第5話「山田純子はまだ出ない!」

 高嶺ハナ。年齢秘匿。第13期特務戦隊育成プログラムに於いて主席で卒業。銃剣格闘全て、高い能力を持つ。特に自衛隊格闘術に強く、銃剣、短剣、徒手共に最高レベルの技術を示した。その中でも、徒手では歴代最強と目され、教官からは「音速拳」の異名で呼ばれた。


「⸺か。ふむ、あいつ、実は凄いやつなんだな……ん?」


 なお、学科は最下位であったが、同期全員からの推挙により、主席と認定されている。


「オチがついていやがった!」


 今更だが、俺は高嶺のプロフィールに目を通していた。今時、紙のファイルである。そして、時刻は深夜に差し掛かる。特務士官なので朝4時起床とかないからな。でもあのやかましい起床ラッパのせいで起きちゃうけど。


 ここは自衛隊富士駐屯地の官舎である。人里離れた山奥で、俺は一体何をやっているんだろうとか思うと、逃げたくなるような場所だった。何にもねえんだよここ。


「あいつ、人望はあるんだよなあ」


 事務椅子の背もたれがぎしりと軋む。俺専用の執務室は、この椅子とセットの事務机、あと本棚と質素な長ソファくらいしかない殺風景な部屋である。そんな中、デスクのスタンドライトだけが点いているわけだから、なんとも物悲しいものがある。せめてパソコンくらいは欲しいところだ。早く申請しなければ。


「自分を犠牲にしてでも仲間を助けたりすんの、なんでだろ? 普通はやらないよな、あそこまで」


 その行動に合理性が見られない。あいつはかなりの戦力だ。それが、自分より弱いやつを助けて戦闘不能になるのは部隊の損失以外の何物でもない。


「入院してる時、先生からあいつが司令にこっぴどく叱られたって聞いたが……落ち込んで無いだろうか?」


 明日は俺も部隊に復帰する予定だ。あの野郎、一度も見舞いに来なかった。なので、2ヶ月ぶりの対面だ。べ、別に、心配ってわけじゃないけどさ!


「それにしても……年齢、秘匿、か」


 これを隠す理由ってあるか? 未成年だから? それなら確かにマズイけど。何しろ、軍隊ってやつは、この世界でただ一つの「死ね」と命令出来る組織だからな。


 警察にしても消防にしても、与えられた任務で命の危険が高い場合は「撤退せよ」と命令される。それが世界の常識だ。ところが軍人ってやつはそれが許されない。例え死ぬと分かっているような任務でも、それが国防の為に必要であれば命じられるしやるしかないのだ。


「でもそれ、俺もなんだよな」


 俺も一応軍属ということになるんだろう。でも、俺にそんな覚悟は無い。死ぬのは嫌だ。誰だってそう思う。


「だからかな」


 プロデューサーになるに当たって、俺も研修くらいは受けている。10泊11日で、この駐屯地の研修施設にカンヅメにされている。これってもしかして洗脳なのではと思ったくらい、いろんな事を詰め込まれた。


 そこで「あと、特務戦隊員、アーミーアイドルたちには、必要以上に肩入れするな」と命じられた。そう、注意されたのではなく、命じられたのだ。


「あいつらだって、死にたくなんかないもんな」


 言われた時にはスキャンダルを起こすなという意味かと思っていたが、これ、多分違うやつだ。肩入れすると、万が一の時に、俺たちが立ち直れないかも知れないから、か。


「痛そうだったな、高嶺」


 あんな高嶺を見るのは、俺だって辛い。肩入れなんかしているつもりは無かったが、それがすでに命令に背いていた証拠なのかも知れない。


「でも、そんなの普通だ。心を殺せとでも言うのか?」


 あの命令を履行する為には、機械的に任務をこなすしかないだろう。アーミーアイドルに任務の為の最適解を与え続けるマシンと化していくしかない。


「無理だろ、そんなん」


 俺はドルオタ。そもそも、人一倍に感情移入する性質を持っている。高嶺をNo.1アイドルにすると決めたのも、あいつを応援したくなってしまったからなんだ。なのに、マシンみたいにやれってか? 出来る気が全くしないわ。


「……仕方がない。やっぱ、一人じゃ無理だ」


 俺は俺の限界を知っている。俺の今までに得た経験や知識では、どんなに考えてもぐるぐる同じところを回るだけで、答えは出ないと判断出来る。


「明日の復隊で、他のプロデューサーにも会えるだろうし、誰かに聞いてみるとしようか。嫌だけど。心の底から嫌だけど」


 俺は結構プライドが高い。他人に教えを乞うなどまっぴらだ。ただし、本気の時はそれでもやる。俺がドルオタでひとかどの男になれたのも、実は師匠と呼ぶ人の存在があってこそ。あの人は、今でも真剣に尊敬している。


「そうと決まったらもう寝るか。はー、疲れたー」


 今夜は高嶺のプロデュース計画も練っていたので、かなり頭が疲れている。俺はもぞもぞとソファに寝転んだ。


 本当はコンビニ行ってコーラでも買って飲んでから寝たいとこだが、もう消灯時間を大幅に過ぎてるし、ヘタに官舎内を動き回ると哨戒している隊員に捕まるもんな。


 一回捕まったけど、やつら思い切り拘束してくんだよな。二人一組で、めっちゃガチで拘束された。銃の安全装置外してたの見たし、対応を誤ると本当に殺されると思ったわ。


「ここってトップシークレットの宝庫だしな。もしかしたら、俺がどっかの国のスパイに狙われて攫われるとかもあり得る……か?」


 考えて、背筋が寒くなった。が、俺はそのまま微睡んで、やがて深い眠りに落ちていった。


「高嶺……」


 元気だろうか? 明日が少し楽しみだ。


 そして俺は、山田純子との、運命の出会いを果たすのだった。



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