第8話 『おっぱいラケット』

――――――<キュルルル……(世界が巻き戻る)>―――――――


B 建物の真ん中に時計台がそびえ立ち、四聖獣の銅像が立つ館……『和時計塔と本館『朱雀』別館『玄武』へ泊まろう!


 コォォ――ン……コォォ――ン。


 大きな和時計の音色が18時を知らせる。


「いらっしゃいませ。お泊まりですか?只今、本館『朱雀』別館『玄武』どちらも空きがあります。どちらにお泊まりしますか?」


 玄関を開けるとすぐに対応してくれたのは、えんじ色の和服に身を包んだ美人女将。思わず「あなたはどちらのオプションですか?」と尋ねたくなったが、そんなことをしたら元カノ達が黙っていないだろう。


「どちらがおすすめでしょう?」


 私は当たり障りのない質問を美人女将にぶつけてみる。


「はい。当館は名のある建築家によって立てられました。ここはその中でも本館『朱雀』は『温泉』、別館『玄武』は『卓球』に特化した館となっております」


「温泉がいいわ。正解、朱雀に泊まりましょう」


 元カノ気月ヨイが私の袖を引っ張る。


「卓球で勝負しましょう!私のほうがおっぱい大きくてラケット振るの大変だけど、ハンデよハンデ」


 元カノ実原ヤサシイがヨイを挑発する。


「なんですって――!!」


「まぁ~まぁ~ヨイさん。おっぱいラケットで打ち返しましょう!」


 巨乳女子高生解答ハズスが訳のわからないことを言ってヨイを慰める。


 おっぱいラケット?……見てみたい。


「ボクは温泉はちょっと……」


 謎の小学生ホームズ・リョーマは極端に温泉を嫌がった。子供だが妙に大人びたところがあるから、恥ずかしいのかな?


「正解、あなたの選択に従うわ!」


 女性陣が私に視線を送る。


 私は今まで選択肢を外したことがない。


 故に彼女達は、私の選んだ選択肢に文句を言うことはなかった。


 私はいつものように額に人差し指を当てる。


「うむ。決めた。私が選んだのは……」


C まずは卓球で汗を流そう!別館『玄武』に泊まろう!


D 温泉!混浴もあるし!絶対、温泉!本館『朱雀』に決めた!⇒第9話へ


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C まずは卓球で汗を流そう!別館『玄武』に泊まろう!


「卓球やりたいな。別館『玄武』にしよう!」


「やったね!私の消えそうで消えない魔球を見せてあげるわ」


 実原ヤサシイがその場で素振りを見せる。


 消えそうで消えない魔球?消えるの?消えないの?


 魔球は気になるが、ぷるんぷるん揺れるおっぱいを見ながら、私の選択に間違いがなかったと言いきれる。


「もう、しょうがないわね。卓球で遊んだら温泉だからね」


 気月ヨイが不貞腐ふてくされながらも、少し笑顔を見せる。少しは卓球が楽しみのようだ。


「……卓球」


 ひとり暗い顔のリョーマ。ひょっとして運動音痴なのかな?


 女将に案内されて別館『玄武』へ足を踏み入れた私達だったが、着いたとたん、女性陣は足早に女性陣のために取った部屋へと駆け込んだ。不思議に思った私だったが、女将に案内され、表情の暗いリョーマと一緒に卓球場へ行ってみる。


「うわ!すごい卓球場だな!卓球台が、ひぃ……ふぅ……みぃ……12台も置いてある」


 案内された卓球場は温泉卓球のイメージを覆す、まるで体育館のような場所だった。


「ここは卓球の日本代表も練習で使う場所です」


 リョーマが解説してくれる。やけに詳しくて、少しびっくりする。


「お待たせ~」


「え!?その格好は……」


 あとからやってきた女性陣の格好に驚く。


 全員、浴衣姿だったのだ!


「温泉卓球といったら、これっしょ!」


 ヤサシイが浴衣姿でラケットを振ってみせる。


 その見事なラケット捌きはヤサシイが素人でないことを物語る。


「もう!あなた!はだけた浴衣ばかり見て!」


 ヨイが私を叱る。


「え!?失礼な!私はヤサシイのラケット捌きに素直に感心していてだな……」


「そなの?わざとはだけるように振ってたのに」


 ヤサシイの浴衣から今にもおっぱいが「こんにちわ」しそうだった。


「あわわ!ヤサシイさん!大胆!」


 ハズス君が騒ぐ。いつものセーラー服とは違い、浴衣姿が妙に色っぽい。


「おいおい、ここは女連れで入っていい場所じゃね~ぜ」


 いかにもヤンキー風の男が話しかけてきた。


 リーゼントに反り込みとヤンキー顔に似つかわしくない「JTTA」のワッペンがついたユニホームを着用している。


 さっき、リョーマが言っていた日本代表でも練習しているのだろうか?


「あいにく今日は俺達の貸し切りでなぁ~。ま、そこのオネェちゃん達は相手してやってもいいがな」


 すごい!わかりやすく性格が悪い!


 最近の漫画や小説の悪役はあとで仲間になったりするパターンが多い。やはり、悪役はこうでないと倒しがいがない。


 そんなことを思っていた私だが、事態は一変する。


「お主!ホームズ・リョーマか!?」


 監督風の白ひげを生やしたおじいさんがリョーマに近づく。


「ご無沙汰しております。球蔵きゅうぞう先生……」


「な!?お、お前がリョーマ……」


 ヤンキーが分かりやすくたじろぐ。


「なに?リョーマ君、知り合い?」


 ハズス君の言葉に、リョーマは重い口を開いた。


「黙っていてすいません。この人は『全国卓球連盟』の幹部指導員でボクのかつての師匠。ボクは卓球で全国最年少優勝記録を塗り替えたあと、マスコミの度を越した取材にうんざりして逃げたのです。……卓球は、もう辞めました」


「リョーマ君の秘密って、そんなんだっけ?」


 ヨイが眉間に人差し指を当て、考える。


「行方不明になったお前を幹部達がどれほど探したか分かっているのか……!?お前は百年に一人の逸材だ!戻って来なさい!」


 リョーマの師匠が怒鳴る。


 しかし、そんなことより私の頭の中は、曖昧な記憶達が渋滞をしていた。


「あれ?卓球連盟が私の事務所を襲撃したんだっけ?それって、かなりヤバくない?」


 安全大国日本の組織や団体の倫理観は一体どうなってるんだ!?まったく!


「どうせ、幻の天才とか言われて調子に乗っただけだろ?全日本エースの俺のが強いに決まってら~」


 ヤンキーが絶対に負けるフラグを立てる。


 実に清々しい。やはり、悪役はこうでなくてはいけない。


「リョーマ君!あれだけ言われて黙ってるの!?私と組んでダブルス対決よ!」


 実原ヤサシイがヤンキーに人差し指を突きつける。


「いいだろう。田中は全日本のエース。手塚見てづかみ、組んでやりなさい。私達がかったらリョーマ、お前は卓球協会に戻りなさい。お前が勝ったら好きにせい」


「わかったでヤンス」


 球蔵先生は勝手に勝負を投げかける。


 というか、ヤンキー!お前、田中なの!?めっちゃ普通の名前で逆にびっくりしたわ!


 んで、田中の相棒の手塚見!お前の方が変わった名字で、七三分けメガネで語尾「ヤンス」って!詰め込み過ぎだよ!キャラ迷いまくりか!?


「わかりました。ヤサシイさん、勝ちましょう!」


 リョーマが右手にラケットを握る。


 ただラケットを握っただけなのだが、凄まじいオーラがリョーマを包む。


「ファーストゲーム リョーマ。 トゥ サーブ ラブオール」


 審判のコールにより、試合が始まった。


「はっ!」


 ギュルン!!


 リョーマの回転がかかった鋭いサーブが相手コートを襲う!


「さすがだな。だが、甘い!」


 ズガン!!


 ヤンキー田中が打ち返す。さすが全日本エース。見た目によらず腕はいい。


「キャ!」


 田中が打ち返した球がヤサシイのおっぱいに当たり、ポヨンと跳ねて相手コートに落ちる。


「手塚見!ぼ~っとするな!」


「え!?」


 ヤサシイに見とれる手塚見。ボールは無情にも床へと落ちていく。


「ポイント、リョーマチーム」


「すまんでヤンス……」


 リョーマチームに1点入った。


「お、おい!体に当たったら、こっちの得点だろ!」


 ヤンキー田中が審判に詰め寄る。


 審判がヤサシイを見る。


「なに?おっぱいレシーブよ」


「ポイント、リョーマチーム」


 審判は言いきった。


「ナイスレシーブ。我が全日本に欲しい人材だ……ふぉふぉふぉ」


 球蔵先生がバカなことを言っている。


「くっ!これだから女子は苦手なんだ。おい、鉢巻き持ってこい!」


 ヤンキー田中は鉢巻きを持ってこさせ、それを自ら顔に巻き、目隠しをした。


「え?目隠しをしたら、球なんて打ち返せるはずがない……」


 私は目隠しをして構える田中に思わず当たり前の事を口走ってしまう。


 案の定、ヤンキー田中は目隠しをしたまま、リョーマとヤサシイの鋭い球を次々と跳ね返した。


「俺は音だけでどこに球がくるのかわかるのだ!」 


 見た目によらず達人なヤンキー田中。


「ポイント田中!マッチポイント!」


 ついに相手にマッチポイントを握られた。


「ちょっと実原!負けたら逮捕よ!逮捕!」


 ヨイがヤサシイにエールを送る。


「リョーマ君、がんばって――!」


 ハズスもリョーマにエールを送る。


「仕方ない……」


 リョーマがラケットを右手から左手に持ち変えた。


「はん!悪あがきするな!これで終わりだ!」


 ヤンキー田中が『絶対に終わった試しがないワード』「これで終わりだ!」を恥ずかしげもなく叫ぶ!


「ターキチ!!」


 リョーマがバックハンドでボールの左横を擦ってレシーブする。


 これは、通常のチキータと同じ構えから逆回転のサイドスピンが飛んでいく……高難度テクニック、逆チキータだ!!


 ハッ!『逆チキータ』だから『ターキチ』と叫んだのか!ダサっ!!


 そんなことを考えていたら、リョーマが放った高速の球が相手のコートの端に当たり、そのまま私の額に突き刺さる!


 ズバァァ――――ン!!


 私は気を失った……。


「先生――!!……ゴニョゴニョ」


「大変!……ゴニョゴニョ」


「ここに寝かせて!……ゴニョゴニョ」


「……ゴニョゴニョ。私が看病します!」


「あん!先生!……責任取って……くださいね」


 ところどころ断片的に聞こえる声。


 やがて私は、眩しさに耐えれず、少しずつ目を開けて光を受け入れた。


「ハッ!……ゆ、夢?びっくりした~」


 私はひどく寝汗をかきながら飛び起きた。


 なにやら、イヤらしい夢を見たような……。


「ん~?どうしたんですか?先生~」


 隣には……裸のハズス君が眠い目を擦りながら話してきた。


 辺りを見渡す。


 旅館らしき部屋の一室。


 布団がひとつ。


 脱ぎ散らかした服。


 裸の女子高生……。


「ま……マジ?」


 私は裸を隠そうとしないハズス君に驚きの表情をして見せる。


「え?球が当たって気絶したのに介抱する女子高生の私に手を出したことですか?……マジですよ」


 マジだった。


 未成年ではないにせよ、女子高生に手を出してしまって、ひどく落ち込む私に、やれやれといった表情でハズス君が言った。


「先生……今時、女子高生だってやることやりますよ。それとも、先生は私を観賞用でそばに置いていたのですか?綺麗に盛り付けられたケーキだって、食べなきゃもったいないですよ」


「……確かに。いや……でも……」


 私はハズス君に論破され、ひどく納得した。


 確かにそうだ!一番旨い時に食べなきゃケーキがもったいない!ケーキに失礼だ!


 それに、私は選択肢を外したことがない!


「……ケーキのおかわりをお願いしたいのだが」


「もう、ショートケーキしか残っていませんよ……先生」


 ハズス君は嬉しそうに私の口に苺を押し入れた。


 ……つづく。

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