行けると安堵したのだ。
数日後、泉が書いた生徒会日誌を確認すると、そこにはびっしり結城の情報と写真が張り付けてあり、桜井はげっそりすることになる。
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