第15話「特戦隊の一番長い日③」/9

「うえ? なんじゃこれ?」


 目立つのも良くないと思い、俺はマイカーである真っ赤なポンコツミラジーノで富士吉田警察署に乗りつけた。これならどう見ても車から降りない限り一般人。だが、そのエントランス前には、既に黒塗りのセンチュリーが3台停まっていた。一瞬極道が襲撃してきたのかと思ったが、それは自衛隊ナンバーをつけたセンチュリー。ナンバー無ければ見分けがつかん。


「乗れ」


 慌てて車を降りると、坊主頭の屈強な若者が二人、そのセンチュリーに詰め込まれる場面だった。詰め込む方は、黒スーツにサングラスの、モロSPって出で立ちだ。こっちもゴリマッチョである怖い。


「話はついた。戻るぞ」


 少し遅れて警察署から出てきたのは、見覚えのある壮年の紳士だ。制服の胸には、認識章やら勲章やらがやたらたくさんぶら下がっている。こんな人に街中で出会ったら、一般人ですら敬礼してしまいそうだ。


「司令?」

「うん? ああ、准尉か」


 急いで駆け寄り敬礼すると、司令は思いがけずすぐ俺だと認識し、軽く返礼してくれた。覚えが良いようで何より。良いことで覚えが良いなら良いんだが。


 この人こそが、俺たち特務戦隊の司令。馬渕征爾三佐である。


「高嶺三曹たちのお迎えか?」

「はっ。急ぎ参りましたが、遅かったようで申し訳ありません」


 流石の俺も、この人にはちょっとちゃんとしてしまう。圧が凄いんだよ、圧が。俺なんて、死ねって命令されたら何にも考えずに死んじゃいそう。


「うむ。いや、そんなものだろう。むしろ早いくらいだな」

「はっ? あ、ありがとうございます?」


 あれ? 何か悪かったのかな? なんとなく嫌そう。


「では、高嶺三曹及び大藪三曹を引き取り駐屯地へ帰投せよ」

「了解!」


 直に命令されるの緊張するう。こんなアホみたいな任務じゃなければ、もうちょい使命感に燃えられたのに。なんか猛烈に恥ずかしいいい。


「そして」

「はっ?」


 馬渕司令はぐっと体を屈め、俺の耳元に口を寄せた。でかいんだよこの人。


「これは誰にも口外するな」

「は? はっ!」


 低く重く、脅しを含んだその声に、俺の息子がしゅんと縮んだ。昔、本職のヤクザさんに少し怒られた事あるけど、その時とそっくりだ! これ、逆らうと命と書いてタマを取られるやつ! 本気の殺意を察知した時のやつやん!


「良し。では引き取りに行きたまえ。すでに話は通してあるので、特に手続きなども必要ない。あとはくれぐれも頼むぞ、准尉。その働きに、期待している」

「ありがとうございます!」


 ぽんと肩を叩かれて、俺はおもちゃのように腰を折り、深々と頭を下げた。そして、センチュリーが見えなくなるまで、その姿勢を保持していた。


「……はっ。いかんいかん。うっかり完全服従してしまった」


 偉い人って怖ろしい。ドルオタとしてコンサートの舞台裏や、そのアイドルの人気を支えるプロデューサーを見てきたが、こういう人間が必ずいた。皆、この手の人種には、盲目的に従うのだ。それは”カリスマ性”と呼ばれるものなのだろう、と密かに思った。


「さて。どんな顔してやがるのかな、高嶺」


 肩に残る重みを振り払えないまま、俺は警察署のエントランスに吸い込まれた。


「ここはコスプレ禁止です」


 ら、入ってすぐの警官に止められた。


「はい? いやいや、俺は自衛隊北富士駐屯地所属の准尉で」

「見えすいた嘘はやめておかないと逮捕しますよ? 自衛隊に、そんな真っ青な制服無いでしょ?」

「あるわ! ここにあるし! ほら、階級章だって着いてるだろ!」

「そんなオモチャ、どこにだって売ってます。虚偽罪ですか虚偽罪ですね逮捕します」

「手錠はめんなよ! 本物だっつってんだろ!」

「キレてて草」

「お前ホントに警官か!?」


 司令、話通ってないんですけど! と、俺が入り口で揉めていると、


「通しなさい」

「署長」


 奥から騒ぎを聞きつけたのか、署長らしき恰幅のいいオッサンが現れた。


「ああ、えらい目に遭った」

「すまないね。彼は職務に忠実なのだと理解してもらいたい」

「そうしたいとこだけど、あいつ、逮捕したいだけだって。だって、めちゃくちゃ嬉しそうに俺に手錠はめたもん」

「つべこべ言うと逮捕するぞ貴様。悪い事は言わんから、理解しとけ」

「ええー。この警察署、闇しかないの?」

「どこもそうだ。知らないのか? 署長の権限は、身内を守る為にある」

「断言しちゃったよこのオッサン! 警察怖え!」


 手錠を外してもらった俺は、そんなジョークを交わしつつ、署長の案内で奥の応接室に通された。なかなか冗談の通じるオッサンだ。……冗談だよね? そして、そこのソファには、高嶺と大藪がちんまりと座っていた。


「准尉」

「あ、准尉だ」


 俺の顔を見て安心したのか、大藪ミクがふええと泣き出した。高嶺は、なんかきょとんと俺を見ている。なんというムカつく顔してんだろうなあ、こいつは。


 そういやこいつらの私服姿って初めて見たな。二人とも、結構ひらひらしたやつ着てる。こんなのが似合ってんだから、街中歩いてたらその辺の女子高生にしか見えん。


 こんな子たちが特戦隊員? 良く考えると、やっぱり凄く違和感がある。


「では、さっさとお引き取り願おうか」


 署長はこの件について、何も話したくなさそうだ。これは、馬渕司令と何かやり合ったのかも知れないな。それとも、さっきのジョークのせいかな?


「どうもお世話をかけました。それでは。行くぞ、高嶺、大藪」

「うん」

「ふえええー、助かったあ、助かったよお」


 なので、俺も署長の意向を汲んで、素直に帰ることにする。司令と何を話したのかは気になるけど……、ま、かなり上の人間同士で取り引きがあったと見るのが妥当だろう。それを働きかけたのは司令だな。この署長は、そんな上からの指示に逆らえず、無力感に苛まれているとか、そんなとこだろうと思う。まるでドラマだ。


「ちっ。だから山から下りてくるなって言うんだよ」


 応接室を出てしばらくすると、署長の怒鳴り声と机を叩く音が廊下に響いた。そして車に戻ると、マイフェイバリットカー、ミラジーノには、駐車禁止の札が貼られていた。マジかよ。


 そう言えば、エントランス前に乗りつけたままだったわ。警察署で堂々駐禁やるとか、我ながら豪胆だと思いました。


「んで? 喧嘩したんだろ? 何? 相手は戦車隊だって?」


 ミラジーノに二人を乗せ、駐屯地へと戻る道すがらに事情聴取だ。戦車隊て、確か陸上自衛隊のエリート衆だったはず。特戦隊て、やつらと仲が悪いのかな?


「知らない」


 後部座席で、高嶺はずっとむくれている。


「もう、ハナちゃん」


 その隣では、大藪ミクがあわあわしている。やっぱりこの子は巻き込まれ体質らしい。萌える。てか、二人とも後部座席に座られるの、ちょっと寂しい。


「ま、いい。話したくないならな。しかし、俺はこうして途中の仕事を放り出してまで迎えに来たんだよね。何かひと言くらいは欲しいなあ。自衛隊とか上司と部下とか関係なく、人間としてはね」

「うっ」

「は、はい。そうですよね。すいません、ありがとうございました」


 大藪ミクが勢い良くペコリと頭を下げると、高嶺も「……ありがと」と、小さな声でお礼を言った。


「良し。許す」


 俺はこういうの根に持たない。なぜなら、面倒くさいし不毛だし時間の無駄としか思えないからだ。そんな暇があったら、推しアイドルの振り付けの一つでも覚えたい。俺は楽しい事しかしたくないんだ。とはいえ。


「ところで喧嘩はいいとして、いや良くは無いけど、なんで俺が身元引受人なんだ? こういうの、普通肉親とかじゃない? 高嶺、お前はここが地元だろ? ご両親とか、どうしたんだ?」


 これはちょっとした疑問で、特に深い意味は無かった。だってそうだろ? 職場の上司にこういう依頼が来るのなんて、最後の最後の方だろ普通。違う?


 俺は高嶺の家族構成も把握してる。両親とも健在で、弟が一人いるはずだ。持ち家住まいで、ずっと富士吉田市に住んでいる。プロフィールにはそうあった。


「連絡つかないって、警察の人が言ってた」


 高嶺がぶすっとした顔で答えた。バックミラー一面に不細工が映ってるの気分悪いなおい。これ本当にアイドルなの?


「なんだよ、誰も来てくれなかったから機嫌が悪いのか? 結構お子ちゃまだなお前。ははは」


 ムカつくのでこれくらいの嫌味を言ってもいいだろ。だが、大藪ミクの深刻そうな報告に、俺は笑いを納めてしまう。


「違うんです、准尉。連絡がつかないって、電話に出ないとか、そんなレベルじゃなくて」

「え? どんなレベル?」


 これを聞いたのが間違いだった。俺は、そのせいで⸺、


「警察が調べたら、そんな人はいないって」

「……何それ?」


 もう、こいつらから逃げられなくなったのだ。いや、正確には。


 絶対に、逃げたくなくなった。


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