1-9.エレンディラ

エレンディラ、城門の上に掲げられている看板にバルク語で書かれている。見上げるほど巨大な城壁は、近づくほどにその圧を強めていった。




「身分証と、この街に来た目的を聞かせてください」




門衛の通行検査だ。




「私は考古学者のロラン・ヘディン。助手のアルヴィンだ。これが身分証。我々は南方の戦火に巻き込まれる遺跡の保護のために来た」




「あぁ、南の戦地に行く人たちですね。わかりました。いいでしょう。身分証もお返しします」




ずいぶんあっさり通ってしまった。戦地に行くなどと言う怪しい輩がいれば、スパイを疑っても良さそうなものだが。門衛の対応、南に行く連中の扱いには慣れているのだろうか。




この戦中に南に行く…なんの目的があるのか。すでに荒廃しつつあると言うではないか。少し探ってみる必要がありそうだ、とロランはなんとなく考えを巡らせていた。




「さてアルヴィン、やっと入れたな。エレンディラだ」




城門をくぐると正面には五本の通りが放射状に広がっている。中央の通りがひときわ賑わっており、他の通りはそれぞれ鍛冶屋通り、宿場通りなどに分かれているようだ。さらに中央通りのその向こうには巨大な建物が見える。その建物は白い壁に尖塔がいくつも並ぶ世にも美しい建造物だった。アンカーソンヒルとは比べ物にならないほど大きな街にアルヴィンは目をくるくるさせていた。




「ロラン先生、俺こんな巨大な街は初めてですよ。アンカーソンヒルだってかなり大きいと思っていたのに、エレンディラときたら、その比じゃない。こんな街見物し切れるもんなんですかね?」




「ま、数日では無理だろうな。アルヴィンは何の店に興味がある?」




しばらく迷ってからアルヴィンは、鍛冶屋ですかね。とだけ答えた。だがアルヴィンの希望よりも先に宿屋を探さねばならない。宿屋ならいくらでもあるからすぐに空きが見つかるだろう。二人は宿屋通りのそれなりの構えの宿屋に入った。




「いらっしゃい!宿泊かい?」




太ったおばちゃんが勢いよく飛び出してきた。どこかクローラに似た雰囲気のある女性だ。




「宿泊でお願いしたい。何泊するかは今のところ分からないのだが、それでも大丈夫かな?」




「んあぁ、かまわないよ!そこの階段から三階に上がって奥の部屋を使ってちょうだい」




ギシ、ギシときしむ天井の低い階段を二人はゆっくりと上がっていった。二人ともエレンディラに到着して興奮していたから忘れていたが、ここまでの旅によって相応に疲れている。さりとて大きな問題こそなかなか起こらなかったが、距離にして900km、二週間にもおよぶ長旅だった。部屋に入るなり二人は泥のように眠った。




「ん…もう夜か…」




ロランが目を覚ますと、すっかりあたりは暗くなっていた。体のだるさはかなり緩和された。空は暗いが、街はまだ騒がしい。酒場街が隣にあるみたいだ。ロランもしばらく酒は飲んでいない。疲れも取れた所で、無性に酒が飲みたくなった。




「おい、アルヴィン、起きろ」




アルヴィンはまだむにゃむにゃと布団にしがみついていた。が、ロランがその布団を無理矢理に剥ぎ取った。




「いでっ!」




布団を剥ぎ取られた勢いでアルヴィンはそのままベッドから転げ落ちフローリングに頭をぶつけた。




「先生…いきなりなんですか…?いてて…」




ぶつけたところにはたんこぶが出来そうだ。見るからに痛そうな見た目になっている。




「酒を飲みに行こうじゃないか。そこに酒場街もあるようだし、久しぶりにしこたま飲もう」




酒という言葉にアルヴィンの耳はぴくりと反応し、目も急に輝きだした。




「酒、酒だ!先生、行きましょう!早く!」


さっきまでの痛がってたアルヴィンは一体どこへ行ってしまったのだろうか、というくらいの変わりようだ。全くこいつは、とも思いつつもロランは小さく微笑みを見せた。




「よし、そうと決まれば行くぞ、アルヴィン!久々の酒だ!」


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