第4話「高嶺ハナは交わりたい!」

 俺はアーミーアイドルたちの奮戦を観た。静かな病室に響き渡る、轟音、怒声、そして、悲鳴。途中、吐き気を催す場面があった。それも、一つや二つじゃない。


 俺は新人プロデューサーだ。担当したアイドルは、高嶺で二人目の駆け出しだ。実は、彼ら彼女らの戦いを無修正で観たのは初めてだった。一人目は、担当した当日にいなくなったので、顔も名前も覚えていない。


 それでも、討伐戦放送は国営放送屈指の人気コンテンツだから、編集版は何度も観ている。


「こんなに……、こんなにっ……」


 言葉が続かない。まさか、こんなに悲惨な状況だったとは思っていなかった。こんなの、ただのドルオタが入り込んでもいい世界じゃあないだろう。


 俺は界隈ではそこそこ有名なドルオタで、アイドルのプロデュースについても一家言あると自負していたし、それをネットで発信までしていたから、結構な数のファンすらも抱えていた。そこを見込まれて特務戦隊プロデューサーにスカウトされてきただけで、戦いについての訓練も知識も積んではいない。


「ふふ、嘘つきどもめっ……!」


 俺を勧誘に来た自衛官どもめ、よくもあそこまで陽気に話せたな。かわいい子ばかりだのやり甲斐や楽しい事しかないだのと。一般向け放送で分かっていたつもりだったが、これはまさに生き残るのは装備次第。


「つまり、アーミーアイドルの命運の大部分は、俺たちプロデューサーにかかってるって事じゃねえか!」


 ガン、とテレビ画面を殴りつけて毒づいた。ひ弱な俺の拳は、それだけで皮がめくれて血を流す。


「そうだよ准尉。知らなかったの?」

「え?」


 いつからいたのか、振り返ると高嶺が立っていた。おい寝間着直せよ。ぽろんと出てるぞ。だが言わない。


「准尉、一人称が俺になってる。そっちが本物?」

「は? ああ、まあな」

「そっちのがいいね」

「そうか」


 なんだか照れた。准尉とか偉そうだから自分のことを私って言った方がかっこいいかなと思ってたんだが、そうでもないみたいだし見破られていたらしい。恥ずい。


「それより、涙拭いたら? 顔、ぐちゃぐちゃになってるよ」

「えっ?」


 慌てて頬を触ると、ベチャベチャに濡れていた。俺、泣いてたのか。道理で画面が波打つなあと思ってた。


「私たちってなかなか完全には死なないんだけど、個体差ってやつ? があるみたい。蘇生装置使っても、生き返れない子もたくさんいるんだって」

「ふうん」


 俺はまともに映像が映らなくなったテレビを観ながら生返事。高嶺の顔が見れない。


 だが、急に怒りが湧き上がる。


「だからか?」

「何が?」


 こいつ! とぼける気か!


「何がじゃねえ! なんだ、この戦い方は!」


 俺はバンとテレビ画面を叩きつけ、ベッドの上に立ち上がった。そして、高嶺を上から睨む。


「な、何よ? 何か文句あんの? あのね、准尉には分かんないかもだけど、私、これでも一生懸命」

「そんなのは観れば分かる!!」

「!!」


 高嶺がきょとんとして俺を見上げた。


「お前は……、お前はっ! 自分を何だと思っているんだ! お前が、手、足、体……、を、失ったのは、全部っ……、全部、うっ、う……」

「准尉……?」


 ダメだ。また、涙が、勝手に溢れてくる。うまく呼吸が出来なくて、続きが言えない。


 高嶺は、その身を挺して仲間を助けていたのだ。敵の攻撃をよけ切れない仲間がいると、必ず割って入っていた。こいつ、ただ目の前の敵だけに集中していれば、多分遠山と同じくほとんど被弾していない。


 被弾したのは、全部、仲間を助けた時だけだ!


「そんなの、無理だろ。馬鹿野郎、馬鹿野郎。お前まさか、自分の蘇生能力を過信してるから、そんな無茶、してんじゃねえだろな? そんな事ばっかしてたら、お前、そのうち、本当に死んじまうぞ、ふぐ、うぐぅ」


 目に焼き付いたのは、高嶺の激痛に歪む表情だ。当たり前だ。強化人間だからって、痛覚が無いってわけじゃない。ある程度は鈍く調整されていると聞いてはいるが、それでも痛いに決まってる。


「ふふっ」

「何がおかしいっ!」


 そんな俺を見て、あろうことか高嶺は鼻で笑った。


「あははは。変なやつ。さっきまで、私が死んだーって喜んでいたじゃない? なのに、今度は怒り散らしてる。准尉って、もしかして躁鬱病?」

「ちーがーうーわっ!」


 人を精神疾患持ちみたいに!


「でも、ありがと。あのさ、シンヤがさ、たくさんファンレター貰うんだって」

「シンヤって遠山か? 何の話?」


 俺がずび、と鼻をすする音がやけにでかく聞こえる。ああ、高嶺が声のトーンを落としたからか。いつもうるせえからこういう時にすぐ分かる。


「そのファンレターはさ、シンヤに頑張って、とか、大好き、とか、まあもちろん女の子からばっかだから、凄くかわいい文字とかで、手紙自体もかわいいやつばっかでさ、プレゼントなんかもあるんだけど、シンヤに似合いそうな服とかで」


 言いながら、高嶺は俺のベッドに腰掛けた。つられて俺も隣に座る。


「へえ?」


 え、マジでこれ何の話? もしかして独り言かな?


「そういうの読んだり着たりして、シンヤ、いつも思うんだって。『ああ、この人たちと俺たちは、住んでいる世界が違うんだ』って。なんだか悲しそうな顔してさ」

「ああ……」


 分かる、ような気はする。俺たちドルオタも、普通の人たちと住んでいる世界が違うと感じる事がわりとある。しかし、それが悲しいとか寂しいとか思った事は無い。それが当たり前なんだ。


「私たちってさ、画面の向こう側にいて、みんなにとっては、たくさんある娯楽の一つなんだよね。私たちの痛さとか、仲間を失う辛さとか、そういうのも放送されたりもするけれど、ぜーんぶ、映画とかドラマとか、アニメの延長なんだろな、って。そういう人たちと私たちは、きっと、これからも、ずっとずっと、現実では交わらない。シンヤは、それがちょっと、ちょっとだけ、悲しいみたい」


 そう言って「てへへ。ちょっと真面目な話しちゃった」とはにかむ高嶺に、俺はハンマーで殴られたような衝撃を受けていた。


 それは、俺も同じだ。俺は、画面の向こう側にいた!


 なのに。


「だから、准尉がさ、そうやって、その、泣いてくれたり、怒ってくれたりするの、なんか、ちょっと嬉しい、かも、知れない」


 高嶺は、そう言ってくれたのだ。照れ隠しなのか、ぷいと顔はそむけているが、髪から覗く高嶺の耳は熟れたトマトのようだった。


 瞬間、感情が爆発した。


「高嶺えーーーーーっ!」

「へ? うぎゃーーーーーっ!!」


 俺は高嶺に覆いかぶさり、力の限り抱き締めた。うおおおおおお高嶺え、高嶺えええええ!! かーっ、おっぱい柔らけえーっ!


「貴様ら、またか! うるさいと……、なーっ!」

「先生、准尉がケダモノに!」


 俺の叫びを聞いて駆けつけたのは、またしても先生と看護師だ。そして、おそらくは俺が高嶺を襲っているとしか思えない状況に慌てている。ここ、先生の待機室の隣にあるらしい。


「准尉。アーミーアイドルに手を出すのは御法度です。軍令に基づき、射殺させていただきます」

「え、射殺?」


 看護師が太もものホルスターから抜いたのは、デザートイーグルだった。ごっつい! おいそんな装備、自衛隊にあるわけないぞ!


「こなくそーーーっ!」

「ぎゃーーーっ!」


 が、看護師が撃つより速く、高嶺が俺に右ストレートを喰らわせた。メキメキと音がするけど、これは俺の頬骨が砕けている音ですね。どうもありがとうございます。


「待て、撃つでない宮間くん。射殺しては勿体無い。すぐに手術じゃ儲かるぞい」

「なるほど、流石です先生。すぐに準備致します」


 吹っ飛ぶ俺をどこから出したのか分からないストレッチャーで受け止めた看護師は、そのまま手術室へと走り出した。


 この後、俺が職務に復帰したのは、2ヶ月経ってからだった。手術と入院とリハビリで、俺が支払った医療実費は34万円。ボーナスがますます楽しみになる事件である。


「はあ。でも、ま、これで本気を出すしかなくなった。やるか。俺が、高嶺を! No.1アイドルにしてみせる!」


 アルバイト感覚で始めたプロデューサーだったが、俺は決意を新たにした。ドルオタってのは、アイドルを応援してナンボだぜ!


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