入学式 浜内君の場合

明日が入学式だというのに、浜内は全く眠れなかった。

今日は一日中新しい制服を着て鏡の前で決めポーズをとったり、飽きるというほど映え写真の研究をしたり、書き留めてあった自己紹介の文章を決めかねていたり、全くどうでもいい事に全力を注いでしまった。

このままでは明日、遅刻してしまうではないか。

そして、思いついたのが徹夜だった。

もう一層寝ずにこのまま登校すればいいと考えた。

早速、洗面台に行き、冷たい水で顔を洗って、テープで瞼が閉じないように固定した。

徹夜するどころか、ドライアイになり、浜内は翌日、完全に寝坊した。




入学式にも関わらず、全く部屋から出てこない弟を見かねて、姉の栞恋かれんが弟の部屋の扉をぶち破った。

弟は布団の上でうつ伏せになって爆睡している。


大成たいせい起きなさい! あんた今日、入学式でしょうが!?」


爆睡中の弟に跨って、栞恋はキャメルクラッチを食らわせた。

おかげで、弟は起きた瞬間に意識を失いそうになった。

そんなところに母親の麻子がやってきて、栞恋に指示を出す。


「栞恋、もういいわ。そのまま制服に着替えさせて頂戴。後は私が車で無理矢理運んでいくから」


栞恋はわかったと言って無理矢理弟を着替えさせ、鞄を持たせた。

そして、母の自慢の外車の後部座席に弟を投げ入れた。


「ありがとう、栞恋。ママは大成を送ってくるから、後はよろしくね」


麻子は栞恋にそう言って車を出し、大越高校へと向かった。

栞恋は玄関の前で手を振って見送った。




学校の前に着くと、麻子は浜内を車から無理矢理降ろして、校門の前に投げ捨てた。

そして、喝を入れるようにまだ眠気を帯びた息子の顔に往復ビンタをする。


「いい、大成! 浜内家の男子として恥のない振舞いをしてきなさい。わかってるかしら?」

「もう遅い気がするんだけど……」


浜内は母の前で頬をはらしながら言った。

麻子も自分の周りの様子を見て、自分たちに通行人の目線が集まっていることを把握した。

しかし、自分は関係ないと扇子で顔を隠し、息子から距離を置く。


「入学式が終わったら、すぐに迎えに来るから、しっかりやりなさいよ」


麻子はそう言って、車へ急いで乗り込み、家へと帰っていった。

ここまで来たなら入学式に出ればいいのにと思うのは彼だけだろうか。

しかし、今日からは高校の青春時代の到来と思い、浜内は高揚した気持ちを必死で抑えながら、校門から校舎に向かって歩いた。

ふと目の前を見ると女子2人組の新入生が歩いていた。

そのうちの1人のスカートに桜の花びらが付いている。

浜内はなんとなくそれを取って、その少女に声をかけた。


「あの、花弁がついて――」


その瞬間、浜内の頬に肘打ちが入る。

その勢いで浜内は縦軸に身体を回転させ、地面に倒れた。


「どこ触っているのよ、変態!」


お礼を言われるどころか、罵声をくらわされて終わった。

その後は皆、彼を避けるようにして校舎に向かっていた。

彼はそこで意識を失い、その場で当分の間倒れていた。


「君大丈夫?」


浜内が数分間、意識を失っていると誰かが優しく声をかけてくる。

彼がゆっくりと目を開けると、そこには天女がいた。

天女は浜内を心配そうに見つめている。

ついに自分は極楽に来たのかと思った。

しかも、最初に声をかけてくれる天女がこんなに美しい人なら本望だと思ったが、天女の服装は男子の制服姿だった。

夢破れたと浜内の目から涙が溢れる。

彼はまた優しく浜内に声をかける。


「先生呼んでこようか?」


浜内はショックを堪えながら、必死に少年の言葉に答える。


「だ……大丈夫……。ここで俺の……青春……終わらせられない……」


例え唯一声をかけてくれたのがイケメン男子生徒だったとしても、俺の青春はまだ終わらせないと浜内は必死で胸に誓った。

わかったと言って、少年は教師を呼ぶのをやめて、浜内に肩を貸してくれた。


「立てる?」


浜内の腕を持ち上げると、少年はゆっくり立ち上がった。

浜内は立ち上がると、身体について砂埃を手で払いのけた。


「君も新入生だよね?」


少年は浜内の顔を覗き込んで尋ねた。

浜内も改めてじっと成瀬を見つめる。

こんなに可愛い顔をしているのだから、もしかして男装をした女子なのではないかと期待したが、目の前の少年はやはりどう見ても男だった。


「なんだ、やっぱり男か」


目の前の少年は確実に困惑している。

浜内の頭の中もそれどころではなく、少年の質問に全く答える気がなかった。


「念願の共学に入ったのに、初っ端からついてないぜ。せめて、クラスに美少女でもいてくれたらやる気が出るんだけどなぁ」


浜内は大きくため息をついた。

とりあえず知り合ったのだし、浜内は少年に自己紹介をする。


「俺、浜内大成っていうんだ。お前は?」

「成瀬蓮」


あっけにとられていたのか、少年は名前だけを返してきた。

成瀬蓮なんて、自分と違っていかにもイケメンが名乗りそうな名前だなとがっかりする。


「はぁん。名前までイケメンなのなぁ。人生って不公平だよなぁ」


どんなに努力したところで自分がこんなイケメンになれるはずはないと諦めた浜内はそのまま校舎の方へ向かった。

成瀬もなんとなくそんな浜内についていく。

そして、2人はクラス表の前に立った。

浜内はざっと全体のクラス表に目を通した。

どうやら2人とも3組のようだ。

ついでにこの学年は男子より女子の方が多い事も判明した。

それなら、美人がクラスにいる可能性も高い。

クラスにいなくとも、同じ学年に1人はモデル級の美人がいてもおかしくないと思った。


「お、成瀬と俺、同じクラスじゃん!」


浜内は成瀬の隣でいろんな意味を含め、嬉しそうにそう言った。


「後はクラスに美人がいるかどうかだな」


つい、浜内の本音が零れる。

隣にいる成瀬には全く興味がないのか、反応はなく、校舎に指を指した。


「まずは教室に行くみたいだよ。そこの昇降口から入ろう」


成瀬はそう浜内に話しかけて昇降口に向かった。

そして、自分たちの下駄箱を探して、そこに外履きを入れる。

よく考えたら、外履きを入れるということは上履きが必要だということに気が付いた。

しかし、鞄の中を探っても上履きは入っていない。

隣にいた成瀬はとっくに履き替えて、浜内の方をどうしたのだろうか見てきた。

浜内は誤魔化すために拳を軽く頭に当て、『てへぺろ☆』ポーズをしてみる。


「上履き忘れちった」


真面目な成瀬がそんな浜内に唖然としているのだけはわかった。

浜内は新入生唯一スリッパで校舎の中を独特な音を響かせながら歩き、すれ違うたびに生徒たちからの熱い視線を感じていた。




ホームルームが始まり、教師の自己紹介が始まる。

この時の担任は男性だったので、浜内には微塵も興味がなかった。

その後、廊下に並ばされて体育館に行く。

そこで保護者と在校生たちが拍手で迎えてくれたが、途中から完全に眠気が勝ってそれどころではなかった。

席に着くと、その瞬間浜内は爆睡し始める。

昨日の徹夜はしていないが、夜更かしが良くなかったのかもしれない。

何度か新入生が立ち上がる場面があったが、浜内は寝ていたため悪目立ちしていた。

しかし、在校生代表からの歓迎の言葉が始まった瞬間、浜内の瞼は勢いよく開かれる。

そして、ステージに立つ在校生、いわば現生徒会長の姿を見つめた。

声のイメージ通りの美人だった。

浜内はそれを見てほっこりと癒されていた。

こういうサービスもないと人生生きている意味を感じない。

そして、次に新入生代表挨拶が始まり同じクラスのがり勉眼鏡の少年とわかると一気にやる気を阻害され、再び眠りについた。

気づけば入学式は終わっていた。


そして、再びホームルームの時間になり教科書が配り終えると生徒それぞれの自己紹介の時間になった。

浜内は鞄の中から自己紹介を考えた紙を取りだそうと覗いたが、紙は鞄の中に入ってはいなかった。

恐らく手に握りしめたまま、眠ってしまったので今頃ベッドの上だ。

せっかく徹夜して考えたのにとがっかりする。

正直、男子の自己紹介など興味はなかった。

一通り女子の顔を見て、めぼしい女子がいないとわかると少し興味が失せた。

特に斜め前にいる、さっきから何かもぐもぐと食べている女子はいったい何なんだと疑問に思う。

とにかく第一印象が大事だと、どんな自己紹介にしようかと悩んだが思いつかなかった。

そして、ぎりぎりに思いついたのが、某有名ノベル小説で言っていた自己紹介の言葉を思い出す。

そして、浜内の出番になると彼は勢いよく席を立ちあがって声を張り上げた。


「南中出身、浜内大成。男には興味ありません。この中に美女、巨乳、痴女、大和なでしこがいたら、俺のところに来い。以上」


盛り上がるどころが静寂が広がった。

そして所々で浜内を卑下する言葉だけが飛び交っていた。

この瞬間、浜内の女子からの評価は最下位になる。

そして浜内の自己紹介が終わった後、後ろの席のがり勉眼鏡の少年の自己紹介になった。


「本川中出身、福井康平。前の席のバカではないですが、俺は基本、人には興味ないので、極力話しかけて来なくて結構です。以上」

「誰がバカだよ! 失礼な奴だな!!」


福井は浜内の自己紹介を真似た挙句、バカ発言までしてきた。

これには浜内も黙ってはいなかったが、福井は全く浜内を相手にしようとはしていないようだった。

浜内の最初の出だしは最悪な状態で始まるのだった。

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