第17話「特戦隊の一番長い日⑤」/9

「階級が同じだから、戦隊指揮は少し先輩の大藪ミクになるかな。じゃあ、二人のスタンバイ、よろしくね」

「え? そうなん? て、あの、あ、あー」


 急に思いがけない事を振られた俺の手は、宙をあわあわと彷徨うも、日下部はそんなの気づかず出て行った。


 ヤバい。いつもは雅羅沙冬威がコマンダーやってたから、俺は何にも分からんぞ。雅羅沙冬威の出撃準備や戦闘方針伝達とか、あいつのプロデューサーがやってたし、だから他のプロデューサーも、そういう特別な任務ってこなした事が無いはず。


「あ、でも、今回の戦隊指揮は大藪か。じゃあこの仕事は王子准尉がやるはずだし、俺は関係ないんじゃね? あー良かった。わははははは」


 この駐屯地どころか下の市街地まるまる分の運命まで背負うハメになったら血ぃ吐くわ。東京プロモーションに呼んでもらえなくて留守番な上、休暇までもらえた雑魚隊員なんだし、勘弁してつかぁさい。


「良し高嶺呼んで来よ。んでいい感じに頑張らせる。装備は東京行ってるやつらのをガメちゃおう。非常事態だし大丈夫だろ」


 そう自分に言い聞かせ、部屋を出ようとしたのだが。


「じゅ、じゅじゅ、准尉ーーー!!」

「うわっ! お、王子准尉?」


 突然現れたのは、目の中がぐるぐる渦巻いちゃっている王子聖子だったのでした。ああ、これは事態を把握していますね。だって、さっきまでの俺とおんなじ目をしてるもん。


 つまりは今、この駐屯地のみんなを救えるのは、高嶺と大藪だけって事なのだ。そして、その二人を活かすも殺すも俺たち次第というワケだ。


「どうしましょうか! どうしたらいいんでしゅかっ! わらし、戦隊指揮なんか分かりまてぇーんっ!」


 部屋入って来た瞬間終わったわ。王子聖子、重圧オールバックです。そんな彼女を見ていたら、俺はつい、


「パニクってて草」


 と言っていた。




「では、音無カコが不在の為、フォーメーションはツーマンセルスタイルで。高嶺、大藪両三曹とも、いつもと勝手は違ってくるが、訓練ではやっているな?」

「はい」

「はい」


 ほどなく出撃準備命令が発せられたので、俺と王子聖子も、特戦隊ハンガーにいる。このハンガーは、特戦隊装備の保管と整備をする所だ。高嶺と大藪に指示しているのは、雅羅沙冬威のプロデューサー、弐瓶貴久一尉である。弐瓶一尉は俺たちなんちゃって自衛官と違い、本物の士官だ。見た目、なんか武士って感じの人である。


 まあ、腰になんか短い刀? 脇差しっていうの? みたいの提げてるし、武士っぽいというか本物の武士なのかも知れないけれども。なんだろうなこの人?


 そして雅羅沙冬威は、実はアーミーアイドルとしての活動をしていない。なぜなら、雅羅沙の7期生までは、特戦隊としてちゃんと防衛予算が出ていたからだ。その為、アイドル活動で装備費用を賄う必要など無かった。必然、弐瓶貴久も、東京プロモーションに行く必要が無く、駐屯地にいてくれたわけである。


 でも担当アーミーアイドル、エース中のエース雅羅沙冬威はいなかった。あいつ、休暇もらってどっか放浪しているらしい。行き先不明。多分、本人もどこにいるのか分かってない。あいつ、端末忘れていったんだよ!


 しかし、弐瓶貴久がいてくれている。この人いなかったらマジで詰んでた。俺とそんなに歳違わないと思うけど、頼り甲斐がハンパない。こんなの俺が女だったら惚れてるわ。


「……あたしなんて、あたしなんて……」


 対して、俺と一緒にハンガーの片隅にいる王子聖子は、三角座りしてコンクリの床をいじっている。俺があんな事を言ってしまったせいか、その落ち込みようは酷かった。


 でもさ、あのひと言のおかげで、王子聖子は一発で冷静さを取り戻したし、俺の言葉選びって神じゃない? ちょっとオーバーキル気味にはなったけど。


「では行こうか、両准尉」

「はっ」

「ふぁい……」


 弐瓶一尉に促され、俺たちも装甲車に乗り込んだ。後部は特戦隊隊員を運べるように改造された、一品物のこの装甲車、稼働するのは実に5年ぶりらしい。そこに、高嶺と大藪を積んで、いざ出撃という運びになりました。でも俺と王子聖子って、いなくても良くない?


「すまない、二人とも。私が、冬威をロストしたせいで」

「はっ? あ、いえいえ、誰だってこんな事態は予想出来ませんでした。雅羅沙曹長を放し飼い……じゃなくて、自由にさせていても、失策にはならないはずです」


 と慰めつつ、隣を見る。そこでハンドルを握る弐瓶貴久は、痩せこけた頬をさらに細めて口を半開きにしていた。そこからヨダレが出ちゃってますね。大丈夫かこの人? なんかヤバいクスリとかやってんじゃないだろうな? さっきまでの頼り甲斐はどこにお出かけしちゃたん?


「へへ……、じゃあ、わらしも良いんですかね……? へへ、へへへ……」

「ちょっと王子准尉!? 部下も見ているんですから、しっかりして下さい!」


 後ろの席は後ろの席で、王子聖子がバッドトリップをキメていた。おいいいい! これから大事な戦いなんだから、もっとポジティブシンキングプリーズ!


「むうう。万が一、やつらを野に放つような事になれば、私が全ての責任を取って切腹する! 特戦隊放送で公開切腹ショーをしてくれるわ!」

「そんなの放送出来るわけないでしょ!?」

「へへ……、さすが、弐瓶一尉はサムライですぅ……、いつも、脇差しをベルトに提げているだけはありますねえ……その時は、私が介錯致しますよううへへへへ」

「あ、王子准尉は切腹しないんだ」


 どっちかというと切腹に付き合うべきでは? あと、弐瓶貴久はいつでも切腹準備オッケーなんだ。そんな気楽に腹かっさばかれても困るんですが。てか。


「それにしても弐瓶一尉。本当に、雅羅沙曹長の居所はつかめないのですか? 端末は部屋に置いてあったとの事ですが、その、発信機的なものは、服や財布に忍ばせたり、していなかったんでしょうかね?」


 うう、言いにくい。これ、そんな放浪癖があるようなやつ、それくらいしとけよって言ってるようなもんだし。責めたいわけじゃないんだけど、江吉良エリ絵の出撃許可が貰えないなら、次は雅羅沙冬威を何とかしたくなるんだよお。


「いや、もちろん着けていた。制服、財布、鞄や靴、シャツやパンツにも着けておいた。およそあいつの持ち物には、全て発信機が着いている」

「ええー……」


 それはそれでドン引きだわ。ほとんどメンヘラ彼女じゃねえか。どんだけ束縛したいんだよ。怖いわ。


「え? ちょっと待って下さいよ。なのに、ロストしたってことは?」


 いや嘘だろ。そんなわけないやん。俺は自分の脳裏に浮かんだ仮説を、頭振って全力で否定した。ないないないない、ないわー。


「そうだ。雅羅沙曹長は、全裸で放浪していると思われる」

「んなアホな!!」


 そんなのタダの変態やんけ! あいつ、でかくてイケメンなだけに、不気味さ倍増してるぞ絶対!


「しかし、それならばすぐに誰かに目撃され、警察へ通報されているのでは? 警察には当たりましたか?」


 昼の署長の顔を思い出した。あいつ、知ってても教えてくれなさそうではあるけど。


「うむ、君はなかなか頭が回るな。そうだ、私もそう思い、警察に連絡した。が、そのような事件は起きていないと言われたよ。もうダメだ、やっぱり切腹するしかねえ」

「いえ、こんなの誰でも普通に思いつく、って! 落ち着いて下さい一尉! ハンドル、ハンドル持って、前を見てえ!」


 やめろ脇差し抜くんじゃねえ! 今切腹されたら俺たちも死ぬやろがい!


「へへへ……7期生は全員、特戦隊アサルトスーツ無しでもチーターより速く走れたそうですから……市街地でも樹海でも、遮蔽物の間で一瞬姿が見えるだけのもの、誰も人間だとは思わないんじゃないですかあ……? ましてや、裸かどうかなんて、見分けつかないと思いますぅ……うへへ、へへ」

「なるほど。王子准尉、まだポンコツには成り下がってないですね。グッドです!」

「今ポンコツって言った!?」

「言ってません」


 ヤベ、口が滑った。この子にこれ以上追い打ちかけるのは危険だな気をつけねば。死体蹴りってマナー違反だから嫌われるし。でも、なんか虐めたくなる子なんだよな。好き。


「しかし、とすると、やはり雅羅沙曹長に期待するのは無理ですね」

「ああ。この危機は、何としても高嶺大藪両三曹に何とかしてもらうしかない。そして失敗したら切腹する」

「もう切腹はいいですから! 失敗したら、どうせ俺たち駐屯地ごと滅却消毒されますよ」

「え。切腹じゃなくて?」

「そんな悠長な時間無いでしょう? 切腹してあいつら殲滅出来るなら、そりゃ切腹もありですけど」

「ダメかー……、切腹、してみたいのになあー……」

「なんでや!?」


 この人がここに配属された理由、もう分かった。こんな死にたがりが部隊にいたら全滅するわ。切腹する理由を作る為に、わざとミスとかしそうだし。敵より厄介だぞこいつ。


 とかなんとかやっている間に、装甲車は特戦区前に到着した。眼前に高く聳える灰色の壁は、ぼんやり蒼く月明かりを映していた。


「でけえ……」


 装甲車を降りて見上げると、その壁の大きさに圧倒される。高さ80m、全周16kmに及ぶこの壁が、俺たち人類の守護神だ。


「准尉」

「ん?」


 振り返ると、凛と立つ高嶺がそこにいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る