第18話「特戦隊の一番長い日⑥」/9
「話しておきたい事があるの」
「話?」
神妙な面持ちの高嶺に、つい俺も襟を正して構えてしまう。何? こういう時、ろくな事を言われないんだよな。
「ちょっと待て。弐瓶一尉」
「少しなら平気だ。まだ待機がかかっている」
「はっ、ありがとうございます」
いつ命令が下るかも分からない。時間はあまり無いだろう。
「長話は出来ないぞ」
こういう空気が苦手ってのもあって、手短にするよう暗に伝えた。なんだろ怖い。
「うん、いい。私が言いたい事は、一つだけ」
「何だ?」
俯いた高嶺が、小さな子どものように見える。まるで、お父さんに何か伝えたい時のような、ちょっともじもじして、何とか思い切る瞬間、のような。そんな高嶺が顔を上げた。
「今までありがとう、准尉。私、嬉しかったよ」
「うっ……!」
ぱあっと花が開いたような高嶺の笑顔は、今まで俺が見てきたどんなアイドルたちよりも、凄く、とても、美しくて、そして、可愛かった。
高嶺の今夜の装備は今までになく万端だ。最高のアーマースーツに追加装甲、ハイスラッシャーナイフに、スラスターブーツ。高嶺は嫌がったが、ゲルメタルヘルムで頭部の防護も怠りない。
そんなごてごてな装備に固められた高嶺が、こんなにも、可愛い。だから、ドルオタの俺だから断言出来る。こいつの可愛さは、見た目じゃない。中身から溢れ出る魅力。すなわち、カリスマだ!
なぜこいつを推す声が戦隊一多いのか? なぜ、まともにコンサートも討伐戦もやれない高嶺が、人気No.1なのか? 俺は、その謎が解けたような気がしていた。
みんなが誰も知らない”自分だけの高嶺ハナ”を、持っているのかも知れない。そう思えた。
「あと、これ」
「あ、え? 何これ?」
そして、俺の胸にぎゅっと押し付けられたのは、カラフルな包装紙でラッピングされた、小さな物体。ホントにナニコレ? カッターナイフの刃だけ入ってたりするのかな?
「開けても?」
「あ、うーん、あ、私が帰ってきてからにして。今は、やだ」
「お、おう? 分かった」
海外だと問答無用で開けられるとこだが、ここは日本で俺は紳士なのでちゃんと許可を得てからだ。ふふ、良かったな高嶺。てかお前、今夜はなんでそんな可愛いん? 不意打ちやめろ。
「来た! 出撃だ! 高嶺!」
「はいっ!」
「あ」
だが、高嶺はすぐに戦士へと立ち返り、弐瓶貴久の元へと駆けてゆく。その後ろ姿に、俺はなにか、今までに感じた事の無い気持ちを、抱いている。これは、なんと呼ぶ気持ちなのだろう? 俺は、知らない。
『今までありがとう』? これか? 『今まで』? そうか、これが俺の中で引っかかったんだ。これじゃあ、まるで、これでお別れみたいじゃねぇか!
「いよいよ、ですね」
「王子准尉」
装甲車の向こうで、分厚い鋼鉄の扉が開いてゆく。その隙間から差し込む眩い光が、俺たちのいる夜を徐々に切り裂いてゆく。高嶺と大藪だけが、その光に飲み込まれる。そして、小さくなってゆく。
「それ、高嶺三曹から?」
「あ、ええ。なんでしょうね? カッターかな?」
王子聖子が俺の持つ小さな包みに気がついた。
「うふふ、そんなわけないですよ。何かは分かりませんけど、きっと良いものが入っていると思います」
「そうですかね?」
俺は基本疑り深い。し、女の子からプレゼントなんか貰った事だってない。だから、バレンタイン、クリスマス、誕生日、どれもこの世を呪うべき行事でしかない。みんな滅びろ。
「うふ。だって、ミクにも相談されてるんですから、私も」
「相談? 何の話ですか?」
え、文脈が繋がってなくない? 今してるの、この袋の話だよ?
「そ・れ・で・す。ハナちゃんが准尉にお礼のプレゼントしたいって言ってるけど、何がいいかなって、ミクに相談されたんです。あの子たちは、そういうの、経験無いからって。ふふふふふっ」
「ええ?」
文脈繋がってた。て、あ!
「じゃあ今日、あいつらが街に出てたのは!」
「きっと、それを買う為ですね」
王子聖子がウインクした。おうい、プロデューサーはそんなあざといことせんでええんやで。照れるやろ。しかし。
「ふうん。あいつ、通りがかっただけって言ってたのに、じゃあ、あれは嘘ってことか」
「二人で買い物してたって言うと、何をって追求されると思ったのかも知れませんね。別に何でも適当に言えばいいのに。うふふふふ、子どもみたいですよね、うふふふふっ」
妙な気持ちだ。また、知らない気持ちが胸一杯に広がってゆく。なんだよこれ、苦しいのか? でも、全然嫌じゃ、ない。
いや、嬉しい。これ、喜んでいるだけだ。ただ、未だかつてなく、それが大き過ぎるから、何だか分からなくなっている。
「何で? 俺、何もしてないのに……」
でも感謝される理由が思い当たらない。俺は何もしていない。された事ならあるけど。病院送りにされたりとか。
「私、分かります。准尉以外のプロデューサーは、みんな、分かると思います」
「俺以外は?」
それは、と聞こうとした時、大扉が閉まる瞬間、高嶺が吼えた。
「待っててね、准尉! 私、頑張ってくるから!」
拳を突き上げて扉の向こうに消えてゆく高嶺の後ろ姿は、微かに震えているように思えた。
「高嶺!」
「准尉!」
「下がれ准尉! 解除されていた高電圧が扉に流れる!」
何か言い忘れた事がある。俺はそれを伝えたくて、扉に走る。だが、そんな俺は弐瓶貴久に羽交い締めにされ止められた。すぐにぶおんと低い音がして、扉が青白い光に包まれた。これに触れれば一瞬で消し炭だ。
「高嶺ーっ! 俺は、ここで待っている! だから、必ず、帰って来いっ! いいか、これは命令だーっ!!」
らしくもなく、俺は扉に喚き散らした。こんなの、もうあいつらには届かないのに。ああ、なんてカッコ悪いんだろうなあ、俺は。もしかしたら、あれで最期だったのかも知れないのに、俺は、気の利いたこと一つ言えやしなかった。
「……待ちましょう、准尉。あの子たちなら、きっとやってくれますよ」
王子聖子が、俺の背中に手を置いた。
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