第12話 森を抜けて

 翌朝。ヴィルトを起こしてテントを出ると、焚き火の前に座るセキヤと目が合った。


「おはよう、ゼロ」

「おはようございます、セキヤ」

「……おはよう」

「ははっ、ヴィルトはまだ眠そうだね」


 ヴィルトの目は開ききっていない。

 立ち上がったセキヤはヴィルトの背をぽんと叩いた。


「どうでしたか?」

「何事もなかったよ。魔力濃度の割には平穏って感じ」

「運が良いですね。昨日の二匹だけとは」


 軽く伸びをして辺りを見渡す。

 緑の木々が風に揺れ、爽やかな森の香りに包まれた。


「ヴィルト、朝食の準備は任せましたよ」


 頷いたヴィルトは、頬をパチンと叩いて大きく目を開けた。

 リュックから鍋と食材を取り出し、準備を始める。


「先にテントを片付けておきましょうか」

「そうだね」


 ヴィルトが調理している間に、セキヤと共にテントを片付ける。

 ふとセキヤを見ると、違和感を覚えた。

 一体どこに違和感を抱いたんだろうか。じっと見つめていると、手が震えていることに気付いた。


「セキヤ? 貴方、手が震えていますよ」

「あ、あれ? そんなに疲れてはないと思うんだけど……」


 セキヤは首を傾げながら自分の手を見つめた。

 魔力濃度の影響が出ているのだろうか? だが、こんな症状だったか……?


「休んでいていいですよ。後は私がやっておきます」

「うーん……そうさせてもらおうかな。ごめんね」


 セキヤはへらりと笑ったが、やはり疲れているように見える。

 ヴィルトの隣に座ったセキヤは、案の定ヴィルトに心配されていた。



 朝食を終えた後は、メルタへの道のりを進む。

 その間も、セキヤは調子が少し悪いようだった。時々ふらつき、汗もかいている。


「セキヤ、足取りが怪しいですよ」

「え?」

「汗も酷いです。少し見せてください」


 立ち止まったセキヤの頬に手を当て、顔を近づける。よく目を見れば、瞳孔が開ききっていた。

 パノプティスにいた頃、何度か見たことがある。もっとも、彼らはより酷い症状だったが。


「なるほど。一度入れば永住したくなる『楽園』ですか」

「ああ、そういうこと……薄めたものでも散布していたのかな」

「私は元よりそういったものに耐性があります。ヴィルトは……やはり、あの衣のおかげでしょうね」


 ため息をつく。まさか『楽園』でそういったことをしているとは思わなかった。

 犯罪者を許容している時点でこういった裏があるだろうことを予測しておくべきだったのかもしれない。


「ヴィルト、治療を」

「あ、ああ。分かった」


 近くの大きな石にセキヤを座らせた。

 いまいち話を理解していないヴィルトは、それでも頷いて手をかざす。

 たちまち青い光が漂い、セキヤとヴィルトへ吸い込まれていく。


(パノプティスから出る時の手続きが簡単だったのは、出してもすぐに戻ってくることが分かっているから……ということか)


 この旅を終えたとき、あの町に住み続けるべきだろうか?

 これも旅の間に考えておいた方がいいかもしれない。

 考えている内に、セキヤの様子は落ち着いていった。


「……大丈夫そうですね」

「うん、もう平気。ありがとう、ヴィルト」


 深呼吸したヴィルトは嬉しそうに微笑み、頷いた。


「治せてよかった」

「さて、では行きましょうか。日が暮れる前にできる限り進まなければ」


 立ち上がったセキヤが歩き出そうとした時、針で刺すような気配を感じた。


「来ます」

「ふー……今日、ゴタゴタしてるね」


 長く息を吐いたセキヤは、ジャケットの裏から銃を取り出す。

 私もナイフを抜き、体を低く落とした。

 ヴィルトは私達の後ろに隠れている。


「三体」

「わかった。ヴィルトは動かないで」


 ヴィルトは黙って頷いた。

 ガサッと草が揺れた直後、三頭の狼が飛び出した。

 赤い粘液を口から垂らしている。どう見ても魔物化していた。


 飛び出した内の一頭を、即座にセキヤが撃ち落とす。

 ヴィルトを狙っていた一頭をナイフで突き刺し、向きを逸らせた。鳴いた狼の喉目掛け、一度引き抜いたナイフを振り下ろす。

 残った一頭をセキヤが狙うが、脚に力をこめた狼は爆発的に加速して弾を避けた。


「ゼロ、そっち行ったよ!」

「分かっています」


 飛びかかってきた狼の牙を避け、腹を蹴り上げる。

 打ち上げられた狼目掛け飛び上がり、深くナイフを突き刺した。

 地面に落ちた狼は少しもがいた後、ぴくりとも動かなくなる。

 三頭の狼が全て動かなくなったことを確認し、武器を収めた。


「まったく、こっちは不調から回復したばかりだっていうのにね」

「ですが、これでも想定よりは少ない方ですよ。この調子でいけばいいのですが……」

「とか言ってたら来ちゃったりしてね」

「あまり怖いことを言わないでほしい……」


 ヴィルトが目を逸らした先で、ガサリと草むらが揺れる。ヴィルトの肩がびくりと跳ねた。


「まあ、来るとは思っていました」

「ゼロがあんなこと言うからー!」

「私のせいにしないでくださいよ」



 ――二日後。

 ようやく森を抜けた私達は、深くため息をついた。


「やっとですか」


 あれからというもの、やたらと魔物に襲われたのだ。

 一日に三度どころではなかった。どうやら初日の運が良かっただけらしい。


 少し遠くに見える町を見る。魔物の侵入を防ぐための壁があるが、パノプティスの壁と比べるとかなり低く感じる。

 だが、それでも魔物相手であれば充分なのだろう。


 それにしても、町に近づくにつれて魔物と遭遇する頻度は低くなるべきだが……多いとまでは言わずとも、大して変わらなかったように思う。


「町から多少離れているとはいえ……問題があるのでは?」

「わざわざ迂回するほどではなかったけど、魔力濃度が不安定だったからね。もう一度見てみようか」


 セキヤは町をじっと見つめる。

 私も目に魔力を集めて見てみる。森程ではないが、火の魔力がゆらゆらと立ち上っているように見える。


「うーん、町も魔力濃度に少し揺らぎがある……?」

「神官は何をしているのでしょうね」


 世界全体の調整は難しいにしても、町の範囲内の調整は神官の責務だ。

 神官の怠惰によるものか、それとも何かがあったのか……どちらにせよ、会いに行かなくては。


「でも生きていく上では問題ない範囲だね。人によっては少し酔いそうってくらいかな」

「それなら、俺達は大丈夫?」

「ええ、問題ないでしょうね。行きましょうか」


 近づくにつれて、町がはっきりと見え始める。

 さて、記念すべき一歩だ。滑り出しは好調だと良いのだが。

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