第3話 自由の身

 フィリアが去った後、宮殿では――。


「これでぇ、不快な女は消えましたぁ。みなさん仲良くしましょうねぇ~」

「そうね! 私達は清く正しく聖女らしく、正々堂々としましょう!」

「愛想も可愛げもない、陰湿な女がいたらこっちまで気が滅入っちゃうもん。ね! みんな!」

「そうよそうよ!」


 フィリアが宮殿を出ていくのを見送った聖女候補達はきゃっきゃうふふと騒いでいる。

 そんな女性達を見ながらネネコは密やかにほくそ笑んでいた。


(バカな女達ですねぇ……)


 全てを仕組み、全てがうまく進んだネネコだったが、彼女は知らない。

 去っていった彼女が、去っていった真の聖女が四六時中気を張っており、その副次効果で退魔の結界が張られていた事を知らない。


 腹黒女子達の宮殿に淀む、渦巻く悪意が浄化されていた事を知らない。

 淀み、濁った悪意は混沌となり瘴気となり呪いと災いを呼び寄せる事を、彼女達は知らなかった。

 


「良かったのかヌフフ」

「な、何がですか父上」

「あの聖女候補を追い出してしまって良かったのかと聞いているのだ」

「あ! あの女は! 色々と陰険な事や他の聖女候補に暴力を振るっていたのですよ! 追放して当然です!」

「……そうか。ならば致し方あるまいな」


 現王であるアルゴは去っていったフィリアの顔を思い浮かべる。

 そしてその体から放たれていた大いなる聖の気を思い出す。


 おそらくは、フィリアが一番聖女に近しい、もしくは聖女としてすでに覚醒していた女性なのかもしれないのに、と心の中でため息を吐いた。

 アルゴは思い出す。


 過去、妻であるリリエラがまだ聖女候補だった頃に起きた凄惨な事件や災いの数々を思い出す。

 だが今回は今の今まで何も起きていない。


(何も起きなければよいのだが、な)


 アルゴは胸に一抹の不安を抱え、深いため息と共に天井を仰いだ。


 〇


「つきましたぜ」

「ん……寝てしまったのね。ありがとうございます」


 御者に起こされて降り立った地、聖王国のお隣さん【アルスト王国】。

 聖王国ほど敬虔な信徒はいないけれど、それなりに信仰が根付いている国でもあった。

 今いる国境そばの村から首都までは、さらに二つほど馬車を乗り継がなければならない。


 首都に着いたらなにをしよう。

 教会で修道士をやるのもいい。


 それとも全然違う、ウェイトレスなんかもやってみたい。

 第二の人生がここから始まる。


 そう思うとワクワクが止まらない。

 と、思っていた時だった。


「誰か! 誰かヒーラーはいないか!」


 乗合馬車の乗車券を買った矢先、村の外から男の叫ぶ声が聞こえてきた。


「どうした! うわ! ひでぇキズだ!」

「うちの村にヒーラーなんていたか?」

「道士様は今おらんでな……」

「頼む! 誰でもいい!」


 男は二人、血塗れの男がぐったりしている男を肩に担ぎ、引き摺るように村の中へ入ってきた。

 ぐったりしている方は息も絶え絶えで、見るからに致命傷だった。


「っひ……」


 怖い、あんなに血だらけで、痛そう……。

 あんな盛大に出ている血を見るのは初めてだったのもあり、手が小さく震えているのがわかる。


 でも――。

 多分、ここにいる人間でヒール出来るのは私しかいないだろう。

 村人は右往左往しているだけで何もする様子がないし、道士の姿も無い。

 男は回復薬をぐったりしている男にかけ、傷口を布で拭いている。


「あ、あの」

「あんたヒーラーか!」

「きゃっ!」


 私が声をかけると男は血走った目をしながら私の肩を掴む。

 血でべっとりと濡れた手が間近に迫り、一瞬だけ呼吸に詰まる。


「は、はい。どこまで出来るかわかりませんが、やらせてください」

「おおお! 頼む! 助けてくれ!」

「はい、頑張ります……うっ……」


 男がどいて、傷だらけの男の肉体が目に飛び込んでくる。

 鎧は脱がされてインナーだけになった体には無数の傷が刻まれていて、内臓や骨まで見えているような状態。


 よくこの状態で生きているものだと舌を巻く。

 聖女候補として様々な知識や術を教え込まれ、尚且つ聖女の刻印を持つ私に出来ないことはない、と自分を奮い立たせて傷口に手を当てた。


 にちゃ、という生々しい肉の感触が掌に伝わり怖気がはしる。

 この傷ではヒールやキュアなどでは到底間に合わない。

 やるなら最大の術。


 ――私がやらねばこの人は死んでしまうのだから。


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