第52話 『絵にし辛いお話』 その1

第3話でトーさんが絵にし辛いと言っていた物語の導入部です。





『……………行っちゃったね。』

『……………そうね、行っちゃったね。』


私達二人に名前を付けられたのは、最近の事だった。

今から百年近く前に、今去っていった少年少女の高祖母が、私達を拾ってくれた。

漬物石として、だった。

役目を果たし終える度に、これでもかと言う程にキレイに洗われ磨かれ話し掛けられ。


『今日もホントにご苦労さん。乾いたらまた、重石になって美味しい漬物漬けるお手伝いお願いなぁ。』


……………お願いされたからには、期待に応えなければ。


私達『二人』に、自我が芽生えた、瞬間だった。


漬物の中に現れる、悪さをする小さな小さなモノを退治して。

漬物を美味しくするモノ達を、家中のあらゆる場所から集まらせて。


『今年は野菜の出来がわるくてのぉ。』


婆ちゃんが嘆けば、樽の中に並べられた野菜達に『付与』を付けて。


『すまんのう、怪我してしもうて。』


暫く休むと私達に語りかけてくれれば、婆ちゃんに加護を掛けて。

この時のように、婆ちゃんに何かあれば私達の存在意義に関わる。

婆ちゃんだけでなく、家族にも加護を掛けなくては。


加護掛けに足りなかった力を、漬物作りの度に重ね掛けられて。

気が付けば、集落全体に、加護が掛かる様になっていた。


いつしか衰えた婆ちゃんが、玄孫二人の手を借りるようになり。

その玄孫達は、私達二人に、『ルルとララ』と名付けて語り掛けるようになり。

婆ちゃんが語り掛けながら漬けていたから、擬人化したのだろうか。


『……………震災も、戦災も、災害も、無縁じゃったのぉ。幸せだったかと問われれば、そうなのかなとは思わなくもないがのぉ。』


私達二人の加護掛けも及ばす、そう言って、親族たちに見守られながら静かに息を引き取った、婆ちゃん。


そんな一時も、私達二人は、漬物樽の上で見ていた。








「……………ん〜、よいしょっと!」


自転車の荷台から、少年には少し文字通り荷が重い大き目の石と、それより少しだけ小さ目の石を抱えて降ろす。

ホントなら、少年が持てるような重さではないのだけれど。

付き添ってきた少女が、同じく荷台に縛り付けてきた台車を解いて降ろして、少年がその上に二つの石をそっと降ろす。


「……………はいっ、準備出来たわよ。でも、ホントにいいの?」


「ああ、婆ちゃんの遺言だからな。ここで拾ってきたから、役目を終えたら元に戻して欲しいって事だったし。」


昨年亡くなった婆ちゃんが、直売所や道の駅に卸していた漬物を漬け続けていた、子どもには一抱えもありそうな漬物石。

ただの石にしては、何となく存在感のある石だった。

婆ちゃんが僕らと同じ年頃から使い続けた、使っては洗い、磨き、また漬ける。

婆ちゃん曰く、磨きすぎて拾った時よりも一回り小さくなったと言っていたっけ。


百歳過ぎても、間際まで漬物を作り続けて。

婆ちゃんの孫である叔母が跡を継ぐことになっていたけど、なんとか法改正とやらで自家製の漬物が簡単には卸せなくなって。

家族会議の結果、設備を整えて続けるには割に合わないと廃業を決めて。

常連さんや各店の贔屓のお客様には惜しまれたけど、同じ理由で廃業する農家や副業の人達もたくさんいたので大きなトラブルは、無かった。


「……………ん〜、これで、いいかな?」


婆ちゃんに聞いていた、拾った、場所。

目印の橋と、シンボルにもなっている大木。

水際に、そっと、下ろす。

大木は、婆ちゃんがこの子達を拾ったときには、植えられたばかりだったそうだけど。


「ん、ホントに、いいのかな?」


「婆ちゃんの、お願いだからな。」


「……………そうね、『二人共』、長い間、ありがとうね!」


僕ら二人は、婆ちゃんを手伝ううちに、この二つの漬物石に名前を付けて声をかけ続けて。

婆ちゃんの遺言とはいえ、寂しさがこみ上げてくる。


「次も、良い人に拾われるんだぞ?」


そう言いながら、二人は漬物石を置いた隣にある淡く光る小石をいくつか無意識のうちに拾ってポケットに入れていた。


何度も振り返りながら、土手を登って帰路につく少年少女。


二人が二つの漬物石の『視界』から去る寸前に、強く光ったのを目にした者は、いなかった。









『ねえ、ララ、これから、どうするの?』

『どうも、しないわ。待つのよ。また拾われる日を。』

『……………拾って、もらえる、のかなぁ?』

『……………それでも、待つのよ。』

『待てるのか、なぁ?』

『……………それでも、ね。』

『そうね、待ちましょう。』

『あの二人に、更なる加護を。』


精一杯の力を二人で合わせて、去っていく少年少女に最上位の加護を授けて。


『ルルとララ』は、暫しの眠りについた。








『……………ねえ、見える?』

『うん、あれは、不味いかも。』


私達二人が、元いた場所に帰されてから数年後。

世間の喧騒から無縁の村の中でも、大騒ぎになっていた。

某国の高地にある天文台が観測した小惑星が、地球への衝突コースを辿っていると発表した。

大量破壊兵器を持つ全ての国や地域が有りったけの全てを巨大小惑星に叩きつけても破壊したりコースを変えることも出来ずに、日に日に視界を塞ぐ程に大きくなっていく小惑星に人々は恐怖しながらその日を迎えた。

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