第14話「特戦隊の一番長い日②」/9

 ディスプレイに映し出された『にこにこ煮込み』の情報は、ごくありふれたSNSのプロフィールページだった。なんの事はないXterアカウントの一つである。


 開設は一年ほど前。フォロー数236、フォロワー数154。年齢、位置情報等の個人情報は当然ながら非公開。自己紹介やアピール、リンク等も特に無し。ポストやリポスト、いいねにしても、本当に普通だ。芸能、スポーツ、政治にライフハック、アニメや漫画、実に万遍なく並んでいた。


「ふーん。掴み所の無いやつだな」

「そうだね。そこが返って臭いけど、こんなアカウントは何千何万とあるからね。僕のサーチプログラムに引っかからなければ、そのまま見過ごしていたと思う」

「サーチ?」

「うん。とりあえず特戦隊ホームページを起点にして、不自然なアクセスの流れを抽出したんだ。ほら、海外サーバーをたくさん経由して入ってるやつなんて、怪しすぎるだろ? いくら自衛隊とはいえ、アーミーアイドルのページなんか、ぶっちゃけ数多あるアイドルグループのサイトと何も変わらないんだから、IPの追跡を警戒する意味が分からないもんね」

「確かに。でもさ、それであっさりヒットするとか、ちょっと間抜け過ぎないかな? トラップの可能性は無いのか?」

「その可能性は、僕ももちろん考慮した。結果、トラップじゃなかった」

「なんだ、じゃあ、ただの間抜けなんだな。良し、じゃあ、早速そいつをなんとかしてくれ。それで高嶺は晴れてトップアイドルだ」


 ひゃっほう。流石はプロだ、頼れるぜ。あとはこのアホをネットから締め出すべく、日下部みのりのスキルを駆使したら終わりだろ。楽勝。めっちゃ気分上がってキター!


「さー、これから忙しくなるぞ! あいつ持ち歌が一つしかないし、衣装だって一張羅だもんな。新曲の制作を依頼するアーティストの選定やPVの監督、バックバンドの手配もしなくちゃ。次のライブイベントは年末か。2ヶ月切ってるけど、なんとかしてやる! あ、検索エンジン対策やネットプロモーションはお前に相談するからさ、そん時は」

「まあ待ちなよ。ここからが問題なんだ」

「ん? どこから?」


 おいおい水を差すんじゃないよ。今までの話で何か問題なんかあったかな? 俺にはノープロブレムでモウマンタイとしか思えなかったが。


「言い難いんだけど、こいつ、僕にはどうしようも無さそうなんだ。こいつはネットオタクに少し毛が生えた程度だし、正直、僕の敵じゃない。でも、だからこそ分かったんだ。こいつの排除、僕には無理だ。ごめんよ」

「は? なんでやねん」


 んなアホな。こいつがネットでイタズラしてるから、高嶺の売り上げがゼロなんだろ? どう考えても日下部みのりの管轄だと思うんだが? 敵じゃないのに無理って何? 何を言っているのか、さっぱりだ。


「それは」と、日下部みのりが言いかけた、その時だ。俺の自衛隊支給品スマホがぷるぷる震えた。


「ん? あ、悪い。高嶺から着信だ。もしもし、どうした?」


 向こうも支給品である。つまり仕事の電話ということだし、用件は緊急に限られる。だから、これには必ず出なければならない。プライベートなら私物のスマホにかかってくる。まあ誰からもかかってきたこと無いけどな。


『准尉』

「あれ? 大藪三曹か? これ高嶺のスマホからだろ?」


 スマホから聞こえたのは、高嶺ではなく大藪ミクの声だった。


『はい。ハナちゃん、いえ、これは高嶺三曹の端末です』


 大藪ミクの声は沈んでいる。うわあ、嫌な予感しかしないんですけど。切っちゃおうかなこれ。だが、そういうわけにもいかないか。


「どうして高嶺の端末から大藪三曹がかけてくるんだ? 何かあったのか?」


 聞きたくねえ。知りたくないけどしょうがねえ。


「その端末、警察署にあるね。山梨県警、富士吉田警察署」

「え? 警察?」


 日下部みのりが頼んでもいないのに端末の位置を割り出した。一瞬、息をするようにハッキングするやつだと思ったが、良く考えたら端末情報を把握するのも日下部みのりの守備範囲。仕事しているだけですね。


『はい、今、警察署にいるんですけど……、その、高嶺三曹、逮捕されたんです……』

「そうか」


 え、知人が逮捕されるの初めて見た。想定外過ぎる報告をされると、なんか返って冷静になっちゃうよな。て、何してくれてんの、あいつ? 自衛隊員ってだけでもアカンのに、一応アイドルって肩書もあるんですよ? 


『で、あの、身元引受人を、お願いしたく。私も、逃してくれそうにないんです……。私、通りかかっただけなのにぃ』


 電話口の向こうから、大藪ミクのしくしくとすすり泣く声がする。巻き込まれちゃったのね。この子って運が悪いというか、幸薄い感じがするよなあ。なんか小さな幸せをプレゼントしたくなる。頑張れ。


「分かった。すぐ行くから、ちょっと待ってろ」


 俺はそれだけ言って電話を切った。えー、自衛隊員も逮捕されるんだ。俺、高嶺にめちゃくちゃ暴行受けてるのに、警察なんか来たことないよ? 駐屯地内は治外法権かな? 何したのか知らんが、とりあえず行くしかねえ。警察署なんて免許の更新くらいしか用事無かったのになあ。


「あ、迎えに行くなら、これ」

「うん? なにこれ?」


 部屋を出ようとした俺に、日下部みのりが何か投げて寄越した。メモリーカードだな。


「駅前で喧嘩したみたいだから、近場の防犯カメラの映像をコピーした。ついでに准尉のスマホにも同じデータ送ったから、道すがらにでも確認して。見た感じ、相手も自衛隊員みたいだし、それが何かに使えるかも知れないよ」


 てか、モニターに映ってるの、その警察署のカメラ映像じゃないの? 音声まで拾ってる。それで状況把握してんのか。おい、やっぱりハッキングしとるやんけ。まあいいや。


「なるほど。サンキュー。て、ええ? それって、自衛隊員同士の喧嘩ってこと?」

「そうみたい」

「はー。なんで仲間内で……やるならここでやってくれよ」


 そしたら逮捕なんかされないし、なんなら重傷を負わせても不問だもんな。おいここめちゃくちゃ怖い場所やんけ。もはや無法地帯やん。


「なにしろ田舎だからね。隊員が休暇に街を出歩くと、だいたい駐屯地の誰かに会うってさ。僕はここから出ないから知らないけど」

「そうなんだ……。でも、闘魚のベタじゃあるまいし、出会ったからって喧嘩しちゃうのおかしいだろ」


 やれやれ。俺はメモリーカードをポケットに入れて部屋を出た。


「闘魚、か。どちらかと言うと、免疫反応なんじゃないかな? 異物は排除したくなるんだろう。特に、こんな、狭い世界では」


 日下部みのりが呟いた。



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