第2話「高嶺ハナは上機嫌!」

 どんなお笑い芸人でも成しえなかったであろう高嶺ハナ無観客コンサートを終えた3日後、我々は戦地へと向かうコウキに揺られていた。コウキとはトヨタメガクルーザーをベースとした自衛隊仕様高機動車の事である。


 私と高嶺ハナ三曹は、その車の後部座席に並んで座り、山道の一本道、がたがたと震える車の中、やがて見えてくる”特戦区”での戦いに備えていた。


「ひゃっはー! おい運転士、特戦区はまだなのかあ! ふわーっはっはっは! 腕が鳴る鳴る法隆寺ってねえー!」


 うるせえ。あのコンサートの時は土気色でゾンビみたいな顔してたくせしやがって。ずっとこんなハイテンションのやつの隣にいるの、本当に鬱陶しいんですけど。


「は。あとフタマルほどで到着します」


 運転をしてくれている隊員は、それでも高嶺の相手をちゃんとする。こんなアホ丸出しなやつでも、一応階級が上だからなあ。軍隊ってやだなあ。


「フタマルぅ? なんだそれ、20時間かあ? それとも20秒なのかあ? あー?」

「……20分であります」

「ならそう言えよおー、もー、なんだよ自衛隊みたいな言葉使ってさー。て、自衛隊じゃーん! あひゃひゃひゃひゃ!」


 殴りてえ。こいつ、上官権限で殴りてえ。でもこいつ、絶対に殴り返してくるだろうな。そして死ぬ。我慢だ。


 なぜここまで高嶺がハイテンションなのか? 死を前にして自暴自棄になったのか? いいや、残念ながらそうではない。


 コンサートで大失敗した以上、ろくな装備が揃えられない事が確定したこいつは、今回の討伐戦で確実に死ぬはずだった。


 のだが。


「なんですかあ、准尉もお、さっきからずっとダンマリでえ。私の隣で、照れちゃってるんですかあ、もしかして? プフー」


 こんの野郎。ライオットスタンシーバーで黙らせてやろうか。と、いかんいかん。俺も大人だ。こんな事で非常時用の緊急システムを使用するわけにはいかない。ボーナスの査定にも響くかもだし。


「ははは。上機嫌じゃあないか、高嶺三曹。何かいい事でもあったのかい?」


 まあ理由は分かっているが。ひくつく笑顔を誤魔化しながらだと、こういう台詞の方が言いやすい。


「あー、それ、なんとかってアニメに出てくる、忍野なんたらとかいうキャラの真似ですかあ? 似てない! やり直し!」

「はっはっは。ダメ出しされてしまったか」


 クッソイライラする! そして、なんで貴様はそんなアニメキャラを知っているんだ?


「へっへっへー! まあいいでしょう。私は准尉の仰る通り、上機嫌なのですから! その理由はー? じゃじゃーん!」


 高嶺は小芝居を打ちながら私の眼前へ両手に嵌めた真紅のグローブを突き出した。


「これこそ特務戦隊員垂涎の逸品! ソニックナックルブレイカー! これさえあれば、あの意味不明な怪物どもなんか秒殺なのです!」


 鼻息荒くドヤる高嶺。いやもうそんなん知ってるわ。俺が申請してんだよそれの支給。知ってるやろお前も。


「素晴らしいですね高嶺三曹! 自分、期待しております!」


 が、運転士はそんなの知らん。ただただ純粋に感動している。ああ、いい。心が洗われるようだ。


 ソニックナックルブレイカー。超振動によって敵を分子から分解破壊する接近戦用武装だ。理論上、これで破壊出来ない物は無いらしい。確かに優秀な武器ではあるが。


「だが高嶺。お前、申請したのはそれだけ、と言うか、それしか無い。その武器により、お前の攻撃力はトップクラスにはなったが、防御はどうするつもりなんだ?」


 ソニックナックルブレイカーの自衛隊卸価格は相当高い。現在制式採用されている20式5.56mm小銃が、余裕でダース買い出来るくらいに。普通の特務戦隊員は、ファンからの推し活で得た貴重な原資を、まずは防御系装備に回す。


 答えは簡単、それが生存率に直結するからだ。撃墜数より帰還率を優先するのは、優秀な兵士の損耗を抑える戦争の定石でもある。


 なのに、高嶺の防御装備は初期支給品のアサルトスーツと申し訳程度のプロテクターだけだ。体にぴったりフィットするこのアサルトスーツ、ちょっとエッチなんだよなあ。これでファンを増やしたって隊員もいるけれども。


「ちっちっち。准尉は戦闘指揮を執るコマンダーのくせに、戦いのこと、ちっとも分かっていませんね」

「なんだと?」


 こんなアホに士官たるこの俺が分かっていないなんて言われるの、マジでムカつく。しかし、なんだその目の輝きは? こいつ、まさか!


「攻撃は最大の防御なんですよ! 士官学校で習わなかったんですか、准尉は? ププーッ!」


 ひょっとして凄い戦略を持っているのかと一瞬でも思った俺がアホだった。こいつは凄えバカだった。あいつらの攻撃、アーマースーツ無しで当たったら死ぬって分かってないんじゃないのかコイツ!


「なるほど、当たらなければどうという事は無いってやつですね! さすがは特務戦隊であります!」

「そうそう! キミぃ、分かってるね! 将来は将軍間違い無しだよお!」

「そうでありますか! 光栄であります!」

「いや、日本に将軍なんかいないから」


 こいつら本当に自衛隊員なのかよ。もしかして鎌倉時代とかから来たのかな? 


 そして、高嶺がもし本当にそう思っているのなら、いくらなんでも敵を舐め過ぎている。やつらの攻撃をかわし切った隊員など、今まで一人もいないんだぞ、高嶺……。


「それにしても、良くそんな装備が手に入ったでありますね? 自分、それはかなりの高額装備だと聞き及んでおりますが」


 と思ったら、こいつ、ただの運転士のくせに意外な知識を持ってやがるな。特務戦隊の内情は、機密扱いのはずなのだが。情報漏洩か? 確かめねばなるまい。


「きみ。その情報は、どこで?」

「あ、はい」


 少し凄むと、運転士は抵抗無く教えてくれた。その、衝撃の事実を。


「これであります」

「は? はあああああああ!!!!」


 運転士が胸ポケットから出したスマホの画面には、高嶺のXterポストが表示されていた。Xterとは、超巨大短文SNSなのだが、そこには満面の笑みでソニックナックルブレイカーを抱き締めた高嶺ハナが写っており、


『買っちゃったー! 最新型のソニックナックルブレイカー! お値段なんと、400まんえーん!』


 と、書かれていた。


「お、おま、これ……」


 震える指で画面を指差しながら、高嶺を見遣る。この運転士がスマホ持ってるのも、運転しながらスマホ操作するのも問題だが、それはひとまず置いとこう。


「あ、やだー、キミ、私のフォロワーさんだったの? へへー、どうですか、准尉! 私、こうして日々推しの子たちを殖やす為、陰で頑張ってるんですよ!」

「はい! 高嶺三曹は、特務戦隊唯一のXter利用者なので、皆フォローしております! この投稿はかなりバズっておりまして、自分も嬉しく思っているのであります!」

「バズってんのかコレ!!!!!」


 これは俺の監督責任も問われるな。ボーナス査定どころじゃねえ。


「いやホント、凄い太客さんがついてくれたみたいでえ。このソニックナックルブレイカーも、その人の投げ銭で買えたのだー」

「良かったでありますね! この前の無観客ポストで、自分、もうダメだと思っておりました!」

「やっぱり? 実は私もー」

「やっぱりでありますか! はははははは!」

「あはははははは!」

「あ、特戦区が見えたであります! もう到着であります!」

「良し、そのまま突っ込め」


 俺は指揮官だ。下士官は俺に従う義務がある。


「は? いや、自分は特務戦隊員ではありませんが」

「何を言ってるの、准尉? ハゲたの?」

「ハゲは関係ない。お前全国のハゲ散らかした人たちに怒られるぞ」

「私、そこまでは言ってない!」

「では車をここで止めるであります」

「いや突っ込め。聞こえんのか貴様!」

「いやいや死ぬ気でありますか!? 自分たちが特戦区に突入したら、秒であの世行きでありますよ!」

「それがいいんだ」


 そんなのは分かっている。


「は?」

「へ?」


 何、お前らのそのアホ面。ムカつくわー。


「もうダメだ。俺は終わった。俺の華々しい自衛官キャリアは、もうお終いなんだ! そして、俺の推し活も! ならいっそ、お前たちも道連れに死んでやる!」

「えー! 自分、何かしたのでありますか!」

「ちょ、ちょっと准尉、落ち着いて! なんで終わるの! これ? これなの? なによ、たかだかポストの一つや二つで! こんなんで終わるわけないじゃない!」

「おーわーるーわっ! こんなに特務戦隊員の情報漏らしてるやつ、上がほっとくわけねぇだろが! そしたらボーナス無しどころか減給3ヶ月で降格とかもあり得るわ! どーすんだよコレえ! したら推しのCDもポスターもカレンダーも買えんやろがい! コレが終わりじゃなくてなんなん! なあ、なんなんだっつーんだよおおおお!!」

「ちょ、暴れないで! 落ち着いて!」

「うおわあああ! 自分、逃げるであります! あとは頼むであります!」

「あ、ちょっとお! 待って待って! こんな目のイッちゃってる人と二人で置いてかないでえ!」

「うおおおおおお行くぞ高嶺え! 俺は死ぬ! お前と一緒に死んでやるう!」

「心中か! いやよ、なんで私が准尉なんかと心中しなくちゃなんないの!」

「なんで、だと?」


 言われてみればその通りだな。なんか急に冷静になってしまった。あれ? なに、この気持ち。なんかガッカリ? してるのか?


「私は、死なないよ」


 高嶺は、俺の目をまっすぐに見つめた。不覚にも、心臓が少し跳ね上がる。


「高嶺……」


 そうだ。こいつには、負けられない理由がある。俺は、それを知っている。だから、こいつのプロデューサーになったのだ。


「准尉はそこにいて。じゃあ、またね」

「ぐっ」


 突然目の前が暗くなった。高嶺、……っ、おま、俺に首筋トンをっ……。なんてやつだ、上官を、平気で、気絶、させ、やが……。


「また、かよ……」


 3日前にもやられたのに。まあ、あれはボディだったけど。


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