第12話「江吉良エリ絵はひとりぼっち!」

 その夜。官舎の食堂は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。なぜなら。


「うっまー! ナニコレうまっ! カニ? カニなの? これ、ホントにあのでかい蜘蛛みたいなやつの肉!?」


 広い食堂内の、たくさんのテーブルの上には、うず高く積まれた蟹と、湯気を上げる鍋が、見渡す限り並んでいたのだ。


「おいいい! 食いながら喋んなよ! 蟹が飛んできたぞ汚えな!」

「うっほうほふほふ。ぼへんねぶんい! へもこれふぉいしずぎるからはうはふはふううう」

「何言ってんのか分かんねえ!」


 高嶺は両手に掴んだ蟹の足を振り回して踊り食いしている。蟹が踊っているわけではない。高嶺が踊り狂いながら食べているわけです。俺、こんなにハイテンションで蟹を食べるやつ初めて見た。嘘だろこいつ。蟹知らねえのかよ。


 しかし、他の隊員たちも似たり寄ったりだ。こりゃ凄え。もしここにルフィがいても、違和感が全く無いな。やっぱりここは海賊船の中なのかも知れない。


「おい、落ち着け貴様ら! 蟹は普通、静かにしか食べられんものなのだぞ!」


 サラリーマンの忘年会など比べ物にならないほどのカオスを繰り広げる食堂で、海坊主教官が声を張り上げ必死にみんなの自制心に訴えかけているが、そんなの誰も聞いちゃいねぇ。


 海坊主教官は常識ある大人なんだなーと思いました。


「やだー、ハナちゃんたらもー! でも本当においしいねー!」

「うん、これならいくらでも食べられそう! いいのかな? いいんだよねっ!」


 そんな高嶺の側には、同じチームを組む二人もいる。ミクちゃんとカコちゃんだ。大藪ミクは、もう骨折が治癒していた。そして普通に蟹食ってる。強化人間の回復力はとんでもないな。


「さあさあ、みんな、どんどんお食べ! 蟹は、まだまだたくさん、食べ切れないほどあるからねえ!」

「はーい!」

「おばちゃん、ありがとー!」


 ここの隊員たちは、俺たちサポートも合わせて実に100人以上はいる。半分は強化人間なので、これだけあっても蟹はみるみるうちに減っていく。こいつら、食べる量もハンパない。みんな、女の子でも大体どんぶりメシで5杯くらいは食べるしな。いっぱい食べる子は嫌いじゃない。嫌いじゃないぜ。


「しかし、これだけの蟹、どうしたんですか? どっかの国の密漁船でも撃沈しました?」


 この蟹、質もかなり高いから、お値段もかなりのものだろう。その辺が気になったので、近くに給仕に来たおばちゃんを捕まえて聞いてみたのだが。


「ああ? ちっ、なんだ強姦魔かい?」

「それ誤解ですよ!」


 舌打ちされたわ! まだ強姦魔だと思われてるし! まあ事実だし仕方ないんだが、とにかく否定しておかねば。


「ふん、ま、あんたなら言っても構わないか」

「え? 俺なら?」


 おお、意外な展開! 俺ってもしかして信用されてたのか!


「ああ。あんたはみんなから嫌われてるしねえ。話す相手もいないだろ?」

「そういう意味かよ!」


 嫌われてるから話して貰える事ってあんの? 初めての経験だわ。俺の初体験はおばちゃんに奪われた。て、誰に奪われても嫌やこんなん。


「内緒にしろって言われてるけど、あたしゃそんなの我慢出来なかったのさ。あの子、本当はいい子なのに……、こうして、みんなにさ、大金はたいてお土産まで……、なのに」

「おばちゃん……」


 俺に訊かれたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。ひそひそと俺に耳打ちするおばちゃんは、ちょっと涙ぐんでいた。嫌われているやつだから話しても構わないってのは、こじつけだったのかも知れない。そうであれ。


「これはね、エリ絵ちゃんからなんだよ。ほら、あの子、北海道に行ってただろ?」

「ええ? 江吉良一尉が? 本当なんですか、それ?」

「嘘なんかつくもんか。これをね、本当はね、みんなに教えてあげたいのに、内緒だよって、あの子が必死で頼むから、もう、あたしゃ、あたしゃ」

「あ、あーあー。泣かないで、ほら、おばちゃんも飲んで飲んで」


 おばちゃんが堰を切ったように泣き出したので、俺はビールを注いでやり、背中をよしよしとさすってあげた。年を取ると涙もろくなるよねえ。分かる、分かるよー。


「こりゃーっ!」

「あいでっ」


 そんな俺の後頭部に鈍痛が走った。慌てて頭を押さえて涙目になって振り返ると、やっぱり高嶺のゲンコツだ。俺、上官なんだよね?


「いってーな高嶺え! 何しやがるんだお前はあ!」

「何しやがるじゃないらろ! 准尉、おばちゃん泣かせてるんらかりゃっ! そんなおばちゃんにまで痴漢したんりゃないりゃよね!」

「アホか! て、おい? お前、呂律が回ってなくないか?」

「りょれつ? なにそれ知らんけど回るわ! 私、まーわーるーってーね? あっはははははは!」

「酔っ払ってんじゃねーか! おい誰だ、高嶺に飲ませたやつ!」


 てかこいつ、成人してんのかどうかも分からんけど、とにかく酒癖は悪そうだ。と、思いながら見回すと、雅羅沙冬威と目が合った。


「てへ」


 したら、舌出してウインクしてきた。犯人はこいつだ間違いねえ。そんな無表情に「てへ」とか言うやつも初めて見たわ。声ちっちぇし、なんかぬぼーっとしたやつだな。本当に強いのこいつ?


 高嶺と江吉良エリ絵の高速バトルにしれっと割り込めるんだから、かなり強いのは間違いないんだろうけども。ずっとだらだらしてるし、俺には油断しまくってるようにしか見えん。


「お前なあ。いくら高嶺が新人っだっつっても、そろそろ一年経つんだろ? 酒を飲ませていいやつなのか悪いやつなのかくらい、把握しとけよ」

「うん、ごめんね」

「本当に反省してんのか?」


 さらっと謝るので、思わず詰めた。しかし。


「さあ? 俺、あんまり記憶って残らないから」

「は?」


 それは、どういう意味なんだ?


「俺たち7期生までは、プロトタイプって呼ばれてるから。だから、性能の為に、犠牲になっている部分があるんだって。俺たちは、記憶。だから、あんまり頭が良くないんだ。代わりに、戦闘能力は高いみたい。確か、そんな事を聞いた気がするよ」

「なん、だって?」


 一気に酔いがさーっと醒めた。のみならず、背筋に寒気が走っていた。


「でも、そんな7期生もね、何人いたのか覚えてないんだけどさ、生き残りは俺だけになっちゃった。エリ絵たち5期生も、もうあいつだけだから、なんだか少し気になっちゃうんだ。だからかな、あいつを覚えていられるのは。あはは」

「あははって、お前っ……」


 何と返せばいいのだろうか? どんな顔をしたらいいんだろう? 俺は、こいつらの事を、何も知らない。


「トーイちゃん。そうね、エリ絵ちゃんとは、仲良しだもんね」

「うん。俺、エリ絵は好きだ」


 ずっと俺たちのやりとりを黙って聞いていたおばちゃんが、雅羅沙冬威の頭を我が子のように撫でている。雅羅沙冬威は、それを幼子のように嬉しそうな顔をして受けていた。


「ちょっとスマン」

「あら、どこへ?」


 俺は席を蹴って走り出した。座っていられなかったのだ。


「あー! こりゃー、准尉ー! こっち来ーい! どこ行くりゃーっ! わらしの酒が、飲めにゃいのきゃーっ!」

「もーっ、ハナちゃん!」

「テーブルの上に立っちゃダメ!」


 高嶺が能天気に騒いでいるのも、もう辛くて仕方がない。なんてアホ面してやがる。お前は、13期生なんだろう? お前は、その力と引き換えにして、何を失っているんだよ!


「あ」

「げっ」


 廊下に出ると、江吉良エリ絵がみんなの様子を窓から楽しそうに眺めていた。でも、俺に見つかると、みるみる顔が真っ赤になって、汗がだくだく流れてて。そんな彼女を見ているうちに、俺は。


「にゃ、にゃによ? あんた、にゃんで泣いてんにょ?」


 なぜだか、涙が溢れて、止まらなかった。

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