生徒会 菰田森生徒会長の場合

菰田森が呼び出された校長室に入ると大の大人が2人、土下座した状態で待っていた。

菰田森は校長室の扉を静かに閉める。

その瞬間、土下座していた校長と教頭がその扉から飛び出してきた。


「菰田森君、お願い! 話だけでも聞いてちょうだい!!」


校長も教頭も必死で菰田森にしがみついてきた。

菰田森は思いっきり身体を反らして、2人から離れようとする。


「あんたたちにはプライドって言うのがないんですか!? 生徒1人に大人2人で仲良く並んで土下座とかむしろ引きますよ!!」


菰田森も必死で対抗して叫ぶ。

それでも2人は離れてはくれなかった。


「だって、菰田森君にしかもう頼めないんだもん!!」

「いいおっさんが『もん』とか使わないでください!!」


菰田森は諦めて、ひとまず校長室のソファーに座った。

2人も汗をハンカチで拭いながら息を整えて、向えのソファーに座る。

どんなけ必死なんだよと菰田森は心の中で突っ込んだ。


「今年の生徒会立候補のことなんだけどね」


校長が徐に話を進めようとしたが、菰田森は瞬時に答えた。


「お断りします」

「ちょっと、まだ私何も言ってないんだけど!」


校長はかなり焦っているようだったが、菰田森には興味はなかった。


「君も知っているだろう? 今年の生徒会長の立候補者」

「知ってますよ。早乙女ですよね」


校長は指を組み、深刻そうに頷いた。


「そうだ。もし、早乙女君が生徒会長になったらどうなると思う?」

「学園は崩壊するでしょうね。県内一の進学校の名誉も地に落ちますよ」


菰田森は無表情ではっきりそう答えた。

まるで他人事だ。


「いや、そう思うならさ、少しは心配してよ。君が卒業した後にさ、大越がたいした高校じゃないとか言われたら君も嫌でしょ?」


菰田森は少し考えてみた。

自分の母校が早乙女によって評判の最悪な学校になった姿を。

しかし、やはり心は動かされなかった。


「もうその時はそん時でしょ?」

「なんか、君、学生にしては冷めてない? っていうか、菰田森君、本当に高校生なの?」


菰田森の冷めきったその言葉に逆に校長が突っ込んだ。

そして、咳ばらいをして改めて話を進める。


「そこでだ。私は次期生徒会長に君を推薦したいと思う。君なら誰も文句は言わないだろう。成績もトップだし、全国模試では50位以内に入っている秀才だ。こちらも面目が立つ」

「だから、俺が嫌なんですよ」

「どうして!?」


校長は身を乗り出して菰田森に聞いた。

菰田森の顔は今まで以上に険しい顔つきだった。


「そんなの決まっているじゃないですか。がいるからですよ」


校長はこの重たい雰囲気にごくりと唾をのむ。


「奴とは……」


そんなの愚問だろうという顔で菰田森は答えた。


「波佐間ですよ。あの腐れ女、いつも人を目の敵にしやがって、めんどくさいんですよ!」


校長たちはああと手をおでこに乗せて唸った。


「やっぱり、そこだよねぇ」

「一層、波佐間を生徒会長にしたらいいじゃないですか!?」


菰田森はもっともな意見を言った。

嫌がる菰田森を無理矢理生徒会長にするよりもそちらの方が手っ取り早い。

しかし、そうしたくてもそうできない事情があるのだ。


「もし波佐間君を生徒会長にしたらさ、後はどうなると思う? 早乙女君を書記にしたとしても、後は人見知りの1年の泉君。副会長の立候補なんて現れると思う?」


それはとさすがの菰田森も言葉に詰まる。

波佐間の評判は1年にまで広がっている。

特に女子は彼女の怖さを良く知っているだろう。


「だからって、俺である必要ないでしょう? 他に候補者いないんですか?」

「いないよぉ。だって、波佐間君より成績がいいのは菰田森君ぐらいなんだもん。波佐間君って、あの性格以外は優等生なのに、なんなんだろうね、アレ」


校長にまで散々言われている波佐間こそ何なのだろうと思う菰田森。

本当はすごくやりたくはないが、このままでは波佐間による被害者がより増えることだろう。

自分が生徒会長になった時の波佐間の発狂具合を想像してげんなりとしたが、これ以上校長たちを泣かすのも可哀そうだし、なによりここに残る生徒たちが哀れだ。

菰田森は自身にある貴重な慈悲の心を持って、仕方なく承諾した。

校長たちは泣いて喜び、この日から菰田森に足を向けて眠れなくなったという。


「わかっているとは思いますが、選挙の日までは絶対に誰にも俺の事を言わないでくださいよ?」


菰田森は念を押すように校長たちに告げた。

彼らは菰田森に感謝しながら何度も頷いていた。




実際、生徒会選挙の日、待合室に菰田森が現れた時、予測通り教室で波佐間は暴れ回った。

その日の為に菰田森はノイズキャンセラーのヘッドフォンを買っていた。

当然、これは校長のポケットマネーから買ったものだ。

波佐間もずっとおかしいとは思っていた。

生徒会選挙のポスターに名前がなく、『ミスターシークレット』と書かれており、会長立候補者だけリハーサルにも顔を出さなかった。

こういうことかと波佐間は憤慨していた。

だから嫌だったんだと菰田森は思う。

しかし、これも大越高校の平和のため。

菰田森は大越高校の救世主として犠牲者となったのだった。

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