生徒会 波佐間副会長の場合

波佐間秋穂あきほが生徒会に所属したのは1年の2学期からだった。

当時から大越高校の生徒会は人気がないため、立候補すれば簡単に役職に就けた。

その頃の波佐間は会計をやっていたが、彼女の元に1枚の申請書が届いたことで彼女は激怒することになる。


「生徒会長、これはどういうことですか?」


波佐間は当時の生徒会長、安住に向かって申請書を突き付けた。

安住あずみは冷や汗をかきながら、波佐間の衝動を抑えようとしていた。


「そ、それはね、サッカー部の部長からのお願いで。ほら、最近サッカー部も頑張ってるじゃない? だから少しぐらいはいいかなぁと思って……」

「いいかなぁっじゃないですよ!! 良い訳ないじゃないですか!? いいですか、部活の予算は最初の部長会で決定しているんです。途中で予算がなくなったからって簡単に足せるもんじゃないんですよ!!」


安住は泣きそうな顔でぶるぶる震えていた。

生徒会長の癖に泣けば何とかなるとか思っている頭がお花畑の、このお人好し美人が波佐間は気に入らなかった。

このサッカー部の部長も理解しているのだ。

安住が人の頼みごとを断れない性格だということを。

だから、そこを付け狙って申請書を安住に押し付けてどうにかしようとしている。

そもそも、本当に部費の援助が欲しいなら、安住の所に来るのではなく直接自分の所に来てまっとうな理由を上げてこいと言いたい。

サッカー部は今まで県大会でも1回戦落ちが定席。

それが今年は3回戦まで行けたからって、その打ち上げを部費で賄ったのだからなくなって当然なのだ。

それなのにまだ部費を出せなど、虫がいいにもほどがある。

波佐間はまっとうな事を言っているつもりだったが、怯える安住の前に副会長の今村いまむらが間に入って、安住を庇い始めた。


「安住は生徒の事を思って言っているんじゃないか! そんないい方しなくてもいいだろう!?」


今村の足も微かに震えている。

それなのに安住を助けようという格好だけは見せたいようだった。

波佐間の目は完全に濁って、般若のような恐ろしい表情になっていた。


「うっせぇんだよ、タコ! 思っていようが思ってなかろうが、ない金はねぇんだよ!! 安住に好かれたいからって格好つけてんじゃねぇよ」

「せ、先輩に向かってその態度はなんだ! お、俺は3年だぞ! 敬語を使えよ、敬語!!」


偉そうなことを言うことしかないこの見た目も中身も三流の男に波佐間は殺意すら感じた。

こんな奴に限って、美人にいい顔を見せようとする。

そんなことをしてもイケメンになんて1ミリも見えねぇんだよっと心の中で叫んでいた。


「知るかよ、タコ! てめぇにくれてやる敬語なんてねぇんだよ。それ以上、言い返してくるならてめぇのケツの穴にアツアツのたこ焼きぶち込むぞ!!」


波佐間は女子とも思えない口の悪さで有名だった。

先輩に対しても容赦なく、気に食わないことがあればその言動でぶちのめしていた。

その態度を除いて言えば、非常に優秀な生徒なのだ。

彼女はちっと舌打ちして、生徒会を出るとそのまま1人でサッカー部の部長の所まで乗り込んでいった。

その後、サッカー部長が一足早い引退を発表したのはほかでもない。



そして、波佐間が2年の時の生徒会選挙で学年でも有名なイケメン男子生徒の早乙女が生徒会に立候補していることを知った。

確かに早乙女の顔はいいが、極度のナルシストなのと頭がアレなのが欠点である。

こんな男を生徒会長にしていいのかわからなかったが、ひとまず波佐間は副会長へ立候補した。

正直、自分には生徒会長より副会長ぐらいの役職の方が合っていると思ったからだ。

願うならば、他の候補者2名もイケメンであって欲しいと渇望した。

なぜなら今、波佐間の心は非常に飢えていた。

彼女の好物と言えば、イケメン男子たちの禁断の恋。

校内でイケメン同士がじゃれ合っているのを見ながら、脳内であんなことやこんなことを想像するのが彼女の趣味だった。

つまりドが付くほどの腐女子なのである。

しかし、実際に生徒会にいたのは醜い容姿の生徒会長贔屓の今村とまともに生徒会に参加したこともない書記の男子ぐらいだった。

そんな奴らで何を想像すればいいというのだ。

波佐間の日常での鬱憤を晴らすためにも、とにかく自分好みの男子を欲していたのである。

しかし、2人目の候補者は1年の女子であり、しかも極度な人見知りだった。

こんな対人恐怖症を持った女子に生徒会が務まるものかと疑問にも思うも、他に候補者がいるわけでもなく、最低1人は来年も生徒会に残れる1年は必要だったので口出しをしないと決めていた。

だから、最後の望みは書記のポジションだったのだが、なぜか知らない間に早乙女が書記に代わり、生徒会長の座には『ミスターシークレット』と記載され、匿名となっていた。

それを見た瞬間、ここの教師は何を考えているのかと呆れてしまう。

そして、実際にその『ミスターシークレット』の正体を知ったのは、生徒会選挙当日の朝。

リハーサルも終わった本番直前だった。

波佐間の目の前にいたのは、あの波佐間が大っ嫌いな男子生徒、菰田森だった。

何が嫌いかと言うと、一番は彼のその目つきと見た目である。

常に死んだ魚のような濁った目をしていて、鮮度がない。

もじゃもじゃの頭に猫背で背が低く、根暗な雰囲気を漂わせていた。

もう、不細工とかそういうレベルの話ではないのだ。

見ているだけでもイライラするような存在だった。

その癖に成績は常にトップ。

波佐間も学年ではトップクラスだが菰田森を越えたことは一度もなかった。

彼はあの容赦ない波佐間の言動にも屈したことがなく、常に彼女に言い返せているのこの男ぐらいしかいなかった。

波佐間は菰田森を見た瞬間、発狂し始めた。

当の菰田森はノイズキャンセラー付きのヘッドフォンで優雅に音楽を楽しんでいる。

暴れる波佐間を何人かの生徒会選挙管理委員の生徒が止めたが、なかなか収まることはなかった。


「なんで、菰田森が生徒会長に立候補してるのよ!?」


当然、ノイズキャンセラー付きのヘッドフォンをしている菰田森には聞こえない。

代わりに校長と教頭が控室に入って、波佐間に説明をする。


「それはね、私たちが頼んだんだよ。他に立候補する生徒もいなかったしね。波佐間君より優秀な生徒なんて菰田森君ぐらいしかいないでしょ?」


さすがに校長の前なのか、波佐間の動きは止まった。

そして、そのまま彼女は校長たちを睨みつけた。

それだけで、校長たちは逃げ出したい気分になる。


「何頼んじゃってくれてるんですか!? あいつ以外ならもう誰でもいいから、あいつだけは今すぐ降ろしなさいよ!!」


波佐間はそう言って近くにある折り畳みの椅子を持ち上げて校長たちに投げつけようとしていた。

それを再び周りの生徒達が必死に止めていた。


「ちょ、ちょっとやめて、波佐間君。そんなことしたら、君、停学どころか退学になっちゃうよ?」


校長も完全にビビって身構えながら必死に抵抗したが、波佐間は諦める様子はなかった。


「なら私は退学! あんたは天国行や!!」


マジで殺されると命の危機を感じた校長は全力で教室から出て行った。

それから数時間、波佐間は暴れ続けたという伝説が大越高校生徒会の記録に残っている。

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