第3話「高嶺ハナは死んでしまった!」
「う……む?」
「あ。気が付きましたか、准尉?」
私が目を開けると、知らない天井から見下ろす遠山真也の笑顔があった。こいつの笑顔は蛍光灯より眩しい。
「ここは?」
私はむくりと上体を起こして周囲を見渡す。無機質な白いベッドとそれを囲む仕切りカーテン。病室だな。という事は、自衛隊富士病院か。遠山は私のベッド脇にあるパイプ椅子に座って看護してくれていたようだ。
「は。討伐戦を終えて特戦区から退場したところ、入り口付近の山道で倒れていた准尉を発見したので、俺がここへ運び込みました」
遠山の最新型アーマースーツはところどころ泥をかぶっていたが、損傷らしきものが無い。今回も危なげなく戦闘を乗り切った、という事だろう。
「そうか。手間をかけさせてすまない。ありがとう。で、討伐戦が終わったと言うことは、高嶺三曹もここにいるのか?」
あの野郎、俺の直属の部下のくせに、遠山にこんな作業をさせたのか。しかも遠山だって階級は上なのに。
「あ、いえ……、ハナは……」
「どうした?」
言い淀む遠山に、俺は胸騒ぎを感じた。まさか……、まさか!
「はっ、その、ハナ、いえ、高嶺三曹は、此度の討伐戦に於いて奮闘するも……、甲斐無く、せ……、戦死……戦死! 致しましたっ!」
「なっ、に……!」
くっ、と顔を伏せる遠山は、俺と目を合わせなかった。
「……そうか。では、あいつは今頃」
「はい。【プラント】にいるでしょう」
プラントとは、特戦隊員専用の医療施設だ。この自衛隊富士病院の地下深くにある。
「分かった。お前も疲れているだろう。もう休め」
「はっ。ありがとうございます。失礼致します」
遠山は一礼すると、カーテンをしゃっと引き開けて立ち去った。そのカーテンを閉める瞬間、他のベッドも目に入ったが、この部屋に寝ているのはどうやら私だけらしい。
「戦死した、か」
私はころんと再びベッドに寝転んだ。
「何が、私は死なないよ、だ。あの野郎」
高嶺のキメ顔が脳裏に浮かぶ。途端にぶわっと気持ちが溢れ出た。
「戦死した。死んだ……、高嶺め、死にやがった……」
ここには誰もいない。叫び出したい衝動を抑える必要は無かった。
「ぎゃーっはっはっは! あの野郎、死によったわ! ひぃーっ、やあっほぉあーーーっ!!!」
気ん持ちいいーい! サイコー! こんなに嬉しい事あんのお! もうベッドの上だけど飛び跳ねちゃお! ベッド壊れてもいいわもう! だってサイコーなんだもん!!
「だから言ったのによお! 普通は防御から固めるって! なのに、あいつ、俺の言う事なんか全然無視してソニックナックルブレイカーなんか申請すんだもん! そりゃこうなるわ! そして俺の読み通り! ひーっひっひっひぃーっ!」
お腹痛い。こんなに目論見通りになるなんて! あいつがアホで本当に良かった!
「死ーんーだっ! あそれ、死ーんーだっ!」
まあ普通は部下の死って悲しむもんだし、他の特戦隊員プロデューサーたちだってこんなにあからさまに喜んだりしないけどさ。喜ぶ理由が無いやつは泣いちゃったりもするけどさ。
俺の場合、あいつには一回死んでもらわないといけなかったからな! これでこれまでのマイナスは全部チャラ! 俺のボーナスお帰りなさい! 俺の推し活もお帰りなさい!
担当のアーミーアイドルが戦死した時、それまでのプロデューサーの実績は全てリセットされるのだ! プラスのもマイナスのも、全部! こんなに素敵な制度ある? いやない!
「ぬおおおおおおお!!!!!」
「うわああああああ!!!!!」
踊り狂っていたら、突如何者かがカーテンを引き裂いて乱入してきた。誰!?
「何を大喜びして踊っとるんか、きさーん!!」
「た、高嶺ぇ!」
それは高嶺ハナだった。病院着で腕に点滴刺したままの高嶺は、胸やら足やらはだけて出てた。ので色々と丸見えだった。
「なにーっ! お前、死んだんだろ! なんでこんなに早く回復してんの!?」
あり得ねえ! 普通の特戦隊員なら、一度死ぬと復帰に一週間はかかるんだぞ! お前、さっき死んだばっかだろ!
「いいでしょうが、別に! 私の担当プロデューサーなら喜べよ! ほら踊れえ!」
「ぎゃああああああ! やめろお!」
高嶺は俺の手足を掴んでめちゃくちゃに振り回した。ほげええええ吐く吐く吐くう!
「うわああああん! また蘇生装置使っちゃったよおおお! これで私の借金いくらになったのおおおお! もう体売っても追いつかないよおおおお!」
「ぶべらっ! ぶほえ! ぐべえっ!」
泣き喚き、俺を何度もベッドに叩きつける高嶺は、もはや錯乱状態だ。て、待て待て! お前、もしかして春を売ってんの!?
そこへ、NEWチャレンジャーが現れた!
「やかましいぞ貴様らあ! 打て、宮間くん!」
「はい先生」
美人看護師を伴って現れたのは、迷彩の白衣を着た医者だった。着いてきたミニスカ迷彩ナース服の看護師が、銃口を俺たちに向けている!
「ぎゃああああ!」
「いたーーーっ!」
バスンバスンと濁った発射音が2つして、俺と高嶺にブスリと針が突き刺さる。麻酔銃ですね。
「あ、あああー……」
力が抜ける。
「ふにゃー」
「げふっ」
俺がベッドに倒れると、もはやほぼ裸になった高嶺も、覆いかぶさるように倒れてきた。
「やれやれ。これも利用料金に追加じゃな」
「はい先生。しっかり請求書は回します」
医者と看護師がにやりと微笑む。これもやつらの成績になるわけだ。
「それにしてもゲスいやつじゃ」
「はい先生。担当アイドルが死んで大喜びした上に小踊りまでしているプロデューサーなんて初めて見ました。ゲスいです」
言われてしまった。確かにゲスいが、これがありのままの俺なんだし、将来の彼女はきっと優しく受け容れてくれるはず。ないかな?
「すると、今回はハナちゃんが蘇生装置使用で、麻酔が追加。ハナちゃん、頭以外全部無くなってたからの。ざっと一億円は下らんな」
「はい先生。保険が適用されますが、自衛隊価格でも実費はニ千万円くらいでしょう」
「あ、悪魔どもめっ……」
俺は薬の効きが悪い。なので、まだ喋れる。
「んん? 悪魔とは人聞きの悪い。超法規的最先端医療なんじゃから、これくらい当然じゃろ? ガンでもフルコンボだとこれくらいはかかるでのう」
「はい先生。良心価格だと思います。頭以外全再生、しかも何の後遺障害も残りません。むしろ安すぎるくらいです。なので、准尉にもハナさんにも感謝して欲しいものです。適正価格にすれば先生も私もとっくに世界長者番付に載っているところ、我慢しているんですからね」
いやいや、どんだけ稼いでんだよ。そんなん聞いたらますます感謝する気なんか無くなるわ。
陸上自衛隊特務戦隊内、超常外来生物専門対策隊の隊員は、こうして死んでも体組織一つあれば生き返る。そんな特殊性を持つ強化人間たちしかなれないのだ。
しかし、なぜ、強化人間になったのか? 強化人間がどう作られるのかは、俺も知らない……。
「ところで先生。良く考えたら暴れていたのはハナさんだけでしたけど、准尉まで打つ必要があったのでしょうか?」
「ん? ああ、そうか。じゃがまあええじゃろ。その分請求出来るわけじゃし」
「さすがは先生。ご明晰でございます」
お前らなあ。すうすうと寝息を立てる高嶺の胸に顔が埋もれてしまっている俺は、もはや突っ込む気力も無かった。
……しかしでけえな。
しかし遠山のあの様子から察するに、状況終了からそんなに時間は経ってないだろう。なら、間に合うか。
「なあ先生、討伐戦の放送はもう終わったか?」
「うお。准尉、あの麻酔が効かんのか?」
「まあね。おかげで手術なんかすると地獄を見る」
「ゾッとしますね。ああ、放送はこれからです」
「そうか。ありがとう」
私は死体のように重くなった高嶺を隣のベッドにそっと寝かせた。ついでにちょっと胸を揉む。お駄賃だ。
「この病室のテレビなら、自衛隊員向けチャンネルも観られるぞい。観るかの?」
「もちろんだ」
討伐戦は国営放送で一般放送される。一般放送向けには、いろいろと編集がかけられる。一般人からすると、かなりショッキングなシーンもあるからだ。
これによりアーミーアイドルたちはファンを得る。一生懸命、必死で戦っている彼ら彼女らを、応援したくさせるのだ。そして資金を得て、装備を調え、また戦う。これが日本を救うアーミーアイドルの活動だ。
対して、我々への映像は基本的に無編集。研究対策資料としても活用するからだ。だから、特に直接アーミーアイドルたちの指揮を執るプロデューサーは観なければならない。
「観ない方が良いと思うがの」
テレビのリモコンを手にした私に、去り際の医者が呟いた。
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