恋物語 百崎さんの場合
私の初恋の相手は、お向かいに住む6つ年上のお兄ちゃんだった。
格好良くて、勉強も出来て、スポーツも出来て、とっても優しい私の自慢の幼馴染だ。
でも、昔からたくさんの女の子に好かれていて、外で会う時のお兄ちゃんにはいつも可愛い女の子が隣にいた。
『あの女の子たちは彼女なの?』とお兄ちゃんに聞いたこともあったが、いつも『友達だよ』と答えるだけだった。
小学校までの私はそのお兄ちゃんの言葉をずっと信じていたけれど、中学に上がる頃にお兄ちゃんが夜の玄関の前で女の子とキスをしているところを見てしまった。
先月には別の女の子が隣にいたのに、一体お兄ちゃんは誰の事が好きなのだろうかとわからなくなってしまった。
そんな疑問を抱えながらもどこかすっきりしたい気持ちがあって、ついに私は中学2年生のバレンタインにお兄ちゃんにチョコを渡して、告白した。
お兄ちゃんが私の事を女の子だと思っていないのは知っていた。
だから、絶対フラれるって思っていたのに、お兄ちゃんは私の気持ちを受け入れてくれた。
『僕も萌咲が好きだよ』と言って、抱きしめてくれた。
そして、優しく頬に触れ、キスをしようとしてきた。
なんでその瞬間、わかっちゃったんだろう?
これは私が求めている『好き』なんかじゃないって。
だから、キスする直前、お兄ちゃんの肩を押して、その場から逃げ出した。
その後、家に帰って部屋に閉じこもった私は、ベッドの上で長い時間、ショックで泣いていた。
最低な初恋の思い出だ。
それからの私は、何も恋愛に期待しなくなって、彼氏の事はお飾りのように思うことにした。
最初に付き合ったのは、クラスで一番カッコいい男の子だった。
すぐにつまらなくなって、2か月で自分から彼を振った。
そして、今度は学年で一番モテる男の子と付き合った。
これも1か月でうまくいかなくなって、振った。
次は校内で一番人気のある一つ年上の先輩と付き合った。
でもこれも数か月と持たなかった。
誰と付き合っても満足しない。
やっぱりお兄ちゃんには敵わないんだと、その時は思っていた。
お兄ちゃんには5つ下の弟がいて、顔立ちはそっくりだから美形なのだけれど、性格がすごくひん曲がっていて、意地悪だから私は嫌いだ。
それなりに勉強も出来たし、スポーツも得意で、学校でもモテていたみたいだけれど、お兄ちゃんのように好きになることはなかった。
同様にあっちも私の事を気に留めたこともなく、私にはいつも冷たい態度だった。
所詮、理想の男の子なんているはずもないとどこか諦めていたのかもしれない。
期待したところで裏切られるだけだ。
きっとこれからもお兄ちゃん以上に素敵な人じゃないと、本気で好きになれないと思っていた。
そして、高校に入ると、初めて本気で好きになれそうな人を見つけた。
それは1つ年上の成瀬蓮と言うテニス部の先輩だった。
顔が良くて、頭が良くて、スポーツも出来て、何よりも性格も良いと評判だ。
お兄ちゃんとは少し違う雰囲気だったが、今までで一番近い感じがした。
けれど、お兄ちゃんと同じように彼の周りにもたくさんの女の子がいて、今はまだ誰とも付き合ってはいないようだったが、簡単に振り向いてもらえそうにはなかった。
だから私は外から固める作戦を取ったのだ。
成瀬先輩には浜内と言う友達がいた。
浜内は学力も低く、運動能力も平凡で、とにかく皆から馬鹿にされるほどの剽軽者だった。
しかも、大の女好きだ。
当然、彼女なんていなくて、好みは可愛くて巨乳の女子と聞いていた。
巨乳ではないかもしれないが、顔には自信があったため、彼を落とすのは簡単なことだと思っていた。
だから、私は部活中の浜内に声をかけることにした。
「あのぉ、サッカー部2年の浜内先輩ですよね?」
私はいつも男子を落とすときのテク、うるうる上目遣い、アヒル口で話しかけた。
浜内は一瞬で、私に釘付けとなる。
噂以上にチョロい男だった。
「私、1年4組の百崎萌咲って言います。サッカー部に面白い先輩がいるなぁって、ずっと気になっていたんです」
私はそう言って、渾身のスマイルをお見舞いした。
もう浜内の目の中はハートでいっぱいだ。
その後、適当に話しを合わしていると、すぐに鼻の下を伸ばしながらこちらの話にのってきた。
そして仲良くなった私たちは、図書館で一緒に試験勉強をすることを約束した。
本当は勉強なんて得意じゃない癖に、俺が教えてあげるなんて見栄を張っているところもおかしかった。
どんなに女好きと言っても、図書館で勉強をすれば手を出してくることはないと思ったのだ。
それよりこれを餌に、成瀬先輩を誘うことが最大の目的だった。
だから、試験期間に入ったその日の放課後、私の方から浜内のクラスへ会いに行くことにした。
図書館に行くことなんてどうでもよくて、ただ成瀬先輩と知り合っておきたかったのだ
浜内の教室のドアの前に立っていると、彼が私に気が付いて手招きをする。
もうすっかり彼氏気分だ。
「萌咲ちゃん! こっちこっち」
私は小走りで浜内の前に立つ。
そしてちらりと成瀬先輩の顔を見た。
「成瀬、紹介するわ。こちら百崎萌咲ちゃん」
この瞬間、「ナイス浜内」と心の中で叫んだ。
浜内自ら私を成瀬先輩に紹介するとは気をきいたことをしてくれる。
そして、今度は私に成瀬先輩を紹介した。
「それとこいつが成瀬蓮。俺の大親友!」
まあ、知ってるんだけどね。
しかも、大親友とか言ってほんと、虚栄心の強い人だなと思った。
「成瀬先輩! 1年女子の中でも人気なんですよ。会えるなんて光栄です」
私は今気が付きましたという素振りをして、手を叩いた。
成瀬先輩の顔を知らない女子なんているわけがない。
そして、さりげなく成瀬先輩の手を取って、握手した。
周りの女子からの目線が痛かったが、成瀬先輩と知り合える絶好の機会に引き下がるわけにはいかないのだ。
それに、男の子は女の子のソフトタッチに弱い。
そして、ここで私が新たな提案をする。
「そうだ。成瀬先輩も一緒に勉強会に参加しませんか? 私じゃ、2年の浜内先輩のサポートも出来ないですし」
それなりの理由を作って、私は成瀬先輩を誘う。
「ごめん。今日はバイトがあるんだ」
彼は首を横に振って断った。
やはりそう簡単に成瀬先輩は引き込めないようだ。
でもそれすらも全て想定済みだ。
成瀬先輩の後ろにいた、確か福井と言う生徒も私の姿を見て驚いている。
浜内と私が知り合いだったのがよほど驚きだったのだろう。
すると、浜内は鞄を持って、成瀬先輩に言った。
「そっか、それは残念だな。なら、俺ら行くな」
本当に残念なのかしらと疑問に思いながら、浜内の顔を見上げる。
そして、浜内はそのまま教室を出て行った。
私も名残惜しいが振り向くことなく、今日の所は浜内について行くことにした。
本命は焦らず、せかさず、じっくりと狙う。
そして、約束通り私たちは図書館で試験勉強をした。
私はわざと浜内の隣の席に座って、椅子を近づけた。
そして、わからないところがあると甘い声を出して、わざと浜内の腕に抱き着く。
「せんぱぁい、これどう解くんですかぁ?」
本当はわかっているんだけれど、男の子はこういうのが好きだと知っていたからだ。
案の定、浜内は本当に嬉しそうに『これはね』といって説明してきた。
しかも微妙に間違ってるし……。
そして、ここからが本番。
試験勉強が終わった最終日、私は電話で浜内に花火大会に行こうと誘った。
当然、浜内は喜んで引き受ける。
「さすがに2人きりなのは恥ずかしいじゃないですかぁ。どこで知り合いに会うかわからないし。誰か一緒に誘ってダブルデートなんてどうですか?」
「ダブルデートかぁ」
浜内は電話の向こうで少し渋った声を出した。
恐らく、ダブルデートに誘える友達なんていないのだろう。
だから私が鶴の一声をかける。
「成瀬先輩なんてどうですか? 先輩なら彼女さんとかいそうじゃないですかぁ?」
「あいつ彼女いないよ。それに誘っても来るかなぁ」
「来ますよぉ。誘ってみるだけ、誘ってみましょうよ!」
私は少し強めに押す。
ここで誘ってくれなければ困るのだ。
それに彼に彼女がいないのは既に調査済みで知っている。
浜内は渋々受け入れて、翌日にはOKをもらえたという返事が来た。
でかした、浜内!
この時ばかりはハグぐらいしてあげてもいい気分だった。
翌日に美容院の予約を入れて、浴衣も新しい可愛いものを買った。
そして当日を万全の状態で迎えたのだった。
浜内の変化に気が付いたのはどこからだろうか。
もう花火大会に行く前日には異変があったと思う。
待ち合わせで会った時も浮かれていなかったし、話し方も穏やかだった。
浴衣を見て、『可愛いね』と言ってくれたけどそれだけだった。
少し前を歩く浜内。
前は触れそうなほど近づいて歩いていたのに。
いつもはさりげなく車道側を歩いて、自然に私の徒歩に合わせて、あたりまえのようにお姫様扱いしてくれていたのに、今日は違った。
けれど、鳥居の前で成瀬先輩を待っていると緊張してしまい、それからは正直、浜内の行動なんて気にも留めていられなかった。
それに成瀬先輩が待ち合わせ場所についた時、連れてきた相手が妹だとわかって安心した。
その妹は何かと私に突っかかってくるけれど、そんな彼女に浜内が声を掛け、宥めてくれていた。
他にも成瀬先輩と同じクラスの女子に出くわした時も、『俺も一緒だ』と彼女たちにフォローする。
浜内はこんなに気を遣うタイプだったろうかと不思議に思っていた。
もしかしたら浜内自身、この時はもう私が成瀬先輩とデートしたかったのだと気が付いていたのかもしれない。
私はだんだん足が痛くなってきて、機嫌が悪くなっていった。
だから、いつもみたいな余裕も持てなくて、最後、あの結城馨に会った時につい浜内に八つ当たりをしてしまった。
成瀬先輩が興味を持っている女がいるとしたら、きっとこの結城と言う女に違いないのだ。
浜内が2人は付き合ってないと言っていたが、成瀬先輩自身、彼女の事を興味がないとは言っていなかった。
だから、どこか焦っていたのかもしれない。
浜内が私の靴ずれに気が付いて絆創膏を買いに行くと言って、成瀬先輩と2人になった時、私は成瀬先輩に2人きりで花火を見ようと誘った。
それも全てわかってか、浜内はわざわざ遠くのコンビニまで絆創膏を買いに行くと言ったので、この成瀬先輩との二人きりの時間を無駄にはしたくないと思った。
だから、私は勇気を振り絞って、このタイミングで告白をしたのだ。
残念ながら、私の告白は失敗に終わった。
大失敗だ。
成瀬先輩は告白する前から私の本心に気が付いていたようだった。
私が彼の親友を裏切り、ずっと利用したことにもちゃんとわかっていた。
彼がそんな女を好きになるような人じゃないというのも理解していたのに、それでも彼はモテるから、普通のやり方では勝ち目はないと焦ったのだ。
泣いている私の前にあの結城が現れて、私の夢の王子様をあっさり奪って行った。
最後に残ったのは、パシリさせられていた浜内だけだった。
彼は遅くなったと律儀に謝って、私の足に絆創膏を張ってくれた。
たとえ私の告白がうまくいったとしても、浜内はここに戻ってきただろう。
そして、笑顔で『おめでとう』と言ってくれたはずだ。
けど、今の状況を見て、私が振られたのは明白だった。
男ならこのタイミングで私を慰めて、自分の物にしようと思うのが当たり前だと思っていた。
気が付けば、花火が上がる時間は過ぎていた。
真っ暗な夜空に大きな花火が上がる。
それを2人で見上げると、浜内は言った。
「花火、あがっちゃったね。成瀬もいなくなっちゃった事だし、ここで解散しようか?」
最初は何を言っているのかわからなかった。
解散する?
成瀬先輩がいなくなったら終わりなの?
それが信じられなかった。
花火も上がる中、私が何度呼び止めても彼の足は止まらなかった。
そして私は独りぼっちにされたのだ。
フラれてばかりで傷心しきった私を慰めもせず、その場で残して立ち去った。
こういう時の女が一番落ちやすいことだってわかっているだろうに、何もしてこなかった。
だからこれは自分を利用した私への復讐なのだと思っていた。
きっとこの瞬間を見たら、誰もが私をいい気味だと思っただろう。
惨めで仕方がなくて、涙が止まらなかった。
花火の下で、私は一人声を上げて泣いたが、大きな音にかき消されて誰にも届かなかった。
それから数分後、途中で会った私のクラスの友達が駆けつけてくれた。
そして彼女たちから、浜内に私が1人でいることを教えられたのだと知らされる。
ああ、私は浜内にまでフラれたのだと、この時実感した。
本気でチョロい男だと思っていた。
浜内程度の男、簡単に惚れて来ると思っていたのだ。
バカだし、エロいし、しょうもないし、けど誰よりも優しかった。
自分を利用したことも怒らずに、最後まで私を温かい目で見守ってくれた。
しかしもう、その温かい眼差しもない。
自分と話して嬉しそうに笑う彼の笑顔もない。
困っていたら、すぐに伸ばしてくれる手もない。
浜内の隣にいる時はそれが当たり前だった。
自分ぐらいの女ならば男に大事にされて当然とどこかで思っていたのかもしれない。多少、性格が悪くても、モテない男になら許されると思っていた。
自分と付き合える可能性があるなら、問題があっても目を瞑るはずだと思ったのだ。
だから、成瀬先輩にフラれても、私の側には浜内がいてくれると当たり前のように考えていた。
その考えはあまりに甘い。
それに、成瀬先輩も優しい人だけど、その優しさは誰にでも平等で自分にだけ向けられたものではないことを、彼の隣に立って実感した。
きっと隣にいたのが私でなくても、彼なら私の時と同じように優しく接するだろう。
どんなに優しくても自分に興味のない男の隣にいるのは寂しいと感じる。
成瀬先輩には、浜内の隣にいた時のような安心感はないのだ。
この時、やっと自分の欲しいものが何であったのか知った。
その当たり前じゃない、当たり前だと思っていた物が大切だったなんて。
もう何もかも遅い。
そう思いながら、耳の奥深くに鳴り響く花火の音を聞いていた。
私はその日、涙が枯れるまで泣いた。
初めての失恋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます