満月の奇跡
ふさふさしっぽ
本文
※ 残酷描写があります。ご注意ください。
満月の晩、路地裏で、二匹の野良猫が静かに息絶えようとしていた。
二匹は親子でも兄弟でもなかったが、同じ境遇にあった。
「体が動かない。苦しい……」
一匹が冷たいコンクリートに横たわりながら喘ぐ。病気を患わっていた。
「お腹すいた……」
車に当たり、怪我をした後ろ足を引きずりながら、もう一匹も力尽きたように崩れ落ちる。
「誰か助けて……」
二匹の声を、満月が聞いていたのだろうか。その光が、二匹に降り注ぐ。そして。
二匹は二人の人間となっていた。
「僕たち、人間になってる」
「信じられない……奇跡だよ。しかも私の足、治ってる」
「僕もだ。苦しくない」
二人は喜ぶのもそこそこに、頷き合うと、一軒の家を目指した。
目指す家は、決まっている。
その家は、コンパクトな新築の一軒家だった。小さな庭に置かれた椅子に、若い男女が肩を寄せて空を見上げている。
猫から人間になった二人は、静かに庭に近づいた。庭に囲いはなく、なんなく若い男女に話しかけることが出来る。
「こんばんは」
猫の一人がそう言うと、男女の男の方が、少し警戒した動作を見せたが、もう一人の猫が「私たち、道を尋ねたいんですけど……」と微笑むと、警戒を緩めた。
「どうして空を見上げているんですか」
猫の問いに、若い男女の女の方が「今日はお月見だからですよ。しかも満月。次に中秋の名月が満月になるのは2030年だから……」
饒舌に語りだす。おしゃべりなのは変わっていないな、と猫たちは思う。
一人の猫が道を聞くふりをしているうちに、もう一人の猫が、後ろに隠していた鉄の棒で、若い男を思い切り殴りつけた。
庭に倒れる男を、反撃の隙を与えないように、続けて何度も何度も叩く。
あっけに取られて悲鳴を上げることも忘れた若い女も殴り飛ばす。
「私にもやらせてよ」
もう一人の猫が仰向けに倒れる若い女にまたがり、首を絞めてとどめを刺した。
若い男女は死んだ。
「お月見ってなんだろう?」
ここに来る途中、廃材置き場から調達してきた鉄の棒をその辺に放って、猫が言った。
「さあ。人間のやることはよく分からないよ。あ、食べ物がある」
若い女から離れた猫は、庭の窓から家の中に入り、テーブルの上に置かれた団子を頬張った。
「僕にもちょうだい。お腹空いてたんだ」
もう一人の猫も、軽い足取りで家の中に入った。
「ふふっ。懐かしいね、この家。相変わらずごちゃごちゃしてる」
「新しもの好きだから、僕らのゴシュジンサマは」
「もと、ゴシュジンサマね」
息絶えた二人が転がる庭の方を見ながら、皮肉っぽく、猫が言う。
テーブルの上には団子の他に夕食が用意されていた。
二人の猫はそれらを食べつくし、満腹になった。
「もう思い残すことはない」
「私も。あのままくたばってたら、くやしくて、くやしくて」
新型ウイルスの流行によるペットブーム。
行動制限により自宅で過ごすことが多くなった人々は、新たにペットを買い求めた。
行動制限が解除されると「飼ってみたけど意外に大変」「リモートワークがなくなったから、仕事で飼えない」といった身勝手な理由で里親探しもせず、簡単にペットを捨てる飼い主たちが少なからずいた。
中秋の名月。満月の、月見の日。奇跡は起きた。
月は、猫たちに、復讐の機会を与えてくれた。
そしてもうひとつ、奇跡は起こっていた。
やがて通りがかりの人が庭の惨状を発見し、警察に通報する。
警察がやってくると、そこには何度も殴打されたと見える若い男の死体と、鉄の棒を手にした若い女の絞殺死体があった。鉄の棒はいつの間にか、若い女の手に握られていたのだ。
二人から高いアルコール反応が出たため、警察は、月見をしていて酔った若い男女が口論となり、女が男を鉄の棒で殴り、男は瀕死の状態になりながらも女を絞殺し、力尽きたのだろうと結論づけた。
鉄の棒はどこからきたのか、指紋等はなぜか考慮されなかった。事件はさっさと片付き、近所の住民も犯人が捕まらず怯えて過ごしたりしなくて良かった。なぜかそうなった。
リビングのテーブルには二匹の猫がすやすやと眠っていた。
猫は、二匹一緒に里親の元へ引き取られ、大事にされ、幸せに長生きした。
中秋の名月になると、二匹揃って月を見上げ、月見をしているような、不思議な猫だったという。
終わり。
♦♦♦
お月見の日って、いつも満月なわけじゃないんですね(^▽^;)
この作品を書くにあたり、ネットで調べて初めて知りました。
インターネットって便利☆
満月の奇跡 ふさふさしっぽ @69903
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