第16話「特戦隊の一番長い日④」/9
「なるほど。高嶺が激怒するわけだ。ずぞぞぞぞ」
「そうだね。僕から見ても、かなり酷い事を言われていると思ったよ。て、汁飛ばさないでくれ。モニターについた」
駐屯地に戻って高嶺たちを官舎に送り届けた後、俺は再び日下部みのりの部屋を訪れていた。もう3時だが、なんやかんやで俺は昼飯にありつけていなかった。腹が減ったので日下部みのりが貯蔵しているカップ麺を一つ恵んでもらい、それを啜りつつ駅前の喧嘩の録画を解析しているところなのである。
これは「口外するな」という命令に背く行為だ。自衛隊の命令に曖昧さは一切無い。範囲の指定が無いのなら、当然同僚にも秘密にせよと言うことだ。例えば公然の秘密であっても、話題にして深堀りするのは許されない。俺は、それを分かっていてやっている。
「チャラチャラとアイドルごっこなんかしやがって、か」
高嶺も一応アーミーアイドルとして顔だけは売れている。それに街中で遭遇した他の部隊の人間が、つい絡んでしまったようだ。日頃から目障りだと感じていたのだろう。彼らからすると、特戦隊はふざけているようにしか見えないのかも知れない。
「特戦隊の本当の実情を知っているのは、部隊関係者だけだからね。同じ自衛隊の同じ駐屯地にいる隊員でも、アーミーアイドルたちの戦いがどんなものか分かっていない。なにしろ、一般人が観ているものと同じ討伐戦映像やライブシーンしか知らないんだから」
「ついこの間までは、俺だってそうだった。だから、絡んできたやつらの言いたい事も、分かりたくはないけど分かるんだよなあ。はふはふ」
アーミーアイドルたちは、自衛隊の中でも今や花形。アンケートでは憧れの職業として挙がる事もあるくらいだ。一般人からすると、アーミーアイドルはユーチューバーみたいなもんだろう。まあ、一応公務員なので一攫千金は無いけどな。その代わりに、公務員として安定した生活が送れるのが魅力とするやつもいる。
そんなみんなの憧れであるところのアーミーアイドル高嶺は、手取り2000円だけど。あいつ良く耐えられてんな。これ知ってもやりたいやつなんかいるのかね? それでもやってる高嶺って、もしかしてドMなのかなとか疑っちゃう。
「この喧嘩ふっかけてきた隊員は、あの危険すぎる外来生物を、自分だって駆除出来るとかほざいていたよ。一般向けの放送映像なんか、スーパースローで再生しているのにね。あんなの、脳のクロック周波数を大幅にアップさせた強化人間じゃないと反応すら出来ないのに。無知の発言は、時に喜劇より滑稽だね。あっははははは」
「笑いごとじゃないけどな。誰だって、あの1時間枠で放送している討伐戦が、実は3分もかかってないなんて思わないだろ。スーパースロー再生でも不自然にならないように編集しているスタッフとか、相当優秀だと思うわ」
「そうだね。いつも討伐戦から1時間くらい後に放送してるけど、凄まじい腕だと思う。他の国からも徹底的に分析される映像だし、一切手が抜けないはず……と、良し、終わり」
日下部みのりがたたんと軽快にキーボードを叩いた。そして「ああ……やってしまった……」と項垂れた。
「ありがと。助かる。あと、ごめん」
「どういたしまして。まあいいさ。僕も、望んで飛び込んだんだ。て、こんなのを望む僕は、我ながら莫迦だと思うよ。これ、下手したら消されるし」
「そん時は俺も一緒だ、心配すんな」
「それって安心材料になってるの?」
そんな軽口を叩いて笑う日下部みのりに、俺は心の底から感謝した。ここに戻ってきて頼んだのは、特戦隊ホストコンピューターへのハッキングだ。これは、もちろん犯罪行為だし、自衛隊への反逆行為でもある。バレればただでは済まないだろう。日下部みのりの言うように、最悪消されるかも知れない。
「言っとくけどこれ、リスクの高さはピカイチだよ。特戦隊のコンピューター、まさかのスタンドアローンなんだから。アクセスしたら、バレない方がおかしいんだ。もうバレて当然だと思って欲しい」
「お前がそう言うほどなんだ。俺たち死ぬかな?」
「多分。やだなあ。痛いのはやめてほしいなあ。あー、僕はなんて莫迦なんだ。……でも」
「でも?」
「それでも、知りたくなる。それがハッカーなんだよね」
額に汗を浮かべた日下部みのりが、にやりと笑った。それを見て、俺はごくりとスープを飲み込んだ。直後。
『緊急。緊急。非常呼集発令。緊急、緊急』
けたたましい放送が、サイレンと共に流された。
「なんだ? 日下部!」
「ちょっと待って」
すぐに日下部みのりが3つのキーボードを操り出した。すげ、手が6本あるみたいだ。
「嘘だろ? な、何を、しているんだ!」
「どうした? ……はあっ!?」
パパっと壁一面のモニターに映し出されたのは、特戦区の映像。そして、破壊された陸自自慢の10式戦車たちだった。
「なんで特戦区に戦車隊が入り込んでんだよ!?」
そして、なぜ炎に包まれているのか。いや、答えなんか、見れば分かる。戦ったのだ。戦車隊が、特定危険外来生物たちと!
「まずいよコレ。やつら、特戦区の防護壁に取り付こうとしている」
日下部みのりは真っ青だ。今は、厚さ10Mを誇るコンクリート防護壁が、特定危険外来生物たちと俺たちの世界を隔ててくれている。だが、もし、万が一、これが破られれば、やつらが出現した、10年前と同じ惨状が、再び、繰り返されるのだ。
「観測班は、次の討伐戦を9日後に予定していた。それを、戦車隊が無視したのかな? あはははは。彼ら、これは歴史的な愚行として、その名を残すかも知れないね」
「素敵だな。ピーピングトム並の栄誉だろそれ。他のトムさんたちは、とんだ迷惑だろうけれども」
あまりの信じ難い事態を目の当たりにして、俺も少しおかしくなっているようだ。いや、そう思えるならまだいけるか。
「……10年前、アーミーアイドルはいなかった。だから、やつらのスピードを持ってしても逃れられないであろう広範囲を、全て、ナパームで、焼き尽くした……それしか、やつらを殲滅する方法が、無かったんだってさ……幸い、ほとんどが樹海の中。街への被害は、最小限に食い止めた。けど……」
「日下部……」
日下部みのりが、わなわなと震えている。そうだ。この子の父親は、その当時、自衛官だったと聞いている。小さな女の子だったであろう日下部みのりは、お父さんの成した事を、どう受け止めたのか? その答えは、彼女がここにいる事だ。
「人間を襲う習性を利用して、樹海に奴らを集めたから出来たんだ。その時の、たくさんの自衛官を囮にして!」
日下部みのりがキーボードを殴りつけた。その非人道的な作戦を、理解しているが納得はしていない。そんな彼女の気持ちが、俺の心臓に突き刺さる。
そもそも、日下部みのりがハッカーになった理由は、この事件なのだ。父は勇敢に戦って死んだと自衛隊に知らされたが、テレビのニュースではそんなの全く報道されない。だから、事実を知ろうとハッキングを勉強し、試み、そして、今、ここにいる。
彼女がその真実を持って自衛隊に現れた時、果たして対峙した幹部はどんな顔をしたのだろう? 日下部みのりは、その辺を話してくれない。
「……戦車隊の司令、最近代わったんだよな」
ぽろっと口をついて出た。今日の喧嘩、戦車隊員たちが妙に勇んでいた理由が、これしか思い当たらない。
「じゃあ、正式な命令の元だった、ってこと? この、頭の悪い作戦行動が?」
「そうなるんじゃね?」
馬渕司令、敵を作りそうな人なんだよな。今や花形の特戦隊司令に、過去の花形が嫉妬した、なんてのも有り得そうな気がする。なんつーアホな話なんだろ。人間ってやつは、つくづく度し難いもんだな。
「きみ、なんでそんないつも通りでいられるの? アホなの?」
「おい。俺だって事態の深刻さは理解してるつもりだぞ」
「そうかな? 戦闘指揮は自分の管轄じゃないからとか思ってない?」
「ま、それはあるかな。俺が出来るのは戦いの前段階。戦闘の準備だけだし。事実、緊急招集とか言われても、俺は後から来いって言われてる職種だし。日下部なんか、いの一番に行かなくちゃだろ? 情報科だもんな」
「まあね。特戦隊付の情報将校である僕は、特に」
「じゃあ、早く行かないと。本部だろ、集まるの」
良し、大分冷静になってきたみたいだな。一番隊は10分以内に参集しないといけないから、こんなにのんびりしていられないんだけど、このまま行ってもアカンと思うし。
「そうだよ。うん、そうだ。行くよ、僕」
「おう、いってら」
防護壁が破られた瞬間、俺たちはほぼ死亡が確定だ。ちゃんと付き合うから安心しろよ。今頃は、万一に備えた爆撃装備のF-2を準備していると思う。これは米軍のF-16ファイティングファルコンを、自衛隊が魔改造した変態的戦闘機だ。ファンからは”ハイパーゼロ”、”平成のゼロ戦”なんて呼ばれているのが、その性能を示している。
そして俺は、その爆撃による最期の瞬間まで、推しアイドルの動画観てるはず。ま、これはこれで、いい最期だ。
つーか、うちにはあのアーミーアイドルたちがいるんだぜ? 戦車隊を直接叩いた敵、俺の見立てだとせいぜい10くらいだった。そんなの秒殺だろ多分。だから死ぬわけないぜほえほえほえー。
なんて思いつつ、俺は部屋から出ようとする日下部の後ろ姿に手を振った。が。
「ところでさ、特戦隊の主要メンバー、エース級も全員だけど、今、東京へプロモーションに出かけてるのは知ってるよね? 今、ここにある特戦隊戦力は、高嶺ハナと大藪ミクだけなんだ。アグレッサーである江吉良エリ絵は実戦に出ないから、実質二人しかいないけど」
「……はい? え? あのデコ、なんで出ないの? わがままなの?」
「デコって。違うよ、彼女は特戦隊の切り札なんだ。だから滅多な事では特戦区に行かない。これは司令の意向だよ」
なんですと? そんな話は聞いてないんですけれども? あ、俺ちゃん、もしかしてまた寝てました? つーか。
これ、もしかしたら大ピンチなのでは!
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