恋物語 草津さんの場合
あたしは家から一番近い高校を受けることにした。
中学の担任からは絶対に無理と言い切られたが、どうやらぎりぎりで合格できたらしい。
合格通知を担任に見せた時、担任は私に向かって奇跡だと叫んで膝をついた。
あたしはいざという時、なぜだか運がいい。
商店街の抽選会では5等以上を何回も取っているし、スクラッチ籤も1万円を当てたこともある。
これはなんと当選確率0.04%らしい。
運はいい方だ。
けれど、燃費はすごく悪い。
基本、集中力が続かないのが私の欠点だ。
だから、勉強も少し苦手。
受験勉強の時は片手にシャープペン。
もう片方に、饅頭を持って頑張った。
頭を使うと糖分を使うしな。
しかし、この燃費が悪いせいであたしにはなかなか友達が出来ない。
登校する前に朝ごはんをたくさん食べて、登校したら菓子パンを食べて、授業の合間合間に軽くお菓子をつまんで、休憩時間に飴をなめて、昼休みにはがっつり3人前は食べる。
午後からの授業は眠くなるから寝て、放課後は帰り道にどこかによって夕食までに軽食を取る。
あたしにとって食とは人生そのものなのだ。
しかも、食べれば食べるほど、胸のサイズがアップしている気がする。
ついでに唇も太くなっていくのには何かしらの相互作用があるのか。
正直、常に何んらかを食べていたら友達を作る暇もない。
たまに人にお菓子をお裾分けしようとするが、受け取ってはくれるものの皆複雑な表情でお礼を言ってくる。
これでは友情を深めることが出来ない。
しかし、唯一あたしには友達と呼べる人物がいた。
それが、雨宮智沙。
美人で頭も良くて運動神経もいい、あたしの自慢の友達。
部活がない時は私の放課後の軽食にも付き合ってくれるいい奴だ。
「あんたさぁ、毎日毎日そんなに食べて太らないの?」
雨宮は紙パックに入ったアイスコーヒーをブラックで飲みながら私に聞いていた。
あたしは軽食のビッグマッグを頬張りながら答える。
「ほうわふほわらいほ。せふんふへいいる」
口の中にものが入っていると上手く話せない。
雨宮は呆れながら答えた。
「食べるかしゃべるかどっちかにしなさいよ」
雨宮の突っ込みはいつも的確であたしは好きだ。
「そんなに太らんよ。栄養は基本胸にいくみたいだから」
あたしが自分の胸を持ち上げながら答えた。
最近また一段と重たくなった気がする。
これのお陰でスポーツは苦手なんだけどなぁ。
そんなあたしに雨宮は苦虫でも噛んだような顔をした。
雨宮は表情豊かでいい。
「自慢?」
「Fカップ越えたら、自慢ではなくなるんよ」
「それはどういう理屈よ」
雨宮はまた大きくため息をついた。
あたしは雨宮のカップを知っている。
彼女のカップはDだ。
まだまだ伸びしろがあるということだろう。
でも、あまり胸が大きくなったら陸上は辛いだろうし、雨宮はモデル体型なんだからDカップで充分だと思った。
「成瀬は別に胸の大きさとか気にしないって言ってたよ?」
あたしがぼそっとクラスで聞いていた話を雨宮に話す。
雨宮は本当に分かりやすい。
驚きすぎて口からアイスコーヒーが零れそうになっていた。
「ば、ばか! いきなり何言いだすのよ!!」
雨宮は真っ赤な顔をして怒る。
こういうところも雨宮の可愛いところだ。
「クラスで話してたの聞いたから」
あたしと雨宮の好きな成瀬は同じクラスだ。
あたしは今のクラスであまり人と話さないから、人が話す声が良く聞こえた。
だから、成瀬の情報が入ってきたら、真っ先に雨宮に報告するのだ。
そもそも、そんな話になったのはクラスメイトの浜内が言い出したからだ。
浜内はあたしを越える本物のバカだ。
浜内が女の胸のサイズの話になり、やつはデカければデカいほどいいと言った。
それにかわって成瀬は胸のサイズは関係ないと言っていた。
それが本音かは知らないが、ほとんどの男子があたしの胸ばっか見てくるのに対し、成瀬はあたしの顔を見て話してくれる。
成瀬は本当にいい奴だと思う。
「ねぇ、草津はさぁ、成瀬の事いいなとか思ったことないの?」
雨宮は少し照れくさそうに聞いて来た。
確かにほとんどのクラスの女子が成瀬ことを好きだ。
成瀬が何かやるたびにきゃーきゃー言ってうるさい。
でもあたしは成瀬を好きだと思った事はない。
「成瀬はいい奴だけど、好きじゃない。あたしは面食いじゃないし」
「それじゃあ、私が面食いみたいじゃない!」
雨宮はむすっとした顔で答えた。
そういうつもりで言ったわけじゃない。
恋愛って、人を好きになるのって理屈じゃない気がするから。
気がついたら好きになっているもんだとあたしは信じてる。
だから、あたしは成瀬がいい奴でかっこいいという理由で好きにならないし、それに親友の雨宮を差し置いて、好きになろうとも思わない。
あたしにとっては雨宮の方が大切だ。
でも、そんな風に真っすぐ成瀬の事を好きでいる雨宮が羨ましくはあった。
そんなある日だ。
あたしはいつものように休憩中にお菓子を食べていた。
食べていたのはチョコのアプロ。
イチゴのチョコとミルクチョコがいい比率になって美味しい。
けど、外を見ながらぼぉっと食べていたから、手からアプロが落ちてしまった。
しまったと思って拾おうとしたら、誰かの声が聞こえた。
「落ちたものとか食べるのって汚くね?」
その声であたしの手は止まってしまった。
床に落ちただけの理由で食べれないというわけでもないだろうし、汚れを取れば食べれると思う。
でも、そう言われると取れなくなっていたあたしがいた。
そのあたしの代わりに拾ってくれたのが意外にも浜内だった。
浜内が拾うのを見ると奥にいる、福井が怪訝そうな顔をした。
「お前、まさかそれを食うわけじゃねぇよな」
あたしはさっと顔を隠す。
なんだかすごく恥ずかしくなった。
すると浜内がいつもの調子の軽いテンポで福井に言い返していた。
「はぁ、何言ってんの? 3秒ルールってあんじゃん」
そして、そのチョコにふっと息を吹きかけて埃をとっているようだった。
そして、それをあたしに突き付けて、話しかけてくる。
「これ、おまえのだろ?」
あたしはついそっぽを向いて答えてしまった。
「いらない。あんたにあげる」
そう言うと浜内は一度にっと笑って、そのままアプロを口の中に入れて食べた。
私は驚いて目を見開くと浜内を凝視してしまった。
「おいおい、マジ食うのかよ」
後ろで福井が呆れながら言った。
本当だよ。
なんで食べてんだよと思ったが、浜内はそれでも答えた。
「多少床に落ちたもん食べてお腹壊した奴なんていないじゃん。それよか、食べ物を粗末に扱う方が悪いことじゃね?」
その言葉を聞いてあたしの心はどくんと鳴った。
そう、そんなことでお腹を壊したことなんて一度もない。
それよりも食べ物を大事にする方が大切。
それが浜内の口から出るとは思わなかった。
あんなに福井に嫌味を言われても笑顔で食べる浜内の顔が忘れられなかった。
みんな私があげたお菓子を引きつった顔で食べてたのに、浜内は笑顔で食べてくれた。
それが何よりも嬉しかった。
ああ、これが恋なんだと気づいた。
浜内はあほでどうしようもないくだらない奴で、でも本当は誰よりも優しい。
女子からどんなに批難を受けても浜内はやり返すことはないし、最後はいつも笑って受け止めてくれる。
あたしはアポロを握りしめながら、ちょっとだけ雨宮の恋する気持ちが分かった気がした。
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