入学式 成瀬君の場合

今日は県立大越高校の入学式である。

新しい制服に袖を通し、成瀬は姿見の前に立った。

まだ着慣れていないせいか、若干浮いて見える。

しかし、こうして見ると自分も高校生になったのだなと自覚した。

そして、部屋に出ると一番に妹の葵の部屋の扉を叩いた。


「葵! 今日はお休みだからって昼間まで寝るのはダメだからね。朝ごはん、冷蔵庫の中だから、ちゃんと食べるんだよ!」


成瀬はドア越しに叫んで伝える。

部屋の奥の方からは葵のむにゃむにゃと言った声が聞こえるだけだ。

そして今度は、両親の寝室の前に立ち、ノックをした。

昨晩も夜遅くに帰って来たので、杏子はまだ寝ているだろう。

仕事が忙しいのもあってか父親の一臣もまた帰ってきていない。

成瀬はゆっくりと扉を開き、下着姿で寝ている母に向かって声をかけた。


「お母さん、今日入学式だから、今から行ってくるね」


そう言って成瀬はゆっくりと扉を閉じた。

本当は高校生になったこの新しい制服姿を一番に見て欲しかったが、それは叶わぬ夢だったようだ。


行ってきますと言って成瀬は玄関の扉を開けた。

今日は天気も良く、雲一つない快晴だ。

桜も満開になり、見ごろを迎えていた。

バス停に向かい、指定のバスに乗ると15分ぐらいで今日から通う高校の前のバス停に着いた。

既に多くの学生たちが校内を抜けて校舎へと向かっている。

成瀬もそれに合わせるように歩き出した。

校門の前では新入生の家族が入学の記念に写真撮影をしている。

それを横目で少し羨ましく感じながらも、成瀬は顔前に向けた。

気が付けば、目の前に人が倒れていた。

恐らく成瀬と同じ新入生だろう。

そんな彼に成瀬はしゃがみ込んで話しかけてみた。


「君大丈夫? 先生呼んでこようか?」


声をかけた瞬間、その少年は意識を取り戻し、成瀬は目が合った。

彼の目には涙が溢れていた。

これは決して感動の涙ではなさそうだ。


「だ……大丈夫……。ここで俺の……青春……終わらせられない……」


成瀬には少年が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、ほっとくわけにはいかなかった。

わかったと言って、成瀬は教師を呼ぶのをやめて、彼に肩を貸すことにした。


「立てる?」


彼の腕を持ち上げると、彼はゆっくり立ち上がった。

そして、身体について砂埃を手で払いのけた。


「君も新入生だよね?」


成瀬は少年の顔を覗き込んで尋ねた。

少年もじっと成瀬を見つめる。


「なんだ、やっぱり男か」


少年から返って来た言葉に成瀬は困惑した。

今まで誰と話しているとこの少年は思っていたのだろう。

しかも成瀬の質問に全く答えていない。


「念願の共学に入ったのに、初っ端からついてないぜ。せめて、クラスに美少女でもいてくれたらやる気が出るんだけどなぁ」


少年は大きくため息をついた。

成瀬はこのまま少年を置いて、一人で校舎に向かおうかと本気で迷った。

その時、突然少年の口から自己紹介の言葉を投げかけられた。


「俺、浜内大成っていうんだ。お前は?」

「成瀬蓮」


成瀬は思わず、瞬時に質問に返してしまった。

さっきからこのマイペースな少年、浜内には振り回されっぱなしだ。


「はぁん。名前までイケメンなのなぁ。人生って不公平だよなぁ」


成瀬は意味が分からず、頭に?を付けて固まっていた。

浜内はそのまま校舎の方へ向かう。

成瀬もなんとなくそんな彼についていく。

そして、2人はクラス表の前に立った。

成瀬は自分の名前を探した。

どうやら成瀬は3組になったようだ。


「お、成瀬と俺、同じクラスじゃん!」


浜内は成瀬の隣で嬉しそうにそう言った。

成瀬ももう一度確認してみると、確かに3組クラス表の中に浜内の名前もあった。


「後はクラスに美人がいるかどうかだな」


さっきから浜内はそんな話しかしてないなと成瀬は呆れて見ていた。

というか、なんで校門前で彼が倒れていたのか未だによくわからない。

彼はいたって健康そうに見える。


「まずは教室に行くみたいだよ。そこの昇降口から入ろう」


成瀬はそう浜内に話しかけて昇降口に向かった。

そして、自分たちの下駄箱を探して、そこに外履きを入れる。

成瀬は鞄に入れてきた真新しい上履きを出し、それに履き替えた。

しかし、隣にいた浜内は外履きを下駄箱にしまったまま、上履きを出そうとしない。

どうしたのだろうかと観察していると、浜内は成瀬の方を見て拳を軽く頭に当て、『てへぺろ☆』ポーズを見せてくる。


「上履き忘れちった」


初っ端からやらかす浜内に唖然とする。

浜内はそのまま新入生一人スリッパで校舎の中を歩いていた。


教室に入ると既に半数以上の生徒が席に着いていた。

さすが県内一の進学校。

頭の良さそうな生徒が多い。

中にはコンビニで買って来たメロンパンを早速食べている生徒はいたが、あれは朝ごはんだろうかと成瀬は疑問に思った。

成瀬と浜内は黒板の席順を確認しながら席に座った。

浜内の席は成瀬の隣だった。


「同じクラスで隣の席って、なんか俺たち運命的なものを感じるな。後は明日目が覚めたら、成瀬が実は女子高校生だったとかいう展開があったら、最高なのにな」


浜内は席に着くなり、満面の笑みで成瀬に話しかける。


「それはないから安心して」


浜内はどうしても成瀬を美少女にしたいらしかった。

よく見てみると、浜内の後ろの席には受験した時にいた眼鏡の少年が座っていた。

成瀬が彼を見ていると、それに気が付いた彼がすごい形相で睨んでくる。

何もそんなに警戒しなくてもいいのにと心で呟いた。

頭の良い人も多いけど、県内一変な生徒が多い学校なのかもしれない。


そうしている間に、殆どの生徒が教室に入り、担任の教師が入って来た。

担任は軽く自己紹介した後、入学式の説明を始めた。

そして、時間になると生徒たちは2列に廊下に並ばされ、そのまま体育館へと誘導される。

体育館では既に在校生の3年生と保護者が着席していた。

新入生が入ってくると、在校生は立ち上がって拍手を送る。

成瀬はそれが少し気恥ずかしい感じがした。

そして、入学式は始まる。

まずは開式の辞を教頭が述べ、校長先生による入学許可宣言、学校長式辞を行い、来賓祝辞、来賓紹介・祝電披露が終わった後、在校生代表からの歓迎の言葉が送られた。

そして次に、新入生代表挨拶が始まるのだが、ここに駆り出されるのは入試で最も成績の良かった生徒ということが多い。

そこに現れたのはあの眼鏡の少年だった。

いかにも優等生と言う感じで、周りにいる生徒もあれが学年一かと騒いでいた。

まさか、入試の時に前にいた生徒が入試のトップとは思わなかった。

当たり障りのない宣誓を終えて、3年生による校歌斉唱が行われる。

そして、閉式の辞で締めくくり、成瀬たちは再び教室に戻された。


そして、再びホームルームになり、必要な教科書を配り終えると、自己紹介の時間となった。

まずはあいうえお順の席で端の生徒から自己紹介を始める。

皆、どこ中出身かや名前、趣味や自分の長所などいろんな形で自己アピールを始める。

中にはどっと笑いが出るものもあった。

その中で一人、変わった女子生徒がいた。


「草津……恵美えみ…、守岡中出身でふ。……趣味は……、暴食と……、盗撮です。よろひくおねむあいくだほい」


最後の方は完全に話せてなかった。

明らかに口の中でもぐもぐさせている。

教師はここで注意すべきか完全に悩んでたが、関わりたくなかったのか次に回した。

後ついでに、趣味の盗撮もスルーされた。

ついに成瀬の順番になると、周りの女子からのキャーという小さな悲鳴が聞こえた。


樋渡出ひとで中出身の成瀬連です。中学までソフトテニスをしていたので、高校に入ってもテニス部に入ろうと思っています。趣味は、家事と育児です」


最初の方はキャーと声が上がり、私もテニス部に入るなどと騒いでいる女子も多かったが、最後の趣味に関しては皆ノーコメントだった。

主夫かよという心の声だけが響いた。


そして、今度は浜内の番が回って来た。

自信たっぷりな浜内は勢いよく机から立ち上がる。


「南中出身、浜内大成。男には興味ありません。この中に美女、巨乳、痴女、大和なでしこがいたら、俺のところに来い。以上」


浜内の自己紹介の後、静寂な時が流れた。

その後、所々から最低、変態、アホだなどの小言をぼやかれていた。

たぶん何かのアニメのパクリからの応用だろうが笑った者は一人もいない。

そして、後ろの席の眼鏡の少年が浜内の後に自己紹介を始めた。


「本川中出身、福井康平。前の席のバカではないですが、俺は基本、人には興味ないので、極力話しかけて来なくて結構です。以上」

「誰がバカだよ! 失礼な奴だな!!」


浜内は福井の方へ振り向いてぶつくさ文句を言った。

福井の自己紹介にも皆、唖然として声が出なかった。

やはりこの学校には変わった生徒が集まってきているようだった。

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