生徒会 早乙女書記の場合

早乙女は完全にはき違えていた。

生徒会とは誰かが勝手に推薦し、決定するものであり、何をしなくても自分は生徒会に選ばれると思っていた。

思っていたから、生徒会選挙を心待ちにしていたのだが、当日声をかけられることはなく、その時初めて、自分で立候補しなければいけない事を知った。

ついでに推薦者も必要な事もその時理解した。

それは早乙女高校1年の秋の事である。


早乙女は完全に信じ切っていた。

校内の全ての生徒が自分を慕っているということを。

朝、自分が登校すれば全ての生徒が自分に注目し、女子は感激の雄叫びを上げ、男子は憧れの目で見ているのだと思っていた。

だから、彼が朝、登校する時は周りの目を気にしながら、軽やかに歩き、長い前髪を優雅に揺らしていたのだが、それに注目している生徒はいなかった。


早乙女は完全に思い込んでいた。

校内全ての女子生徒が自分を恋焦がれ、全ての男子生徒及び教師が羨望の眼差しで自分を見ているということを。

だから、早乙女には友達が1人もいなかった。

常にクラスで一人浮いていて、たまにクラスの女子が話しかけていたけれど、それきりだった。


確かに早乙女は学年で一番と言っていいほど顔は整っている。

憧れている女子も少なくはない。

しかし、誰もが会話してみるとわかるのだ。

彼とは話がかみ合わないということを。

違う意味で生きている世界が違うのだと感じていた。

理解できなかったのは彼だけであり、女子も憧れはするものの本気で付き合いたいと思う者はいなかった。

実際、何人かの女子と休日にデートをしたこともあったが、必ず15時には解散している。

進学校に通う女子なのだから、謙虚なのだと思っていたが、単純にそれ以上一緒にいることが辛かっただけである。

それでも彼は真実を知らない。


そして、2年の生徒会選挙に早乙女は生徒会長に立候補した。

クラスの女子に推薦人になってもらい、早乙女はやる気に満ちていた。

自分が生徒会長になれば今までの大越高校ではありえなかったような素晴らしい学園になると信じていたのだ。

そして、彼は翌日、何故だか校長室に呼ばれるのである。


彼は呼ばれた理由が自分の行動にあまりにも感動した校長が激励の言葉を投げかけるためだと思っていた。

しかし、そうではなかった。

早乙女は校長室に通されると目の前のソファーに勧められ、2人席用の大きめのソファーの中央に座り、足を組んで見せた。

それを見た校長たちが微妙な表情に変わる。

そして、静かに校長は早乙女に話しかけた。


「早乙女君、ちょっと確認したいことがあるんだけど、いいかな?」

「どうぞどうぞ。僕は校長のためならばなんなりと答えますよ」


彼はそう言って、優雅に手を広げた。

何でちょっと態度が偉そうなのよと校長が心の声で呟いた。


「生徒会長ってどんな仕事するか知ってる? ていうか、生徒会ってどんなものかわかって立候補しているの?」


早乙女は校長の質問を聞いた後、少しの間沈黙にかわった。

そして、何かを納得したように話し始めた。


「日頃から頑張る生徒たちに労いの言葉をかけるのが仕事でしょう?」

「いや、それどこの教祖よ!」


早乙女の訳の分からない解答に校長が突っ込む。


「あのね、早乙女君。生徒会っていうのはね、生徒会行事などの企画、立案、運営をしたり、生徒会の規約や組織の改廃、各種委員の選出をするという割と地味で大変な仕事がたくさんあるのよ。簡単に言うとね、行事ごとや決め事などを他の生徒達に代わって大まかに取り締まり、スムーズに運営できるためにお手伝いすることなんだ。生徒会長とは言わば、その生徒の代表的存在。それをさ、君が出来ると思う?」


校長は割とダイレクトに伝えることにした。

こうでもしないと早乙女には伝わらないと思ったからだ。


「生徒の代表! むしろ僕に相応しいではないですか!」


何をどう考えたらそう思えるのかが理解できなかったが、たぶん前半は理解できていないのだとは察した。


「代表ってことはさ、君が大越高校の生徒の代理として人前に立つってことなんだ。だから好き勝手に発言できるものではないし、意にそぐわないことだってたくさんあると思うよ。皆が自分の事を最優先で実行できても、生徒会はそうは出来ない。任期が終わるまではこの学校の為に働いてもらわなければならないんだ。君たちは常に周りの事を考えながら行動しなければならない。わかるよね?」


校長はなるべく優しく早乙女に伝えたつもりだった。

しかし、早乙女に校長の意思が伝わることはない。


「わかりますとも校長! だから僕のような輝かしい存在が生徒の代表として立ち、彼らの代弁者となれということですね。校長の期待、応えてみせますよ!!」

「君、私の話全然聞いてないじゃない!」


校長は大きなため息をついた。

ここまではっきりとは言うつもりはなかったが仕方がない。


「早乙女君の意気込みだけは伝わりました。けれど、君に生徒会長を任すことは出来ない。だから、君には書記として生徒会に立候補してもらおうと思う。優秀な波佐間君もいるし、君一人ぐらいならなんとかまとめ上げてくれるだろう」


これは早乙女に直接生徒会立候補を降りろという宣言だった。

生徒会への立候補まで禁止してしまうのは忍びないと思い、書記への変更を言い渡したのだ。

さすがにこれには早乙女もショックを受けるのだろうと思った。


「僕が書記ですか? 書記はさほど得意ではないのですが、まあ、そこまで校長が僕にその仕事を推薦したいなら受けてもいいですよ」

「伝わったならいいんだけどさ、なんかちょっと上から目線なのはなんで? ってか何でそこまでポジティブなの?」


早乙女と話がかみ合わないのは人類皆共通である。

ひとまず早乙女が納得してくれたのならそれで良かったと思うことにした。

その後、生徒会選挙を経て書記になったのはいいが、相変わらず生徒会と言う仕事が何なのか、書記とはどのような仕事なのか全く理解していなかった。

波佐間がそのことに関し激怒したことは言うまでもない。

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