第9話「江吉良エリ絵はアグレッサー!」
俺が着任して高嶺の担当プロデューサーとなってから、3度目の討伐戦が終了した。討伐戦はだいたいツキイチで行われるようだ。ようだ、というのは、観測班からの情報次第になるからで、ここしばらくはたまたまツキイチになっているらしい。
「ふーん、富士の樹海に作られた特戦区ってやつに特定危険外来生物どもを封じ込めてあるけど、根絶は難しい、と」
「はい。特戦区内に、やつらの”巣”のような物があると予測されるんですが、下手に突つくと爆発的に増殖します。そして、実体化する前に攻撃するのも危険なのだそうです」
すでに夕刻。俺はその日の訓練予定を完了した遠山に、いろいろと基本的な事を教えてもらっている。食堂で。おばちゃんたちは、相変わらず俺に突き刺さるような視線をくれていた。
「ふーん。で、ある程度の数が実体化したところで叩くのか。巣からもある程度離れたところで仕掛けるわけだ。そのタイミングが討伐戦なんだな」
「はい。あの、准尉、プロデューサーの導入研修って、こういうの教えてもらえないんですか?」
「さあ。俺、ずっと寝てたから」
「ええー……」
遠山が青ざめた。そりゃそうだな。命懸けで戦う自分のバックアップをしてくれるはずの人が、こんなに無責任ではたまらんだろ。援護射撃や補給線などの後方支援なくして戦いに向かうのは、特攻と呼ばれるやつだ。
「安心しろ。今は真面目に考えている。高嶺の為にもな」
「ならいいんですが」
肌がぴりぴりしたので慌てて弁解してみた。これ、多分遠山の殺気だと思う。強化人間怖え。
「ありがとう。参考になった。また分からない事があったら頼む」
「は。それは構いませんが……、なぜ、ハナに聞かないのですか?」
「だって無視されてんだもん」
「まだ怒ってるんですか、あいつ? それはざまぁ……、あ、いえ、大変ですね」
「今、ざまぁって言った?」
「言っておりません」
「……まあいいや。付き合わせといてなんだけど、もうお前もさっさと寝ろ。昨日の討伐戦は、珍しくダメージあったんだろ?」
「ありがとうございます。そうします。では」
「ああ」
ぴしっと敬礼する遠山に、俺もだらっと返礼した。いやこれなんか照れるんだよ。何軍人のフリしてんのとか、心の中で突っ込む自分がいるんだよな。
「はあ。あのメモリースティックを貰ってから、もう1ヶ月、かー……」
あれの中身は、俺を極度の混乱状態に陥れるのに必要十分なものだった。山田純子が手に負えないと言っていた意味も、少し分かったような気がする。
なので、俺は今回の討伐戦も、高嶺を出撃させてやれなかった。あいつ、2ヶ月連続で討伐戦待機だったんだよな。めちゃめちゃ落ち込んでたの、見てて辛かった。
しかし人望があるせいか、それでも誰もあいつを責めたりはしなかった。それどころか、みんな寄って集って励ましてたし、お菓子とかケーキとか渡してたし、肩を揉んだりアカスリとかもしてあげてた。
肌がツヤツヤになった所でフリフリのドレスとかメイド服とか着せられてたっけ。もう励ますというか甘やかしてるレベルで、ぶっちゃけすっごい盛り上がってた。ここってホントに自衛隊?
「うーん。しかし、だからと言って、貧弱な装備で出すわけにもいかない。あいつ、給与の手取りが2000円しかなかったもんな。今度死んだら無給になるぞ」
健康保険や年金、そして所得税と同じく、蘇生装置などの医療費も、あいつの給与から天引きされている。上官権限でそういった明細や返済予定表を見ているが、バブル期に住宅ローンを組んだ人でも真っ青になるやつだった。完済予定日が人間の寿命を遥かに上回っているとかヒド過ぎる。
まあ、基本装備はアーミーアイドル共有資産で賄われるので最低限の装備は出来る。戦えない事もないが、あれはRPGで言うところの、棍棒と革の鎧で魔王に挑むようなものだ。で、死んでしまうとは何事じゃって、理不尽な事を言われるに決まっている。だから、それは絶対に避けたいのだ。
「うーん……、アイドルとしての人気さえ出れば……。でもあいつ、今でも潜在的人気は多分ダントツで一番なんだよなあ……」
ここである。山田純子から貰ったメモリースティックには、高嶺の人気の高さが窺えるデータが詰まっていた。自衛隊特戦隊のホームページにアーミーアイドルたちがずらりと紹介されているわけだが、半年に一度の人気投票、過去分のランキングでは、高嶺が必ずトップに載っていた。
その他、YouTubeを利用したプロモーションビデオでも、再生数は一番。コメント欄は高嶺への愛に溢れ、アンチの類もほとんど見つけられなかった。
なのに、直接支援になるはずの投げ銭は、ものの見事にゼロなのだ。これは、一体何を意味しているのだろうか? 元、いや、現役ドルオタの俺には、全く理解が及ばない。応援したいなら金を出す。それはポテチ食ったらコーラ飲むのと同じくらい自然な流れのはずなのに。
しかし、こうなると、だ。あのソニックナックルブレイカーを買えたのが、妙に異質に思える。投げ銭は、あの時の一度だけ。しかも、400万円という大金で、なんと一人からのものだった。もはや不気味。
「あと、なんで人気No.1なんだろ? 言っちゃなんだが、見た目の良さなら高嶺より上の子、他にもいると思うんだけど」
これも謎だ。強化人間たちは、みんな見た目が麗しい。キレイ、かわいい、美しい、各種タイプも揃っている。高嶺は、まあ確かに可愛くはあるが、この中にあると普通になる。これが本当に謎なのだ。
ドルオタとして、売り出し方を不味ったせいで涙を飲んだ子たちも知っている。その度、ダメなプロデューサーに憤ってきたが、これは俺もそうなるのかも知れん。あのメモリースティックのせいで、高嶺をどう売り出せばいいのか、全く分からなくなったのだ。
なにしろ、売れる為の下地が完璧に揃っているのにこれなのだ。これ以上どうすりゃいいのっていう話。
「だーっ! 俺、こんなにダメなやつだったのかよお!」
むしゃくしゃしたので駆け出した。
「にゃっ」
「むぐっ」
ら、何か柔らかい物に顔から突っ込んだ。
「なんだこれ? 廊下の真ん中にこんなに柔らかくて気持ちいいものが?」
俺はそれを揉みしだいた。そうすべきだと本能が告げたのだ。なんだこれは素晴らしい。全ての悩みや迷い、そして苦しみを、温かく包んで溶かしていくかのようだ。しかし、欲を言えば、もう少し大きい方が好みかな。これなら高嶺のおっぱいの方がいい感じ。
「き、きしゃまぁー……」
「ん?」
舌足らずな震える声に見上げると、そこには紺碧の瞳があった。きらきらさらさら流れる金色の髪と、真っ白な肌。頬が赤く熟れている。ドレスを着たその子は、まるで人形のような、小さな美少女だった。そして、俺はその子のおっぱいを揉んでいた。うわあ、流石に子どもはアカン。ダメだろ俺。でもせっかくだし、もう少し揉んでいよう。
「こにょ、クソ野郎ぅー!」
「ぐばーっ!」
次の瞬間、俺はその子からのエルボースタンプを背中に喰らい、床にびたんと叩きつけられていた。えーっ! この体格でこの威力!? これ、まさか!
「こ、こにょアグレッサーである江吉良エリ絵に痴漢しゅるとは! きしゃま、覚悟は出来ているんにゃろうにゃっ!」
「うわあああ! いでででで! うわあ、幼女に、幼女に踏まれてえ! ……ああ、ああー……」
俺は江吉良エリ絵なる美幼女にぐりぐりと踏みつけられ、新しい扉を開きそうになっていた。
ア、アグレッサー? それって確か、実戦訓練で敵役を務める部隊じゃなかったっけか? んじゃ、この子!
精鋭中の精鋭! 陸自のエリートだってのか! しかも、強化人間の!
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