第3話 奪われた萌えキャラ缶ペンケース。

学校。昼休みも終わろうというその時間。

午後の授業にそなえて教科書を準備する澄雄すみおであったが、教室の中。何やら男女で揉める声がする。


「河合ちゃん。授業をフケて俺らと一緒に一服いこうぜ?」

「いいね。んじゃその後、ディスコでゴーゴーとかどう?」

「うひひ。俺ら顔が利くから奢ってやるぜ」


新学期でクラス替えのあったばかり。親睦を深めようというのか、クラスで2番目に可愛いといわれる河合さんに声かけるヤンキー男子3人組。それに対して。


「君たち。よしたまえ」

「河合さんが嫌がっているじゃないか」

「ディスコは君たちだけで行きたまえ」


河合さんに良い所を見せるべくクラスの男子たちが制止するが……


「ああん? 誰よお前ら?」

「俺ら3人とも親父は議員なんよ。分かるやろ?」

「分かったら雑魚は引っこんでろや!」


相手は校内でも有名なヤンキー男子3人組。さらには3人ともに親が議員というのだから一介のクラスメイトに制止できるはずもない。すごすごと退散するしかないクラス男子であるが……


それは澄雄すみおも同様。よりによって将来の決まる3年生の今、何故にあのようなヤンキー男子3人組と同じクラスになったのか? 嘆いても仕方なく、目を付けられないよう自分の座席で黙々と授業の準備をする澄雄すみおであった。


「えーと。もう授業が始まるし席に戻るね?」 


そんな中。ヤンキー男子の声かけを断り自分の席に戻る河合さん。


だが、間もなく授業のベルが鳴る時間にも、ヤンキー男子は河合さんを追いかけその座席を取り囲んでいた。


大した性欲。獲物を逃がさないというその執念は尊敬すべきものであるが……しかしながら場所が悪い。


河合さんの座席は澄雄すみおの前。つまりは澄雄すみおの周囲にヤンキー男子3人組が集まったその結果。


「おいおい! こいつキッモい筆箱使ってやがるぜ!」

「マジかよ? アニメキャラの筆箱って、おめー小学生かよ?」


運悪くヤンキー男子の1人が澄雄すみおの机の上。フェアリンの鎮座する缶ペンケースに目を付けていた。


ヤンキー男子に自分の腰かける缶ペンケースを指さされ、あわあわ慌てるフェアリンの姿。その様子にフェアリンまとめて机にしまうべく手を伸ばす澄雄すみおであったが、それより早く。ヤンキーが1人、缶ペンケースを取り上げ持ち上げた。


「おいおい。萌えキャラが描かれてるやん?」

「マジかよ? こいつキモオタ弱者男性やん」


澄雄すみおはTPOをわきまえる人間。高校生にもなって萌えキャラ缶ペンケースが歓迎されないことは分かっているため、従来は他人に見られないよう机にしまっていたわけだが……


どういう理屈かフェアリンと缶ペンケースは一心同体。離れることを嫌がるフェアリンのため。授業を楽しみにするフェアリンのため、机の上に出すようしていたことが仇になったというわけで……


「きっめええええええ!」

「キモすぎてキモすぎる」


言い返すことも出来ないその事実。黙って嵐が過ぎ去るのを待つしかない澄雄すみおに対して、勇敢にもヤンキー男子に飛びつくフェアリンの姿。


フェアリンにとって缶ペンケースは自分の住居。ゲラゲラと自分の住居を馬鹿にするヤンキー男子の腕にまとわりつき、取り返そうとするが。


「なんや? ハエか何かおるんか?」


バシーン


ヤンキー男子の振るう腕に払われ、吹き飛び地面に落ちるフェアリンの姿。


もちろんフェアリンの姿が見えるのは澄雄すみおだけ。ヤンキー男子とて狙って払い落とした訳ではないだろうが、人間と美少女妖精の体格差。地面に落ちたフェアリンはピクリとも動かない。


ガターン。それを見た澄雄すみおは反射的に席を立ちあがる。


「ああん? なんや?」

「キモオタがやんのか? こら?」


(ぐぬぬ。やれるものならやりたいが……)


席を立つ澄雄すみおはヤンキー男子と目を合わせないよう俯き、こそこそ床に落ちるフェアリンの元へ。その身体を拾い上げると静かに座席へ戻り座り直す。フェアリンの姿が見えないヤンキー男子には意味不明なその行動。


「きっも。何? 今の動き?」

「やっぱりキモオタだわ」

「キモすぎてキモすぎる」


澄雄すみおは草食動物たるキモオタ弱者男性。肉食動物であるヤンキー学生に歯向かうような自殺行為。出来るはずがないのであった。


そんな折。鳴り響くチャイムの音。

午後の授業開始を告げる音にヤンキー男子たちも河合さんへのナンパを諦めたのか、ようやく自分の席へ戻って行くが……


「おめーのキモオタ筆箱。俺が使ってやっからよお」

「マジックで髭でも書き足してやろうぜ」


その手に澄雄すみおの缶ペンケースを持ったままであった。


澄雄すみおの机に横たわるフェアリンの姿。外傷は見当たらないが、グッタリ。身動きのないその姿。傷つき苦しそうな今こそ自宅となる萌えキャラ缶ペンケースに入れて休ませるべきであるというのに……


ガラガラ。扉の開く音と共に、先生が入室。


「きりーつ。礼。ちゃくせきー」


午後の授業の始まりであった。


「おう。お前ら。何か騒がしかったみたいだが、暴れてないだろうな?」


午後1の授業は生活指導を担当する強面こわもて先生。令和になった今も竹刀を持ち歩くその姿。いまだに昭和のコンプライアンスで動くと言われ、生徒たちから恐れられている。


だからだろう。ヤンキー男子が河合さんへのナンパを取りやめ、大人しく自分の席へ戻ったのも。となれば──


クラス全員が緊張したように座席に座る中。ガタリ。突然に座席を立ち上がる生徒が1人。


「なんだお前? 用瀬 澄雄ようせ すみおか? 急に立ち上がってどうした?」


強面こわもて先生の注意にも構わず、澄雄すみおは歩き出す。


弱者男性たる澄雄すみおは草食動物。

だが、草食動物であっても怒り戦う時が存在するという。


例えば、自分が肉食動物に襲われ食べられそうな時。

例えば、巣穴に侵入する相手を威嚇し追い返す時。

そして、仲間や子供。自分の大切な存在が攻撃されたその時である。


いつの間にか澄雄すみおの缶ペンケースに住みついたフェアリン。


他の誰も見ることの出来ない。澄雄すみおだけに見える魔法妖精がフェアリン。つまりはイマジナリーフレンド。想像上の友人にして空想の遊び友達。他人に話そうものなら馬鹿にされるだけの存在がフェアリンである。


それでもこの数日。例え幻だとしても。澄雄すみおの脳内だけの記憶としても……


澄雄すみおとフェアリン。2人一緒に勉強したことは事実であり、2人一緒に過ごした時間もまた本物である。であるなら……


澄雄すみおは無言のままにヤンキー男子の席まで歩き進む。


席に座り萌えキャラ缶ペンケースを手に澄雄すみおを見上げるヤンキー男子のその姿。


「ああん? なんやテメー?」


ドカン


パンチ1発。澄雄すみおはヤンキー男子を殴りつけた。


「てんめー! キモオタが何しやがるんじゃワレ!」


悲しいかな。草食動物たる澄雄すみおのパンチ。

不意を突いたにもヤンキー男子を昏倒させるに至らず。


立ち上がるヤンキー男子は、ぶっ殺さんばかりの膂力で澄雄すみおを殴り返していた。


倒れる澄雄すみおの身体。残る2人のヤンキー男子が集まり蹴り飛ばす。最後には澄雄すみおの襟首をつかみ持ち上げるヤンキー男子。肉食動物たるその腕力が澄雄すみおの柔な首筋を締め付け呼吸の止まるその寸前。


「おらあ! お前ら止めねーか! それ以上やると死ぬだろうが!」


強面こわもて先生の一喝。

持ち上げ襟首を締め付けるヤンキー男子の手首を。蹴り飛ばす2人の足先を竹刀で打ち付け、制止する。


その衝撃にヤンキー男子の拘束から解放される澄雄すみおの喉は、空気をむさぼるように吸い込み息を吹き返していた。


「げほっ。ごほっ……」


傷む喉を押さえる澄雄すみおは缶ペンケースをつかみ取ると、自分の席まで逃げるように持ち帰る。


「用瀬。お前どういうつもりだ? なんでいきなりヤンキー男子を殴った?」


強面こわもて先生の問いかけにも、まずは缶ペンケースの蓋を開けフェアリンを入れて休ませる澄雄すみお。その後、ようやく強面こわもて先生へと向き直る。


「先生すみません。ですが、僕は取られた自分の缶ペンケースを取り返しただけです。筆記具がないと先生の授業を受けることが出来ませんから」


澄雄すみおを睨みつける強面こわもて先生の目。生活指導を担当するだけあって、生徒を殴ることに何のためらいもない昭和の目つき。もしも騙し嘘をつこうものなら病院送りは間違いないだろう。


だからこそ、それが良い。


ヤンキー男子から取り返した萌えキャラ缶ペンケース。澄雄すみお強面こわもて先生に見せるよう掲げて見せる。


「なんだその筆箱は? 確かさっきヤンキーが持っていた……」


澄雄すみおの掲げる萌えキャラ缶ペンケース。キモオタとヤンキー。どちらの持ち物に相応しいかと問われれば、断然キモオタ澄雄すみおの方である。


「てことは何だ? ヤンキーどもがお前の筆箱を盗ったってことか? で、お前はそれを取り返しただけと?」


澄雄すみおの言葉に一転。強面こわもて先生はヤンキー男子3人を睨みつける。


「んなっ?! てめー!」

「キモオタが童貞のくせに適当ぶっこいてんじゃねーぞ!」

「先公へ告げ口したらどうなるか、分かってるやろうな!」


強面こわもて先生を相手にするのは不利と考えたか、ヤンキー男子3人は澄雄すみおを黙らせるべく大声を上げるが。


「おい! 用瀬が童貞だろうが今は関係ねえだろうが! お前らが先にちょっかいをかけたのかって聞いてんだろうが? ああん?」


強面こわもて先生が竹刀でバシリ床を打つ音。先程打たれた痛みを思いだしたのか、ヤンキー男子たちはたじろいでいた。


「そんなん。筆箱が誰の物とかどうでもええやん?」

「大事なんはワイらの親父が議員ちゅーことや」

「PTAが教育委員会でマスコミや。先生も分かるやろ?」


続くヤンキー男子たちの言葉に。バシーン。強面こわもて先生の竹刀が、問答無用にヤンキー男子3人の身体を打っていた。


「いってえええ!」

「せ、先生! 生徒で議員の息子に手え出すとか」

「令和の今、どうなるか分かってるんか?!」


例えどのような理由があろうとも体罰厳禁となる令和の学校において、今も昭和の学校に生きるのが強面こわもて先生。


「お前ら、俺を馬鹿にしてるんか? お前らが用瀬の筆箱を盗ることと、令和や親が議員が何の関係があるんや?」


バシーン。再度、身体を打ち付ける竹刀の痛みにヤンキー3人組は悲鳴の後、黙り込む。


午後一の授業が強面こわもて先生の授業で助かったというもの。これが他の先生であればヤンキー男子の暴力と父親議員の権力。逆らえるはずもなく丸め込まれていただろう。


「まあええ。ヤンキー3人と用瀬。お前らは俺と来い。指導室で詳しく事情を聞かせてもらおうやないか」


その後。指導室で事の経緯を説明。渋々ながらも謝り頭を下げるヤンキー3人組の姿をもって、事件は終息。


強面こわもて先生の前、ヤンキーたちと澄雄すみおはガッチリ仲直りの握手。こうして喧嘩の後に友情が生まれ、めでたしめでたしとなったわけだが……


その日の放課後。自宅への帰路を歩く澄雄すみおの前に立ちはだかるヤンキー3人組の姿があった。

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