第14話 『気月ヨイEND』

 ぱい~ん、ぱい~ん。


「はぁ~」


 私はいつもの溜め息をついた。


 年を取るに連れ溜め息の数も増えた。


 目の前で私の元カレ、全問正解が女子高生におっぱいで頭を叩かれているからだ。


 ぱい~ん、ぱい~ん。


「はぁ~」


 私はもう一度、溜め息をつく。


 それにしても、あんな恥ずかしいこと、よくやれるわね。若さって偉大だわ。


「ねぇ、ヨイピー、その大きめのシャツ、正解のじゃない?」


 私は正解に膝枕をしてもらっているギャルの言葉にハッとする。


「か、借りたのよ!」


 そうだ、私もまた、羞恥心の欠片もない彼女達と同類だった。


 昨晩、寝ている正解の布団に潜り、襲ったのだ。


 その後、彼女達に負けまいと、わざと彼のワイシャツを着た。


 大きく開いた胸もとから溢れ落ちそうな自分の胸を眺める。


 昔、小さい胸で悩んでいた私の胸を彼が「私に任せろ!」と訳のわからないことを言って、毎晩、揉んで……本当に大きくしてくれた。


 少し頬を赤らめながら、再び彼を見る。


「く、首が……」


 おっぱいで叩かれ過ぎてむち打ち症になりそうじゃない!


 ……ふふ。


 今度は少しおかしくなってきた。


 情緒不安定、恋は盲目だ。


 本当に自分が情けない。


 一度別れた男にしがみつき、他に関係を持った彼女達と争う。


 ……次は無性にイライラしてきた。


 なに?彼は青年マンガの主人公かなにかなの?


 女子高生の解答ハズス、ギャルの実原ヤサシイ、彼女達は本当にいい子達だ。


 彼女達もまた、彼の魅力に気づき、人目も気にせず彼にアピールをする。


 悔しいけど、彼はそれほどまでに、魅力的な男だった。


 私は小さい頃から器用でなんでもできた。


 駆けっこ、お遊戯、学芸会。


 どれも、主役だった。


 だけど、大人になるにつれ、一番が減った。


 その道にのみ、特化した能力を発揮できる人達には敵わないと知った。


 結局、なんでもできる私は何にもできないと思い知らされたのだ。


 自信を失くした私は、正解と出会った。


 彼は自信に満ちていた。


 顔はそれほどタイプではないけど、自分がこれと決めたことをやり遂げる強い意志に、私は感銘を受けた。


 そして、彼が選んだ道は必ず成功する。


 女としては、そんな決断力がある彼と同じ道を歩いて行きたいと思わない方がおかしい。


 なんであんなに自信満々なのかしら?


 勘違いして、私まで自信が出てしまう。


 あの頃の、なんでもできた、強い自分が顔を出す。


「……ふふ」


 ヤサシイさんが私の顔をニヤニヤ覗く。


 ダメだダメだ。また、正解を見つめながら顔がにやけていた……。


「はぁ~喉乾いたな」


 ハズスちゃんが台所に水を飲みに向かった。


 喉が乾くまでおっぱいで正解を叩かなくても……と普通に呆れる。


「あ、ハズスちゃん!私も水飲みたい!」


 ヤサシイさんが元気よく手を上げる。


「は~い。先生とヨイさんは?」


「私は大丈夫」


 私は飲み水や料理で使う水はミネラルウォーターと決めていた。


「私は牛乳を飲む」


「ふふ……先生、お子ちゃま」


「な!違うぞ!私が牛乳を飲む理由だがな……ま、長くなるからいいけど」


 正解はよく牛乳を飲む。昔、理由を聞いたことがあるが、確か都市伝説が原因だった。戦後、アメリカの余剰作物だった小麦粉を消費するため、学校給食にパンがでて、パンに合う飲み物として牛乳が選ばれ「牛乳=体にいい」と勝手に洗脳されてしまったのである。


 これだけだと、かえって牛乳が嫌いになりそうだが、その後の都市伝説が原因だった。『牛乳を飲んでも骨は強くならない』『牛乳を飲んでも背は伸びない』といった根拠のない都市伝説を聞いた正解は、「私は背を伸ばすために牛乳を飲んできた!私の選択に間違いはない!」と牛乳を飲むとすぐにお腹を壊す体質にもかかわらず、牛乳を飲み続けているのだ。


 ゴクゴク……。


 正解はハズスちゃんに組んでもらった牛乳を勢いよく飲む。


 ハズスちゃんも正解に膝枕をしてもらっていたヤサシイさんも起き上がって水を飲む。


 私もミネラルウォーター飲もうかしら?


 私がソファーから立ち上がり、冷蔵庫へ向かうと正解が何やらうんちくを話していた。


「ぷはっ!牛乳は体に良い!すぐに逆説的な噂を立てる輩がいるが、酪農家を守るためにも私は牛乳を飲むのだ!」


 正解の顔は使命感に満ちていた。


「ちょっと、トイレに行ってくる……」


 ……すぐにお腹を壊す。


 なにやってるのよ……まったく。


 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。一口だけ飲んでコップを冷蔵庫にしまう。


 一度口をつけたコップを冷蔵庫にしまうのは菌が増殖してしまうのではかいかと心配しつつ、冷蔵庫で冷えているし、ミネラルウォーターだから大丈夫かな?といつも悩むが、どうしても次に飲む効率を優先してしまう。


 水を飲み終えた私が居間に戻るとハズスちゃんとヤサシイさんがテレビを見ながら騒いでいた。


「あれ?テレビに映ってるマンション、ここじゃない?はひゃ!ウケる!」


「本当だ!巨乳女子高生が80階にいますよぉ~ふへへ」


 なにやら二人がフラフラしているように見えるが、何気にテレビに視線を向ける。


『現場の山路です。令和製薬会社を解雇された中居容疑者は犯行声明を残して行方不明。その後、Zombie-VIRUSをこのマンションの貯水タンクに混入したことが判明。水道水を飲んだ住人達が次々にゾンビのような状態になり、暴れています!警視庁は一帯を封鎖――』


 ――え!?


 窓の外が騒がしい。


 ガンガン!


 ――!?


 突然、玄関が叩かれた。


 私はびっくりして慌ててモニター画面付きのインターホンの『モニター』ボタンを押す。


「なによ……これ?」


 モニターには生気を失くした顔の隣人達が廊下を歩き回り、壁を叩く映像が映っていた。


 まるで、ゾンビだ。


「うふふ……あはは!!」


「わひゃ!わひゃひゃ!」


 ――!?


 ヤサシイさんとハズスちゃんが暴れだした。


 テレビで水道水と言っていた。


 まさか、感染した!?


「ヨイ!こっちだ!」


 トイレから出てきた正解が私を手招きする。


 私は急いで呼ばれた寝室へと駆け込む。


 昨日の正解との夜の運動会のあと、片付けをしなかったので、脱ぎ散らした服が散乱していて恥ずかしい。


「ちょっと……片付けなさいよ」


「それより、まずいことになった。辺り一帯が封鎖。ワクチンもなし。Zombie-VIRUSに感染すると、奇声を発して誰彼構わず噛みつき、感染が増殖するらしい!」


 正解はスマホを片手に説明をした。


「あなた、トイレでスマホを弄るのは、やめてって言ったでしょ……」


「!?ちゃんと手は洗ったぞ!」


 正解はトイレが長い。すぐにスマホを見るからだ。あんまりトイレから帰って来ないので心配になって聞いてみたら「スマホで調べものをしている」と白状した。


 だけど、履歴が消されているから、たぶんエッチな画像でも見ているのだろう……。


 ドンドン!!


「うが……うがが……」


 ドアの向こうでヤサシイさんかハズスちゃんが暴れている。


 今にもドアが壊れそうな勢いだ。


「仕方ないな……パラシュートを使う」


 正解はベッドの下からパラシュートを取り出す。


「そんなものまで用意していたの?すごいわ!相変わらず、正解の選択に間違いはないわね!」


「あ、ああ……」


 せっかく褒めたのに歯切れが悪い。


「ちょっと怖いけど、あなたとなら大丈夫ね!行きましょう!」


 窓ガラスを開けるとビュッ!と風が部屋の中へ吹き込む。ここは80階建ての最上階、失敗すれば、命はない。


 ゴクリ……。


「正解……」


 不安な顔を正解へ向ける。


「大丈夫!私は選択肢を間違えない!私は名探偵、全問正解だ!!」


 無理に笑顔を作りながら、正解はふいに私に抱きついた。


「え?ちょ、ちょっと……」


 抱きつきながら私にパラシュートをつける。こんな非常事態宣言なのにドキドキが止まらない。


「ヨイ、愛してるよ」


「え!?正解……?」


 抱きしめられながら、いきなり告白された。


さらに、ドキドキして顔がトマトのように真っ赤になる。恥ずかしすぎて正解の顔を見れない。


 でも、いつもの正解と雰囲気が違う。


 少し焦っているような。


 私に根拠のない不安が押し寄せる。


「私を……選んでくれたの?」


「ああ……愛してる」


 嬉しい。こんな状況だけど、涙が出る。


 正解はさらに私を抱きしめ、窓に足をかける。


「いくよ……」


 ヒュン――。


 正解に抱きしめられながら、私は飛び降りた。


 バサバサバサ!


 すぐにパラシュートが開く。


 「ん――っ!」


 すごい重力を感じる。


 パラシュートは開いたが、落ちる速度が少し速い。


 ……少し?いや、かなり速い。


「ごめん、ヨイ。このパラシュート、一人用なんだ」


 ビュゥゥォォォ――!!


 正解が何か呟いたが、落ちる風の音で聞こえない。


 ふいに私を抱きしめる正解の力が緩んだ。


 私は次の瞬間全てを理解した。


「正解――!!!!」


 ガッッシ――!!


 手を放した正解の膝の辺りを死に物狂いで掴む。


「ヨイ!放しなさい!お前まで犠牲になる必要はない!」


「いや!もう離さない!二度とあなたと離れるのは嫌!」


 泣きながら正解の足を離すまいと握り締める。


「ヨイ……」


 正解が額に手を当てる。


 風の音より下からの雑音が耳につく。


 地面が近いようだ。


 死を覚悟する。


「ヨイ!離すなよ!」


 何かを選択した正解はあろうことかパラシュートを両手で手繰り寄せる。


 当然、落ちるスピードは上がる。


 一度は死を覚悟したが、正解が選択をした。それだけで私は満足だった。私はそれを信じる。後悔はない。


「だぁりゃぁ――!」


 正解は折り畳んだパラシュートを前方へ投げた。


 パラシュートは電線に引っ掛かり!私達はそのまま電線を軸に1回転してぶら下がる。


『わぁ――!!』


 下からの歓声が聞こえる。


 騒がしいのは嫌いだが、どうやらまだ生きていることを実感する。


「よ、ヨイ君!みんなが見ている!いい加減、恥ずかしいのだが……」


 正解の言葉で、ズボンが風圧で脱げた正解のパンツに、顔を擦り付けている自分に気づく。


「きゃ――!!」


「あ!」


 正解は「二度と離さないって言ったのに~」と言いながら、街路樹の茂みの中へ落ちていった。


 2週間後、犯人が逮捕された。


 逮捕と言っても見つかっただけだ。


 製薬会社を解雇された中居容疑者は自らZombie-VIRUSを体内に投入し、マンションの貯水タンクの中に飛び込み、自殺を図ったようだ。


 中居容疑者の怨念が籠った水道水を住民が飲んでいたと思うとゾッとする。


 さらに2週間後、株の暴落を恐れた令和製薬会社が社を決してワクチンを開発。


 実原ヤサシイ、解答ハズスも元に戻ることができた。


 そして、さらに2週間後――。


 ぱい~ん!ぱい~ん!


「え~、私がゾンビになっている間にヨイさんと、またくっついたのですか~?」


 自宅への帰宅解除を受け、再び我が家に戻ってきた私達はヤサシイさんとハズスちゃんにこれまでのいきさつを話した。


 当然、納得のいかないハズスちゃんは自慢のおっぱいでまた正解をむち打ち症にしようとしていた。


「ごめんね。ハズスちゃん」


「先生の選択は外れたことがないですから、諦めますけど~」


 正解の頭をおっぱい太鼓で叩く。


 全然、諦めてない気がする!


「大丈夫よ、ヨイピー。正解が選んだのだもん。私達にとっても、よかったのだと思う」


 ヤサシイさんは、そう言いながらも正解に抱きつく。


「ちょ、ちょっと!全然、諦めてないじゃない!」


「ちょっとだけ!あとちょっと!」


「そんな二度寝見たいに私の正解を使わないで!」


「ヨイ……」


 私は正解の言葉にハッとした。


 「私の正解」だなんて……。


 顔から火が出る。


「さて、帰って受験勉強するかな……」


 呆れたハズスちゃんが玄関へ歩き出す。


「私も……看護学校、明日から実習だった」


 ヤサシイさんも正解から離れる。


「じゃ!先生、たまには違う選択肢を選んでもいいかもよ」


 ハズスちゃんがウインクをしながら玄関を出た。


「まだハーレムルートが残っているわ!」


 ヤサシイさんも訳のわからないことを口走りながら玄関を出た。


 ふいに訪れる二人っきりの時間。


「ヨイ……」


「正解……」


 どちらともなく、キスをした。


 これからも、たくさんの選択をするだろう。


 だけど、私は迷わない。


 正解と同じ道を行く。


 それが私の道、私の選択だ!


 目をうっすら開けると、必死でキスをする正解の顔が見えた。


 これからは、一緒に歩こう。



 正解、大好きだよ。


 【おしまい】

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