第2話 塩対応ですが何か?

 聖女の刻印が現れた翌日から、私は全員に塩対応をする事に決めた。


「あらフィリア!」

「話しかけないで」

「ねぇフィリアさん、近くのカフェに」

「私に関わらないで」

「フィリアさん! 指輪--」

「興味ない」


 と話しかけてくる聖女候補達に塩対応。

 もちろん――。


「ぬふ、フィリアたん。今日もかわいいねえ」

「話しかけないで。気持ち悪い」

「ぐふう、その強気なところもいいねぇ」

「近寄らないでください」


 私を見かけるたびに話しかけてくる皇太子にもとことん塩対応を貫いた。

 結果。

 私に聖女の刻印が現れて半年後。


「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」

「え? いいんですか?」


 あ、しまった。思わず本音が。

 でも待って、私が何かしたような口振りね。

 私にびしりと太くて短い指を突きつけ、鼻息荒く捲し立てる皇太子。

 何をそんなに怒っているのだろうか。


「ヌフたん~私怖かったぁ~」


 皇太子の後ろから、あざとく皇太子の袖を指先でつまむネネコが現れた。


「ネネコ……?」


 怖かった?

 一体なんの話?


「おお怖かったねネネコたん。もう大丈夫だよお、早くお部屋でちゅっちゅしようねぇ」

「あの、話が見えない、ので、すが」

 

 こみ上げる吐き気を抑えながら精一杯の声で問いかけるが、


「白を切るのかこの売女! ネネコや他の聖女候補達への度重なる陰湿な嫌がらせ! そして我が妻候補であるネネコたんへの暴力! 神が許してもこの我が許さんぞ!」


 いや聖王国なんだから神が絶対でしょバカなのこの人、あ、いや、バカだったわね。

 なるほど、なんとなく話が見えた。

 つまりはネネコが私を悪役に仕立て、自分の地位をあげようって魂胆ね。

 やってくれるわ。


「なんとか言え! 仮面女め!」

「仮面、ね」


 確かに言う通り私はここにきてからずっと仮面を被ってた。

 けど暴力やいやがらせなんてしたことない。

 言いがかりもいい所だけど、まともに話を聞くような男じゃないのは百も承知。


 散々嫌われるような事をしてきたのも私だしね。

 どうしよう、胸の高鳴りがとまらない。


「いえ、申し開きは致しません。国外追放の刑を甘んじてお受けいたします」

「ねぇねぇヌフたん~かわいそうだからぁ~フィリアの事はもうこれで許してあげて~?」

「ん? ネネコたんがそう言うならいいよぉぬふ、ぬふふ……」

「はぁ……気持ち悪」

「何か言ったか! ネネコの慈悲深い心がなければお前も、お前の一家も露頭に迷う所だったのだぞ!」

「……卑劣極まりないわね」


 ネネコはここまで計算しているはずだ。

 私を陥れ、悪役たる私を許す寛大な心の持ち主だと、アピールするのが目的だろう。

 家族は関係ないじゃない。

 どこまでも腐った奴らだわ。


「ネネコさんの慈悲に感謝を」

「わかったのなら即刻荷物をまとめて出ていくがいい!」

「馬車は用意してあるよぉ~」

「……ありがとう、ございます」


 私は至極悲しそうな顔を貼り付け、そのままその場を後にする。

 おそらく馬車もネネコがヌフフにいったんだろう。「歩いて帰すのはかわいそうだからぁ~」とか何とか言って。


 ふん、最後まで気持ち悪い奴らだったわね。

 荷物をまとめていると、強張っていた顔がだんだんと緩くなっていくのがわかる。

 ここに来てからずっと強張らせてきた表情筋が、解放された喜びと共にゆるゆると弛緩していく。


(やった、やったわ! お父さんとお母さんには申し訳ないけど、後日きちんとお手紙書くし、会いにいくからね!)


 足取り軽く宮殿を出て、門前に止めてある馬車に乗り込む直前。

 ふと宮殿の窓から視線を感じ、反射的にそちらを向くと。

 ネネコを含めた聖女候補達が陰険な笑顔を浮かべて私を見下ろしている所だった。


「そう、あなた達全員がグルだったのね。ま、仕方ないわ。そうなるようにしてたんだもの。どちらかと言えば私の計画通りかしら? それじゃ、チャオ」


 馬車に乗り込み、座席のクッションに背中を預ける、とたんに体から力が抜けていき、あぁ、本当に終わったのだ、という安堵がこみ上げてくる。

 それと同時に、パンッ、という何かが弾ける音が空気中から伝わってきた。

 

(? 何かしら、気のせい?)


 音がなったのは一度きり、そこからなんの変化も無いので聞き間違いだろうと判断した。

 目を瞑り、深く息を吐き、吸い込む。

 馬車の車輪が奏でるガラガラという音が子守唄のように聞こえ、私はそのまま眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る