第2話 除霊師

 次の日のお昼に、部屋のチャイムが鳴った。


「こんにちは。有村 結心です。結心と呼んでください。」

「今日は、本当にお忙しい中、申し訳ありません。本当であれば、今週の土曜日でしたけど、あまりにひどいので急いで来てもらいました。」


 除霊師というから、おばあちゃんかと思ったら、私と同じぐらいの年齢で可愛らしい女性だった。最近起こったことを説明した。


 結心さんは、周りを見渡し、男性の霊がいると言い始めた。


「男性の霊が、ずっと紬さんの背中にピッタリ着いていますね。なんか、背が高くて、痩せている人で、かっこいい感じ。背広きていて、胸に黄色いポケットチーフしている。かなり、紬さんのこと恨んでいるみたい。心当たりありますか?」

「あります。よく分かりましたね。」

「それが仕事ですから。」


 そう、私は、4ヶ月ぐらい前、出会い系サイトで知り合った男性と付き合い始めた。自己紹介の欄では、中堅のIT会社に勤めてるエンジニアで、イケメンだったので、会ってみることにした。


「初めまして。写真より、可愛い方ですね。」

「よろしくお願いします。褒めすぎですって。」

「いや、出会い系サイトって、今回初めてだったんで心配していたんですけど、こんな可愛い方と出会えるなんて感激だな。」


 それから、お台場のあたりを3時間ぐらい一緒にぶらぶらして、築地のお寿司屋さんで一緒の時間を過ごした。写真通りイケメンで、会話も爽やかだったし、なによりも、私への接し方がとてもスマートだったので、この人だと思ったわ。会ってすぐにピーンときたから、お寿司やの帰りに、すぐに手を握って、付き合い始めた。


 でも、1ヶ月ぐらい経つと、私のSNSとか、常にチェックしているみたいで、ここに誰と行ったんだとか、この日は、誘ったけど都合が悪いって言ったじゃないかとか言い始めた。


 そんなに、彼とだけずっと一緒にはいられないわよね。女友達と一緒に飲みにいくこともあるし、大学の時のサークルの友人と一緒に飲みにいくこともある。もちろん、そんな中に男性だっていることもある。


 そのうち、LINEで彼から1日20回ぐらいメッセージがくるようになり、1分以内に返事しないと、浮気しているのだろうとか責めてくるようになった。ひどくない。そんなに私のこと信用できないんだったら、別れてよ。


 そこで、もう耐えられなくて、彼に別れ話しをしたの。私達は付き合っているけど、それぞれの生活もあるんだから、これ以上、拘束されるのは耐えられないって。そうしたら、彼は涙を出しながら、好きなんだから仕方がない、別れたくないってもめちゃった。


 結婚しているわけじゃないんだから、私が別れると言えば、それで終わりなのよと言ったり、あなたには飽き飽きしたのよとも言った。でも、全く了解してもらえなかったので、彼とは距離を置こうとしたわ。それでも、毎日のように、LINEで電話やメッセージが頻繁にきて、スマホ自体が他の人と利用できないぐらいになっちゃったから、彼との連絡は全てブロックすることにしたの。


 彼に、私の家を伝えなくてよかったと、その時は思ったわ。彼からみると、私に連絡する全ての手段がなくなっちゃったので、それ以来、全く連絡はなくなって、別れることができた。ホッとしたわ。 


 その話しを結心さんに話した。


「それ以降、彼とは会っていないんですけど、生き霊ってこと?」

「これは生き霊じゃなくて、彼は亡くなっているわね。事情とかはわからないけど、なんかびっちょりだから、水死とかだと思う。」

「え! 亡くなったんですか? 」


 その時、私にガラスのコップがすごい勢いで飛んできた。私には当たらなかったけど、ガラスの破片が床に飛び散った。そしてお皿も飛んできて、結心さんは私をドアの向こうに避難させた。


 私も結心さんも、ガラスや陶器の破片で、足の裏から血が滲んでいた。


「ちょっと、静かにしていてね。」

「はい。」


「紬さんは、あなたと別れたって。もう、彼女に付き纏わないで。」

「俺は、何も悪いことしていないし、紬はまだ俺の彼女だ。お前こそ、この部屋から出ていけ。」


 どうも、結心さんは、彼と話しているようだったけど、私には彼の声は聞こえなかった。


「あなた、もう死んでること気づいていないの。」

「俺は、生きている。だから、お前は俺と話しているんだろう。コップを投げたのも、お前、見てたじゃないか。」

「じゃあ、紬さんは、答えてくれてる?」

「あいつは、俺を無視しているんだ。人を馬鹿にするにも程がある。」

「気づいていないのね。紬さんには、あなたは見えていないのよ。ところで、お風呂で紬さんを突き飛ばしたんだって。」

「俺のこと無視するから、気づいて欲しくって。」

「そんな力があるってびっくりだけど、女性がお風呂でそんなことされたら嫌だって思うでしょ。」

「あいつが悪いんだ。これは俺と紬の問題だ。関係のないお前は出ていけ。」


 結心さんは、いきなり、両手を開かされた状態でテーブルの上に押しつけられた。怒りに満ちた風が部屋を突き抜け、部屋は嵐のようになった。風は強く、窓のガラスは粉々になり、道路の方に飛び散っていった。


 私は、あまりの恐怖に体がこわばっていたけど、結心さんを助けるために部屋に戻り、結心さんの手をテーブルから離した。


「紬さん、ありがとう。」


 そう結心さんが言うと、、彼の手らしきものを握り、結心さんから眩しい光が放出された。しばらくすると、部屋の中を吹き荒れていた風や、部屋にあったものが飛び回る現象は治まっていった。


「紬が悪いんだ。俺は何も悪くない。」

「気づかずに人を傷つけていることもあるのよ。ゆっくお休みなさい。」


 結心さんはまだ、息遣いが荒かったが、どうも除霊が終わったようだった。


「紬さん、彼はいなくなったわ。どう、感じは?」

「少し体が軽くなったような。」

「そうね。でも、あなたも悪いと思う。素性がわからない男性とは付き合わないことね。」

「こんな怖い思いするんだったら、考えてみます。」

「まだ安心できてないと思うから、2週間ぐらい様子をみて、問題がなければ、20万円を払ってね。では、今日は、ここで失礼するわ。」

「本当にありがとうございました。」


 それから、しばらく、私は平穏の日々を過ごすことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る