1-10.大衆酒場ミハイ
「よし、ここにしようか」
大衆酒場ミハイ、看板にはそう書かれていた。決め手はどこか懐かしさと哀愁を漂わせる雰囲気ながら、賑やかな声が聞こえたからだ。カランカラン、ドアを開くと入口のベルが鳴った。
「いらっしゃい、適当に空いてるとこに座んな」
気の強そうな、スタイルのいい女性がカウンターの奥からよく通る声で案内してくれた。タバコを燻らせている。彼女の真紅の髪は左型は編み込みで右側はストレートにおろすアシンメトリーのスタイルだ。眼を見張るようなバツグンのプロポーションも持ち、さらに美人。非の打ち所がない。
二人が席に着くやいなや、二十秒もしないうちに彼女はやってきて、エールでいいかい?と一言聞くと二人が返事をするかしないか、のタイミングでカウンターに戻っていった。
「はい、おまちっ!」
ドカンとテーブルに置かれた木製ジョッキからエールが少し溢れた。しかしそんなこと気にも留めない感じで、また彼女は次の客のところに向かっていった。二人が勢いに気圧されて呆気にとられていると、隣に座る一組の男が声をかけてきた。
「あんたら、この店は初めてかい?」
体格のいい男だ。筋骨隆々といった感じの、兵士のようにも見てとれる。
「ええ、今日この街に着いたばかりでね。長旅で疲れてたもんで昼間は眠りこけていたんだ。目が覚めたら、賑やかな街に惹かれてふらふらと出てきたわけだ」
男は声を上げて豪快に笑うと、あんたらの長旅の無事に乾杯だ、と音頭をとった。ガゴン、またしてもエールが溢れる。がぶがぶと四人はエールを飲み干した。
「いい酒だぁ!あんたらの旅の話、酒の肴に聞かせてくれや!」
一組の男達に旅の話をするうち、だんだん四人とも酒が回って行く。ロランはどこからきたか、何があったか、さらには自分の妻の話仕事の話までしてしまう始末だった。
「それでアルヴィンさんよ、あんたはそこでどうしたんだい?」
「そんなもん決まってるさよベケットさん。俺が先生を襲ったやつを五人まとめてやっちまったのさ。一人目はみぞおちに一発、二人目三人目は胸ぐら掴んで頭ごっつんこさせてやったさ!四人目は顔面に回し蹴り入れて、吹っ飛んだ四人目に巻き込まれて五人目も倒れたわけ。ありゃあ、最高だったなぁ!ねぇ先生!」
「お前そんな、俺は襲われる側でおっかなかったんだからな!」
ロランの反論にまたしても筋骨隆々な男、ベケットは豪快に笑った。
「へぇ〜、あんた強いんだねぇ」
女性の声だ。
「珍しいじゃねぇか、いつも忙しねぇ名物乙女のミハイともあろうもんが客のバカ話に首突っ込んでくるたぁ」
最初にエールを持ってきてくれた店の女性、ミハイと呼ばれているらしい。
「あたしだってたまにはこうやって混ざりたいのさ。それで?あんた強いんだろう?あたしとひとつスパーでもしないかい?」
ミハイはアルヴィンを誘っている。ロランから見れば、アルヴィンはかなりの強者だ。女性が相手をできるようなレベルではない。
「俺に勝てるって本気で思ってんのかい?そんな細い体で?」
誰の目にも体格差は明らかだ。
「負けるわけないと思うならやってみたらいいじゃないか、負けないなら構わないだろ?」
「よーし、乗った」
酔っているアルヴィンはすぐ調子にのる。二人のスパーリングに、酒場の客達はより一層盛り上がった。
「いいぞいいぞ、やれやれ!!」
「ミハイ姉さんやっちまってくだせぇ!」
「おい見かけねぇ兄ちゃんも頑張れや!」
やんややんやの大騒ぎになってしまった。
「おら、机どかせお前ら!」
ガタガタと机が端に寄せられて店内の真ん中が大きく開けた。そのスペースには1組の男女だけが立っている。
「痛い目見てもしらねぇからな」
「それはこっちのセリフよ」
どこからともなく持ってこられたフライパンとハンマーが構えられる。そしてゴングの音が響き渡った。
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