入学式 福井君の場合
福井は何故か入試合格発表があった後、学校から個人的に呼び出された。
そもそも連絡なら学校まで呼び出さずに、電話で良かったのにと思ったが、来いと言われたからには行くしかない。
福井が案内された場所は校長室だった。
校長の机の前にある、いかにも高級そうな黒い革張りのソファーに座らされる。
そして、彼の目の前に校長と教頭が座っていた。
「福井君、大変申し訳ない」
いきなり大人から謝られるのだから、驚かないわけがない。
今日は入学式の新入生代表挨拶の件で呼ばれたと思っていた。
そうではなく、入試に何か不手際があったのかと一瞬心配した。
「実は君に入学式の日、新入生代表挨拶をしてもらいたいんだ」
やっぱりと福井は安堵した。
それで謝られる意味は分からない。
「代々うちの入学式の新入生代表挨拶は入試の成績トップの生徒にお願いしているんだ」
わかっていますともと福井は頷いた。
だから、自分はこうして呼び出されたのだと自負している。
しかし、話は続く。
「しかし、今年のトップの生徒に挨拶を完全に断られてしまい、大変困っているんだ。申し訳ないが、成績が次に良かった福井君に代行を頼みたい」
代行って……。
福井が一番ショックだったのは自分が入試で一番ではなかったということだ。
それにもかかわらず、新入生代表挨拶だけはしてくれなどと虫が良すぎる。
そもそも、学校側から頼まれて断る方がおかしいだろう。
完全に福井のプライドは傷ついていた。
「お断りします」
福井はそう言ってソファーから立ち上がった。
そんなのは無理矢理その成績トップの奴にやらせればいいと思った。
そもそもなぜ、自分がそいつの我儘を聞かないといけないのかわからない。
成績がいいことがそんなに優遇されることなのかと福井は幻滅していた。
しかし、教師たちもここで引くわけにはいかない。
もう頼めるのは福井しかいないからだ。
教頭も校長も福井に必死でしがみついてお願いした。
「お願い、福井君。君しかいないんだ。君だけが頼りなんだ」
「知りませんよ。そんな生徒の我儘の為に僕を使うのはやめてください」
福井は大人2人をずるずると引きずりながら扉に向かう。
もうここで教師たちに悪印象となってもかまわない。
自分は成績評価に関係のない場所に受験しようと考えていたからだ。
必要以上に教師に媚びる必要はないのだ。
しかし、そういう話ではないようだった。
教頭が扉の前に立ち、何度も首を振った。
「だってその子、入試問題全て満点とっちゃったんだもん。私たちだってね、君みたいな優等生に成績トップを取ってほしかったよ? けどね、結果が要望と反して問題児の生徒が取っちゃって、私たちも非常に困ってるの。一応説明して、頼んだんだけど、やらないどころかたぶん入学式にも来ないって言うんだよ。どうしようもないじゃない」
全問正解と聞いて、福井の足が止まった。
もしかしてと顔を上げる。
「その生徒は結城馨という生徒ですか?」
その言葉に教師たちはびくっと身体を揺らす。
どうやら予測は当たっているらしい。
「それは……、個人情報だから言えないけど」
教師たちは渋っていた。
しかし、この反応を見れば一目瞭然だった。
たった15分で入試問題を解き、見直すことなく満点を叩き出すなんて普通の人間ではありえないことだ。
福井の興味は一気に変わった。
そして、部屋を出るのを辞めて、再びソファーに座りなおした。
それを見た教師たちが安堵する。
「わかりました。新入生代表の挨拶は僕がします。ただ、一つだけ教えてもらえますか?」
福井は目を光らせて教師たちに尋ねた。
「僕とその子の点数の差はいくつですか?」
教師たちは渋っているようだったが、大人しく教えてくれた。
聞いた瞬間、福井は小さくため息をついた。
そして、入学式当日、少し早めに登校してリハーサルをした。
それが終わると、クラス表を確認しに行く。
自分は3組。
例の生徒、結城馨は2組のようだった。
別クラスかと少しがっかりする。
そのまま教室に向かって本でも読みながら時間をつぶし、ホームルームが始まると教師の自己紹介が始まったが全く興味はなかった。
入学式の為に体育館に向かう途中、福井は2組のクラスを確認する。
しかし、教師たちが言っていたように結城の姿はそこにはなかった。
本当に結城は入学式をボイコットしたらしい。
なかなか度胸がある生徒だと思った。
入学式の挨拶を無難な言葉でしめ、座席に着く。
その瞬間から耳に入ってくる、噂話。
皆福井が今年の入試トップだと信じているようだ。
普通ならそう思うだろう。
そうでないと知っている生徒は自分と、本人である結城ぐらいだ。
あの女なら成績の結果など元々興味はなかっただろうとも思う。
そして、再び教室に帰ると今度はクラスメイト達の自己紹介が始まった。
正直言って、クラスメイトの事など全く興味はない。
興味があるのは成績トップ上位者。
尚且つ、自分の脅威となる生徒だけだ。
そして、自分の自己紹介の直前、信じられないような馬鹿な生徒がいた。
彼は勢いよく席から立ち上がり、意気揚々と自己紹介を始めた。
「南中出身、浜内大成。男には興味ありません。この中に美女、巨乳、痴女、大和なでしこがいたら、俺のところに来い。以上」
本当に馬鹿だと思った。
そんな発言をしたら、周りからどれだけ批難されるのか想像がつかないのだろうか。
同じ学校に通っていること自体が信じられなかった。
案の定、周りから散々な誹議の言葉がもれる。
そして、自分の番になると立ち上がってこう発言した。
「本川中出身、福井康平。前の席のバカではないですが、俺は基本、人には興味ないので、極力話しかけて来なくて結構です。以上」
前の奴の発言を真似るつもりはなかったが、丁度良かったので使わせてもらった。
福井はこういうしょうもない奴が一番嫌いだった。
だから、周りから嫌われようが構わなかったのだ。
しかも、今、話しかけるなと宣言したばかりなのに、全く理解できていない目の前のそいつがさっそく文句を言ってくる。
「誰がバカだよ! 失礼な奴だな!!」
福井は目の前の男子生徒の事を無視して、窓の外でも眺めていた。
今の彼の頭には、結城馨のことしか興味はなかった。
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