第8話「山田純子は警告したい!」
「おい。おい、高嶺」
「…………」
「おいって。無視すんなよお前」
食堂で山田純子と遠山真也にとある約束を取り付けた俺は、高嶺と二人、官舎へ戻るところだった。
空は赤く焼け落ちて、カラスが帰ろと鳴いている。高嶺は話しかけてもずっと無視なので、落ち葉をがさがさと踏む音が、やけに耳障りだった。
「あ、お疲れ様で……ひいっ!」
「ああ、ご苦労さん、て、ひぃ?」
道すがら、他の女子隊員とすれ違うところ、俺に挨拶してくれるのはいいんだが、またちっちゃい悲鳴を上げられた。これで3人目かな? なんぞこれ?
「ハナちゃん」
「一緒に戻ろ」
おや? 後ろから追いかけて来たのは、さっきシミュレーターのとこにいた二人かな。確か、ミクちゃんとカコちゃん。何しろどんな大所帯のアイドルグループでもメンバー全員の名前を全て瞬時に暗記する俺である。二人くらい楽勝だ。
「こっち」
「出来るだけ離れて」
「あ、うん?」
ミクちゃんとカコちゃんに両脇から腕をぎゅっと抱えられた高嶺は、少し戸惑っている。てか、なんか。
「おい。お前ら、もしかして高嶺を俺から守ろうとしてないか?」
二人の動きは、真ん中に高嶺を挟んで俺からガードしているようにしか見えない。ちらちら俺を見る目が完全に犯罪者扱いだし。
「ぎくっ」
「ま、まさかあ。そんな事ありませんよお」
「ミクちゃんがぎくっとか言ってるが」
「ち、違います! ミクは、ギグって言ったんです! ああー、今日は部屋に帰ったら、ラストギグスを観なくちゃなー」
「いやそれBOØWYやん。君、そんな世代ちゃうやろ?」
そんな誤魔化し方ある? びっくりするわ。
「いやその、ほら、お、親です! 親がその世代ですから、ミクも好きになったんですよ! ねー、カコ」
「ひ? あ、あー、そうそう、ボーイねー。コブラのサイコガンが効かないやつでしょ? キモいよねー」
「それはクリスタルボーイだよカコ!」
「その勘違い凄えな! そんなん普通スラスラ出てこないだろ!」
思いも寄らなかったであろうカコちゃんの返しに、ミクちゃんも動揺を隠し切れない。間に挟まれている高嶺の頭上には、たくさんの「?」が浮いていた。
「と、とにかく失礼します!」
「ごめんなさい、おやすみなさいっ!」
「あ、こら! お前ら!」
慌てて呼び止めるも、ミクちゃんとカコちゃんは高嶺を引き摺りながら猛ダッシュで消えてゆく。後には、俺がぽつんと一人で残された。
「なんなん? もしかして、俺ってみんなに嫌われてる?」
なんかジワる。これは面白いわけじゃなく、目に心の汗が流れそうになっているんですよ。高校の時のワタナベくん、こんな気持ちだったのかなあ? ごめんよう。
「うっはw ウケるw」
「むっ?」
そんな俺に追討ちをかけたのは、道端の茂みを割って現れた山田純子だった。なんという下卑た笑顔だ。言いたかないが、ホントに美人が台無しだ。こいつは絶対にモテないやつ。
「知らないみたいだから教えてあげよう。もう憐れで見ちゃいられないよ准尉」
「え、知らない? 何を?」
「君、特に女性隊員に避けられてると思わないか? 他人事ながら、視線も氷点下を下回っていると感じるが」
「あ、思う。なんで? 教えて教えて」
「ちょ、君、敬語」
「まあいいじゃん。お前もどうせ一般から入ったクチだろ? 一から軍隊教育されてきたわけじゃなし、腹を割って話せた方が気楽じゃね?」
「ったく、なんてやつだ。ま、いいか。確かに、その方が私もやり易くはあるからね」
「だろ?」
そうだと思ったわ。思わず口出ししちゃうようなやつが、礼儀にうるさいはずがない。ただ、山田純子は俺の師匠をやってくれる人間だ。言葉遣いは悪くしても、敬意だけは忘れない。多分。
「じゃあ教えるけど、君さ、みんなに強姦魔だと思われてるぜ」
「ほう」
あれ? 聞き間違いかな? 俺、今、強姦魔って聞こえた気がする。聞き直そう。多分そんなこと無いと思うけど。
「待って。俺が強姦魔なの?」
「そうだよ」
なんか山田純子が頷いたように見えたけど、俺、目もおかしいのかな? こすってみよ。いや見えるわ。ちゃんと見えてる。
「確認までするとは、意外と冷静だな。さすがは私の見込んだ男だ。そう、君は前の討伐戦後、蘇生したばかりで意識が朦朧としている高嶺ハナを、これ幸いと脱がせて揉んで、奇声を発して踊っていた、という噂が流れていてな」
「なんっ、じゃそりゃあああああ!!!!!」
そんなゲスい変態だと思われてんの、俺え!! 誤解だ! 冤罪だあ!! なんでそんな……、はっ!
いや待てよ。高嶺の病院着がはだけてたのは事実だし、俺があいつのおっぱい揉んだのも本当ではある。踊ってたのも確かだな。尾ひれ背びれが付いてはいるが、この噂には事実が織り交ぜられている。
てか事実しかねえ。
「……否定しないんだ。てっきり激怒して力の限り否定すると思っていたが……」
「えっ?」
そんなことを考えていた俺を、山田純子は排泄物を見るような目で見ていた。わあ……ァ……。
「なんというゲスだ。死ねばいいのに」
「ちちちちち、違う違う! びっくりして硬直してただけだってばよ!」
本気で死ねばいいのにとか言われた! もう泣きそう!
「はー、もういい。いいか、言っておくが、アイドルに手を出すと、本当に銃殺刑になるかも知れないぞ。まだ前列がないだけで、上はその辺、かなり神経質なフシがある」
「へ、へー、そうなんだ」
さっきまで、その担当アイドルに抱き着いたり頬ずりしてたりした人に言われても、なんだかなあだよ。
そして、この噂を流したやつは特定した。迷彩白衣の医者と、宮間看護師だ。あの場にいたの、あいつらしかいねえもん。いつか復讐してやるからな覚えてろ。
「あと、これを渡しておく。その為に追いかけて来たんだ」
「ん? これは?」
投げ渡されたのは、くまの顔がついたメモリースティックだった。なにこれかわいい。そんなキャリアウーマンみたいな感じして、こういうのが好きなの? いいギャップをお持ちですねえ。
「プロデューサー同士、アイドルがいない所でしか話せない事もある。それは、そんな類のものだよ」
「ほーん?」
良く分からん。とにかく中身を見ろって事かな?
「高嶺ハナ。あいつは特殊だ。なんと言うか、凄く、そう、凄く変だ」
「どゆこと?」
話が見えない。そしておまいう。まあ、こいつが見えるように話せる気はしないけど。
「分からん。私も測りかねている。なので、判断は君に委ねるよ。私なりの意見もあるが、それに囚われるのは良くないような気がするんだ」
「先入観を持つなってこと?」
「そうなるかな」
山田純子は他にも何か言いたそうだが、それを無理矢理に呑み込んでいるように見える。代わりに、タバコを取り出して火をつけた。
「分からんけど分かった。ありがとう。何が入っているのか知らんけど、見てみるよ」
俺はメモリースティックを胸ポケットに仕舞った。何か大事な物のような気がするし。
「じゃあ」と俺が別れようとした時に、山田純子は、
「それを見て、君がどうするのか楽しみだ。一応警告しておくが、高嶺ハナは、私でも手に負えないやつだぞ」
「は?」
振り返ると、もう山田純子の姿は無かった。
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