第11話「江吉良エリ絵は百戦錬磨!」

「ふうん。エリ絵って、アグレッサーにゃから、こういうやつを矯正するのも任務だにゃ。久しぶりに、教え甲斐のあるやつがいて嬉しいにゃあ。いひっ」


 江吉良エリ絵は、そう言って赤線で囲まれたコートに立つと、高嶺にくいくいと手招きした。アサルトスーツの肩にある赤い髑髏マークは、死をもたらすアグレッサーの象徴だ。


「私も、こんなにぶちのめしたいと思ったやつは初めてで嬉しいよ。そのデコ、ラクビー部のヤカンみたいにボコボコにしてやるから」


 高嶺もヤル気というか殺る気が満々だ。これ本当に訓練で済むんだろうな?


「お、おい高嶺。大丈夫なのか? てか、俺に何を助けて欲しかったんだよ、お前は?」


 俺はすっかり忘れ去られていたようなので、今のうちに訊いてみた。これ、終わったら高嶺が話せなくなってる可能性も微レ存だし。


「ん? 終わったからもういいよ。だからあっちいってて」

「えー。なんか冷たい」


 気が立っているんだろうが、その犬を追い払うみたいにしっしってやるのはやめてくれよう。ワタナベくんも、それやられて泣いてたんだぞう。


「高嶺は、お前に期待していたようだな」

「うわっ、何突然? あ、山田ニ尉か。期待?」


 いたのかお前。意外と影が薄いやつだな。


「ああ。江吉良一尉が、大藪ミク三曹に訓練をつけると言って無理矢理コートに引きずり込んだんだが、海坊主教官もそれを傍観していてな。見回しても、頼れそうな上官が見当たらず、君を探しに出て行ったのは見ていたよ」

「山田はいたんだろ?」

「ついに呼び捨てか。ああ、いたよ。しかし、私は頼れる上官では無かったようだね」


 山田純子は寂しそうに小さく笑う。ちなみに、遠山は今日は休養日となっていて、この場にいない。もしいたら、状況はかなり違っていただろうな。


「違うな。それは、お前と遠山に迷惑かけたくなかったからだろ。そして、俺には命令無視とか違反とか、そんなのさせてもへっちゃらだって思ってんだ」


 絶対そう。あいつ、絶対俺を上官だなんて思ってない。


「ふふ。だとしても、君が助けを求められたのは確かだよ。知ってるか? 高嶺は、君意外の上官には、ちゃんと礼儀正しく振る舞う事を。私には、それが信頼、あるいは親愛の表れのように思えるんだ。甘えている、とも言えるかな。ふふふ」

「そんな風に見えてんの? お前の目、実は節穴なんじゃない?」


 甘えているとかアホちゃうか。舐めてんだよアレは。甘えで下手したら死ぬレベルの暴行を3度も加えられてたまるか。No.1プロデューサーってのも、全くアテにならないもんだ。


「いや、私の目は確かだよ。いやホントに」

「節穴持ちは、みんなそう言うんだよ」

「確かだっつってんだろ!」


 山田キレてて草。しかし、ドルオタにもこれは必ずいるタイプだ。そいつの推すアイドル、みんな不祥事で消えるんだよね。


「ふん。私は、これでもデビュー時から高嶺を見てきているんだ。あいつのこれまでの境遇を知っていれば、こう思いたくもなる。プロデューサーならな」

「デビュー時? それは、どういう」


 と、聞きかけた時だった。


「行くにょ!」


 江吉良エリ絵の姿が掻き消えた。


「速っ!」


 俺には江吉良エリ絵が何をしたのかも分からない。まるで漫画かアニメを見ているかのようだ。


「ふっ!」


 合わせて、高嶺も一息吐いて姿を消した。こっちもバカっ速! 見えん! 何も見えんぞ!


「いかん! 実戦モードではないか!」


 海坊主教官が身を乗り出す。コートに突っ込みそうな勢いだが、それを周りにいたアーミーアイドルたちがしがみついて制止した。もちろん男のアーミーアイドルたちである。


「はっ! はっ! はっ!」


 たまに見えるのは、拳を繰り出すボヤけた高嶺。俺の動体視力では、辛うじて見えるのがそれくらいだ。


「にゃはははは。これが音速拳かにゃ? にゃるほどマッハは超えてるにゃ」


 江吉良エリ絵の赤い迷彩と、高嶺の青いアサルトスーツの色が混ざり合う。二人の領域は、やがて灰色に染まっていった。


「馬鹿にして! あんた、手も足も出てないじゃん! アグレッサーだって、言うほど大したことないね!」


 高嶺が挑発している。が、その体も音速を超えているのだ。果たして、それは聞き取れるのだろうか? いや、高嶺は聞き取っている!


「やめろ、二人とも! それは、人に向ける力ではない! お前らは味方だ! 仲間なのだぞ!」


 海坊主教官が涙をだばだば流し、訓練生たちの拘束から抜け出そうとして藻掻いている。なんという熱血漢。嫌いじゃないぜ。嫌いじゃない。


「死ぬ」

「え?」


 ぼそりと縁起でもない事を呟くやつがいる。それも、俺の耳元で。なんだこいつ? アーミーアイドルなのは間違いないが……、あ。ああ! こいつは!


「にゅふっ。お前、カウンターに自信があるから、挑発するにょな? エリ絵に攻撃を当てるには、もうそれしかにゃいから、そうやって煽ってるんにょ。しょれは、打つ手がにゃいって事にゃんな。にゃははは、そんなのバレバレにゃ。にゃは、駆け引きも下手って、頭が悪いって証拠にゃにゃ」

「言ってろ!」


 高嶺の挑発は、江吉良エリ絵に通用しない。アグレッサーは、百戦錬磨の手練たちだ。そのクレバーさは、きっとたくさんの命が磨いてきたものだろう。


「はい隙が出来ちゃった。終わりだにゃ。その首、へし折ってあげるんにゃ!」

「、っ!」


 逆に煽り返されて、決定的なミスをしたのは高嶺か。と、俺が気づいた頃には、もうそいつがコートに立っていた。


「うん、終わりだよ、エリ絵。ここまでだね」

「にゃ! 雅羅沙!」

「あ! もう、トーイ! なんで邪魔すんのっ!」


 高嶺と江吉良エリ絵、二人の間に割って入り、戦いを制止しているのは、この特務戦隊のエース。それも、エースの中のエースである”ストライク・エース”の徽章持ち!


「雅羅沙、雅羅沙冬威か! 良くやった!」


 高嶺と江吉良エリ絵の腕を持ってぶら下げる、そのスラリとした高身長な男は、海坊主教官の称賛に、ただ微かに頷いただけだった。


「きゃーっ! 冬威ーっ! 愛してるわ結婚してえーっ!」

「ちょ、うるさっ!」


 すぐそばで山田純子が金切り声を上げている。おま、なんつー尻が軽いんだ。結婚焦ってんのかな?


「手を離してよ、トーイ! 私、こいつをボコらないといけないんだからっ! ラクビー部のヤカンみたいにしてやるんだからあっ!」


 高嶺がぷらんとなってジタバタしているが、雅羅沙冬威はびくともしていない。なんて体幹。細いのに、まるで大木みたいなやつだ。あと、高嶺はラクビー部のヤカンに偏見持ち過ぎ。キレイにしてるとこもあると思うぞ。


「ふんっ」

「いたっ」


 そんな高嶺とは対象的に、江吉良エリ絵はその細い足で雅羅沙冬威の腕を蹴り飛ばして脱出した。くるっと回って着地もクール。雅羅沙冬威が「いたっ」て言っちゃうのも可愛くてポイント高いなおい。さすがアーミーアイドル、いつでもあざとい。


「しらけたにゃ。今日はここまでにしといてやるにゃ」


 江吉良エリ絵は、雅羅沙冬威を思い切り見上げて睨みつけると、「ふん」と鼻を鳴らして足音荒く出て行った。ちっちゃいからねー、しょうがないよねー。


「待ちなさいよ! 私は全然しらけてないし!」

「きゃあああ! もうやめてハナちゃん!」

「助かったんだよやめとこうよお!」


 いまだ雅羅沙冬威の腕を振り払えない高嶺に、他のアーミーアイドルの子たちが次々と覆いかぶさりしがみつく。そのはずみで、雅羅沙冬威が「あ」と言って手を離した。


「ありがとうございます、雅羅沙曹長!」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「ハナちゃんを助けてくれたんですよね? ありがとうございますー!」

「あ、あ。あの、いや」


 雅羅沙冬威も、たくさんの訓練生たちに囲まれた。皆口々にお礼を言うが、どうも雅羅沙冬威の表情はあまりそれにそぐわない。なんか、困惑してる? そんなつもりじゃなかったって感じだけど、あれは誰がどう見てもそう思うのでは?


 なので、俺も雅羅沙冬威のそばに寄って、ひと言、声をかけてみた。


「死ぬって、どっちだったんだ?」


 俺からの問いかけに、雅羅沙冬威は全く反応しなかった。



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