第13話 火の神官

 町の入り口には二人の門番がいる。

 何か手続きでもあるのかと思ったが、そうでもないらしい。


「パノプティスから来ました」

「おお、楽園から! メルタへようこそ」

「お疲れでしょう。ゆっくりしていってください」


 門番はにこやかに私達を迎え、あっさりと町の中へと通した。

 それでいいのか? そう思いつつ町並みを眺める。


「……簡単過ぎませんか?」

「そう? パノプティスが少し厳しいだけだと思う」

「まあ、パノプティスが町として開放された時点で凶悪な犯罪者はいなくなった……ってことになっているからね、一応。それでもあそこのやり方で丁度いいくらいだとは思うけど」


 少し町の中を歩いてみると、鉱山の町というだけあってか鉱員らしき姿の人が多い。

 獣人の姿も見えない。いないことはないのだろうが、パノプティスのように堂々と歩いている者はいなかった。

 そして、ちらちらと視線が向けられている。これもパノプティスとは違う。

 あの町では、通行人に意識を向けない人が多い。目の前で子供が転ぼうが関係なしだ。あれも、薄く散布されているであろう薬の影響なのだろうか?


「この感覚、久しいですね」

「これだけちらちら見られてると……慣れないね」

「俺のせい?」


 自分の服を見るヴィルトに首を振って答える。

 それもあるだろうが、視線が収束するのは大体私だ。これはつまり……


「私の顔でしょう」

「だろうね」


 セキヤは納得したように頷く。

 正直なところ、セキヤとヴィルトも顔立ちは悪くない。ただ私が良すぎるだけだ。

 現に私ではなく彼らに向けられる視線もある。

 まあ、それはいいとして。


「神官を探すとしますか」

「どうやって探す… …? 周りの人に聞く、とか?」

「そこからでしょうね。簡単に聞き出せるとも思いませんが」

「よし、じゃあまず俺がやってみるよ」


 セキヤは辺りを歩いているガタイのいい鉱員らしき男へと近づき、にこやかに話しかけた。

 聞き耳を立てるまでもなく、男はイラついている様子ですぐにセキヤを追い払った。肩を落としたセキヤがとぼとぼと戻ってくる。


「……どうでした?」

「あんまり有力な情報は得られなかったよ。こっちはそれどころじゃないんだーってね」


 予想通りの答えだった。

 見たかぎり、ガタイのいい男達はピリピリとした空気をまとっている。……彼らはおそらく鉱員なのだろうが、何故昼間から町を歩いているのだろうか。たまたま休日だった?

 何かがあるような気がする。


「私が行ってきますよ」


 胸に手を当て、軽く咳払いをする。

 少し眉を下げる。多少あざといくらいでいい。

 後は適当に話しやすそうな男を探して、近づくだけだ。自分よりもガタイが良く、背の高い方が好ましい。


「あの、そこのお兄さん。少しお尋ねしてもいいですか?」


 胸の前で手を組み、高い声で近づく。ああ、完璧だ。

 困った様子の娘に見えていることだろう。……胸はないが、そこは十二分にカバーできる。それは実証済みだ。

 男は鋭い目つきで私を見下ろす。


「なんだ?」

「その、私は今日この町に来たばかりなんです。なんだか皆さんピリピリしているみたいで……何かあったのですか?」

「あー……あのな、嬢ちゃん。今はあまり俺みたいな男に近付かない方がいいぜ」


 ガシガシと頭を掻いた男は、ため息をついた。どうやら彼の目つきの悪さは元々らしい。


「大体がここの鉱山で働いてる奴らだ。最近……まあ、問題があってな。仕事が出来なくなってイラついてるんだよ」

「問題、ですか?」

「まあ封鎖だな、封鎖。鉱山が封鎖されちまって、働きたくても働けねえ。多少の補償金は出てるが、それでも不満は出てくる。マジメに働く方が稼げるからな」


 男は少し身を屈めて目線を合わせた。

 ……思うに、見た目で損するタイプの人なのだろう。


「それが長く続いてるもんだから、アテもなく彷徨ってるか酒に溺れてるかなんだ。オマケに今年の夏はやけに暑いときた」


 なるほど。

 大体の経緯は分かった。問題は鉱山が何故封鎖されたか、か。

 まあ、それについてはどうでもいい。それよりも、このまま神官についても聞けるだろうか。


「そういうわけだから、もう近づくんじゃねえぞ。咄嗟に手が出ちまう奴だっていないとも限らねえ。嬢ちゃんみたいな細い体じゃ、簡単に折れちまいそうだしな」

「お気遣いありがとうございます。あの……もう一つ、いいですか?」

「なんだ? この際だから全部聞きな。答えられることなら答えてやるよ」


 どうやら大当たりを引いていたらしい。気前のいい人だ。

 だが肝心なのはどれほどの情報を持っているか。それに尽きる。


「神官様について知りませんか?」


 しかし、神官と聞いただけで男は顔を引き攣らせた。


「あー……そうだな。まあ、嬢ちゃん一人ならいいか……?」


 都合が悪いのか、男は悩み始めてしまった。

 唸りながら悩み続け、ようやく決まったらしい。


「すまねぇが、直接は言えねぇな。ただ、ここで一番美味い酒場に行けばいいとだけ言っておく……俺が言ったことは秘密にしてくれよ、嬢ちゃん」


 声を潜めた男に、こくりと頷く。

 一番美味い酒場。それをまた他の誰かに尋ねるか……?


「それと、誰かに聞いても知ってる奴は素直に答えてくれねぇと思うぞ。自分で……あー、誰か頼りになる大人に着いてきてもらって探すことだな」

「そうですか……色々と教えてくれてありがとうございます」

「なに、いいってことよ」


 軽く頭を下げ、完璧な笑顔で手を振って別れる。

 まあまあの収穫だろう。

 セキヤ達の所に戻ったら、顔を戻す。ずっと意識し続けるのは疲れるから仕方がない。


「私にかかれば容易いことです」

「よっ、流石ゼロ!」

「別人みたいだった」


 セキヤはグッと親指を立て、ヴィルトはパチパチと手を叩いた。

 なんだか少し気恥ずかしくなってきた。


「……褒め過ぎですよ」


 腕を組み顔を背ける。ああ、少し頬が熱いような気がするのは気のせいだろうか。

 口に拳を当て、咳払いをした。


「とにかく、得た情報を共有します」


 先ほどの男から聞いた話を伝えた。

 直接的な場所こそ分からなかったものの、かなりの手掛かりだ。

 この町にいくつ酒場があるのかは知らないが、片っ端から酒場を探していけばいつかは見つかるということなのだから。


「まあ、おそらくはその酒場のオーナーか常連客か……というあたりでしょうか」

「なるほど……神官が酒場のオーナーって、なんか違和感あるね」


 確かに。神官といえば、それこそ神殿のような場所で過ごしているものというイメージはある。


「それにしても、鉱山の封鎖かあ。嫌な予感しかしないよね」

「……魔物?」

「この町の魔力濃度はやや不安定なのでしょう? 十分あり得る話です」


 しかし、長い間封鎖されているというなら対応はどうなっているのだろうか。

 いくら補償金を出すとはいっても、ずっとそのままというわけにもいかないだろう。

 とはいえ、それは今の私達には関係のない話だ。


「ひとまず酒場を探しましょうか。神官がいるとすれば町の中心に近い所のはずです」

「そうだね。行こう」


 三人で町の中心を目指して歩く。

 暫く歩いて、町の中央付近にあるその酒場を見つけた。

 ドラゴンのマークが入った看板を下げている酒場だ。

 ドアを開けるとカランとベルが鳴る。酒場にはピリついた空気が漂っていた。


 ぴっちりとした黒い服を着て、長い金髪を三つ編みにした男がカウンターに座っている。

 長い黒髪をオールバックにして一つに結んだバーテンダーが鋭い目で彼を見ていた。

 雰囲気の原因は間違いなく彼らだろう。


「彼女は今日来ていないのか?」

「悪いが、貴様と話すことはない」


 金髪の男は頬杖をついて笑う。


「はは、客に対する態度じゃないな」

「貴様を客として見ていない。それを飲んだら帰ってくれないか」


 金髪の男は肩をすくめてグラスを取った。

 一体何があったのだろうか? 近くの席に座っていた男に近づく。


「あの……少しいいですか?」

「なんだぁ?」


 男は少しイラついた様子だ。多少いい酒の一杯分でも出しておくか。

 そっと大銅貨を机に乗せると、男は笑みを浮かべる。


「楽しんでいるところすみません。この店が気になって入ってみたら、こんな雰囲気でしたので……何かご存知ですか?」

「ああ、アイツは薬師をやってる兄ちゃんでな。俺も診てもらったことがあるし、悪い人じゃあねぇんだが……ちょっと、な」


 男は小声で教えてくれた。

 金髪の男を横目に見る。

 耳や目元にいくつものピアスがつけられている。

 肩から前に垂らした三つ編みを結ぶ赤い飾り紐が印象的だ。

 頬杖をついてバーテンダーと話す男の姿は、やや粗野な印象を受ける。しかし、どこか不慣れな仕草をわざとしているようにも見えた。


 少しすると、カウンターの奥から一人の女が出てきた。褐色に赤毛の、背の高い女だ。ふわふわとした赤毛を一つに縛った彼女はバーテンダーの隣に立つと、困ったような顔で金髪の男を見た。

 バーテンダーはハッとして彼女を見た後、目を伏せて黙り込んだ。


「会えて嬉しいぜ、レイザさん」

「それはどうも、薬師のお兄さん」

「俺にはルクスって名前があるんだけどなあ」


 レイザは肩を落とし、首を振る。

 尖った耳と角。明らかに彼女は普通の人間ではないだろう。

 迫害されがちな亜人がこんな町中にいるとは。


「悪いけどね、何度言われてもアタシは受け入れないよ」

「どうしても?」

「どうしても。アタシにはアタシの役目がある。そう簡単に投げ出せやしないのさ」


 二人は暫くの間見つめ合った。

 レイザのオレンジ色の目と、ルクスの緑色の目が交わる。

 暫く黙っていた二人だったが、ルクスの息を吐くような笑いで静寂が途切れた。


「そりゃあ残念」


 グラスの中身を飲み干した彼は代金を置いて立ち上がる。


「あと二週間程はここにいるつもりなんだ。気が変わったら、いつでも言ってくれ」

「その日は来ないだろうけどねぇ」


 レイザは首を振るが、ルクスは気に留めていないようだ。


「今日も美味かった。また来るぜ」

「今度こそ普通の客として来ておくれよ」

「約束はできないな」


 酒場を出て行こうとしたルクスは、私を見て足を止めた。

 口を引き結んだ彼は足早に酒場を出ていく。


(今の反応は一体……?)


 思い当たる節はないが、あるとすれば見慣れない顔に反応したことくらいか。

 いや、そもそも彼はあと一週間程ここにいると言っていた。そもそもこの町の人間ではないのかもしれない。

 そうすると……私に見覚えがあった?

 正確に言えば、私の髪と目の色に。


(彼がクレイストの人間ならばあり得る話だ)


 彼の肌は、この町の人間にしてはやや色が薄いように見えた。

 考えている間に、セキヤが近づいてきて男に尋ねた。


「お兄さん、今のやり取りって何か分かる?」

「さぁな。わからんが、まあプロポーズか何かじゃねえか」

「プロポーズですか」


 一気に興味が失せる。

 肌の色なんてこのやや薄暗い店内では見間違えることもあるだろう。

 大方自分の姿を見てライバル視でもしたのではないだろうか。

 ……仮に先程までの考えが合っていたとしても、今の私達には関係のないことでもある。


「一月……いや、二月くらい前にやってきてな。いつからだったか、毎日のように通うようになったんだ」


 奥の席に座っていた男が、豪快にジョッキ一杯のエールを飲み干して叫んだ。


「ったく、俺達の神官様に手を出すなってんだ!!」

「そうだそうだ!」


 他の客も呼応して騒ぎ始める。

 レイザは深いため息をつくと、客達に向けて声を上げた。


「ちょいとアンタ達、騒ぎ過ぎだよ!」

「おっと、すまんすまん。ついな」


 がははと笑った客達は、再び酒を飲み始めた。

 ……神官? どうやら私達は幸運に恵まれているらしい。


「彼女が神官ですか?」

「おい、言った奴は誰だ!!」

「ますます有名になったらどうする!! 俺達の席がなくなっちまう!!」


 騒ぎ出した客を、レイザが大きな声で窘める。


「静かに! 彼らもお客さんだよ、失礼なことはやめな!」

「あー、言っちまったもんは仕方ねえな」


 ガシガシと頭を掻いた男は、レイザを見て腕を組んだ。どこか得意げな顔だ。


「彼女がこの町を守ってくれる神官様さ。俺達は頭が上がんねぇんだ」


 近づいてきたレイザは、私達を見ると目を丸くした。

 腕には金色のバングルがつけられている。その中央で大きな赤い魔法石がキラリと光った。かなり質の良い石だ。


「見ない顔だね。旅人さんかい?」

「ええ。パノプティスから来ました」


 セキヤが軽く手を上げる。


「俺達、頼み事があって来たんだよね。大事な話だから場所を変えて時間をもらいたいんだけど……いつなら大丈夫か教えてくれない?」

「ああ、今からでも構わないよ」


 ニッと笑うレイザにヴィルトが頭を下げる。


「ありがとう、神官様」

「あっはは、レイザでいいよ。様なんて付けてもらうような大層な身分じゃないからね!」

「神の代理人って、すごい人だと思う……」


 真面目な顔で首を振るヴィルト。それを聞いて、客達はドッと笑った。


「違いねぇ!」

「兄ちゃん、分かってるじゃねぇか!」

「あの酔っ払い共のことは気にするんじゃないよ。こういうのはノリでいいのさ、ノリで!」


 にかっと笑ったレイザは、私達を休憩室へと通した。

 小ぢんまりとした部屋はほのかに酒の香りが染み付いている。


「さ、座っておくれ。水はいるかい?」

「いえ、お構いなく」


 促されるまま椅子に座る。向かいに座った彼女は、両手を組んで顎を乗せた。


「それで、頼み事っていうのは何だい?」

「単刀直入に言わせていただきます。貴方が持つ、魔法石の魔力を分けてもらえませんか」

「魔力? これのかい?」


 彼女はバングルについた魔法石を見せた。赤い石が光を反射している。


「はい、おそらくそれだと思います。神官が保有している最も純粋な魔力が必要なんです」

「最も純粋な……」


 レイザは少し考えると、納得したように頷いた。


「そういうことかい。まさかアタシの代で来るとはね」


 レイザはふっと笑うと、姿勢を正した。


「神官になるとき、いつか伝説をなぞる者が現れるかもしれないって言われたのさ。他の神官がどうかは知らないけどね」

「言われた……? 一体誰に言われたのですか?」

「大神官様だよ。今は代替わりしてらっしゃるのかねえ……アタシの記憶が確かなら、既に歳を感じる風貌だったから」


 大神官。初めて聞く役職だ。

 神官は六人だけではないのだろうか?

 考えていると、ヴィルトがレイザに尋ねた。


「神官は長命だと聞いた」

「お、詳しいねえ。そう、確かに神官ってのは長命だよ。中でも若い時間が一番多い。でもね、寿命が近づくと一気に年老いるのさ」


 長命だという話は知っているが、それは初めて聞いた。

 やはり書籍から得られる情報だけでは限りがあるのだろう。知識欲がじわじわと満たされていくのを感じる。


「そして、その種族の平均よりもはるかに早く老いていく。そういうものなのさ」

「大神官様も既に亡くなっているかもしれない……?」

「アタシが神官になったのも随分と昔のことさ。よっぽど長命な種族でないと今も生きているとは思えないねえ。それに、その種族に心当たりはないんだ」


 目を閉じる彼女は大神官とやらのことを思い出しているのだろう。しんみりとした様子だ。

 目を開けると、彼女は腕を組んだ。


「さて、肝心の魔力のことだけどね。一つ条件がある」

「条件ですか?」

「ああ。アタシのことを探していたアンタ達ならもう知っているかもしれないけどね……鉱山の問題については聞いてるかい?」


 セキヤが軽く手をあげる。


「それなら聞いたよ。封鎖されてるんだってね」

「話が早いね。封鎖の原因を取り除いてもらいたいのさ」

「……魔物の討伐、ですか?」


 レイザは頷いた。

 やはり魔物が巣食っているらしい。


「アタシの見立てじゃ、アンタ達は相当の手練れだろ?」

「確かに私達は腕が立ちますが……神官となる者も膨大な魔力を持つと聞きます」

「ははっ、分かってるんだろう? アタシは確かに魔力持ちさ。神官は全員そうだからね。でも、それと戦いにおける腕前は比例するわけじゃない」


 レイザはゆっくりと首を振る。


「それに、神官ってのは素質を持つ者自体が貴重だからね。町の存亡に関わるだなんて大事にでもならない限り、おいそれと危険に身を投じることはできないのさ」

「鉱山のことは大事じゃない……?」


 ヴィルトは眉を顰めた。

 レイザは微笑んでヴィルトを見つめる。


「アンタ、さては相当優しいんだね。アタシも解決してやりたいよ。でもね、強い魔物がうじゃうじゃ町中に出てくる兆候でもない限り手を出せない。そういうものなんだ」

「……そうか」


 ヴィルトは納得できていない様子だったが、それでも頷いた。理解はしたのだろう。

 理想ばかりではやっていけないことを、彼も知らないわけではない。


「それに、今度パノプティスから手練れの狩人を雇うつもりだったんだ。どの道、全ての坑道から魔物を取り除かなくちゃいけない。アンタ達には、最近掘り始めた新しい坑道を担当してもらいたいのさ」


 新しい坑道。それなら他の坑道よりも深くはないだろう。

 それに、私達ならば魔物の相手など容易い。それで目的を果たせるのなら、受けない理由もなかった。


「わかりました。引き受けますよ」

「そりゃあ助かるねえ。ああ、それと……くれぐれも無理するんじゃないよ」

「貴方も優しいんですね」

「ははっ、これでも神官……一応聖職者だからね。それなりに慈悲深いつもりさね」


 話を終えた私達は、酒場を出た。手には土産として彼女が包んでくれた料理がある。

 良い香りがする。味も期待できそうだ。


「役職の割に気さくな人でしたね」

「そうね。オススメの宿も教えてもらったし、条件も俺達にとっては簡単そうだし」

「これからどうする?」


 空はオレンジに染まりつつある。

 例の坑道がどれほどの規模かは分からないが、今から向かうには遅いだろうか。


「まだ時間はあるといえばありますが……」

「一旦休んでからにしよう。いくら簡単でも、万全の状態で行かないと」


 わざわざ今から向かう必要もないだろう。

 早めに休んで、明日の朝向かえばいい。


「ではそうしましょうか。宿の場所は……」

「俺が場所を聞いてくる」

「……まあ、この町でならそう危険でもないでしょう。任せます」


 頷いたヴィルトは道を歩いていた恰幅の良い妙齢の女に近づいていった。買い物帰りなのだろうか? かなり荷物を抱えている。


「食い気味でしたね」

「やっぱり、ここに来るまでのことを気にしてるんじゃないかな」


 メルタに来るまで、魔物の処理は私とセキヤで行っていた。

 その間、ヴィルトはただ攻撃されないように警戒するだけだったのだ。


「戦闘だけが全てではないと思いますが、言っても受け入れられそうにありませんね」

「治療してもらえるだけでありがたいのにね。どんな薬だってあんな即効性のものはないし」


 話を聞いているヴィルトの様子を見守る。

 適材適所というものがある。彼にはそう深く考え込まないでもらいたいものだが……


「もう少し普段から褒めてもいいかもしれません」

「賛成。もっと自信もっていいと思うなぁ」


 戻ってきたヴィルトは、両手に菓子を抱えていた。


「聞いてきた」

「お、じゃあ早速行こうか。道案内お願いね」


 少し道を歩く。セキヤもヴィルトも黙っている。

 言うべきだろうか? ここは言うべきだろう。


「……あの、その手にある菓子の山については何も言わないんですか?」

「いやー、突っ込むタイミング逃しちゃって。っていうか、ゼロも何も言わなかったよね?」


 ヴィルトは両手の菓子を持ち上げる。満足そうな表情だ。

 彼が満足ならそれでいい……とはならない。流石に度を超えている。


「あの女性から貰った。沢山あるから、後で皆で食べよう」

「そっか、ありがとうね。とりあえずリュックに入れておこうか」

「……入りきらなかった」

「ん〜、俺も持つよ」


 セキヤがヴィルトから山の半分を受け取っている。

 仕方ないので私もその内の半分を持つことにした。それにしても、ヴィルトはこの量について何も言わなかったのだろうか。

 いや、ヴィルトのことだから押し切られたのだろう。彼らしい。


 ここはパノプティスではない。それほど警戒する必要もないだろうが……念のために後で確認しておこう。

 それに、彼の成果とも言えるものだ。簡単に取り上げるのも可哀想だった。

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