第14話
静香が初めて感情を表に出してから数日、万葉と共にこれからどのように動くか考えていた。
「なぜ駄目なのだ、万葉よ、我が鬼じゃからか! 人間ではないから駄目なのか!」
「そうではありません。確かに、それも少々難しくもありますが、私自身は関係ありません」
「では、何が駄目なのだ!」
「まず、段取りがあるでしょう!! お互いの事をもっと知ってから親へのあいさつです! 今回の目的は別なので変なことを言わないでください!!」
「変な事ではないだろう! 静香はもう我の妻なんじゃ、目的は違えど最初の親への印象は大事じゃろう? じゃから我はまず挨拶をしたまでよ。『そなたの娘は我の嫁となった、これからよろしく頼むぞ』と!! 完璧なる挨拶じゃろう」
「最悪のあいさつです!」
静香と万葉は今、静江のいる道標家の一室で言い争っていた。
静江は目を丸くし、何も口に出来ないまま二人のやり取りを見ており、危険だからと雇っていた用心棒も彼女と同じくあほ面をさらしている。
それもそのはず。
静香がいきなり静江に「鬼を紹介したいのですが、お時間いただけますか」と問いかけたため、洗い物をしていた静江は思わずお皿を落としてしまった。
最初はどういう事か、何を言っているのか。色々と静香に聞いていた静江だったが、姿を晦ませていた万葉が我慢の限界というように現れ、案内された部屋の中で現状に至る。
「お、待ちなさい、静香。頭が追い付かないのですが、もう少し細かく報告しなさい」
「あ、はい。万葉ですが、村の恐怖の対象となっていた鬼を燃やすため、祓い屋の仕事をしていた時に出会いました。簡単に返り討ちに合ってしまい、私の仕事は失敗。そう思ったのですが、何故か。本当に何故か、婚約を申し込まれ、今に至ります」
「間を省きすぎです」
「はぁ」と、大きなため息を吐き頭を抱える静江を見て、万葉は笑みを浮かべ静香を抱き寄せた。
「静香の母親よ、我は静香を愛しておる。人間ではなく、鬼という点では不安があるじゃろうが、種族以外は特に人と同じじゃ。もちろん、我らの婚約を許してくれるじゃろう?」
ニコニコと論点がずれている言葉を吐き続ける万葉に、その場にいる三人はまたしても唖然。静香はため息を吐き、静江は眉間を掴み天井を仰いだ。
「…………では、鬼である貴方に質問します」
「なんじゃ?」
「貴方は静香の仕事をご存じかしら」
「祓い屋の件なら知っておるぞ。仕事中に出会ったのじゃからな」
「でしたら、貴方は婿養子となり、これからは道標家のために動いてくださるという事でよろしいのかしら」
「それは断固拒否ぞ」
嬉々とし拒否した万葉に、静江は「はぁ?」と、今まで出したことのない声が漏れた。
「祓い屋の件じゃが、我はその仕事すら否定する。依頼されている恨みのみを燃やしていては、この世界は炎の海になるじゃろう。祓い屋がなくなれば、恨みの連鎖は経ち切れる。主らの行っていることは、恨みの連鎖を繋げているんじゃぞ」
「まさか、そのようなことを言われるとは思わなかったわね。この道標家に喧嘩を売りに来たのかしら」
「喧嘩ではなく、意思表明じゃ」
「意味がない表明ね。そもそも、貴方が愛している静香も祓い屋なのよ? しかも、道標家の要。貴方は静香を否定しているとわかっているの?」
鋭い瞳を万葉に向け、挑戦的な言葉を放つ。
殺気の含まれている目線を向けられてもなお、万葉は余裕な笑みを消さず静香の背中を優しく撫でた。
「ここからは我ではなく、静香からの言葉の方が良かろう」
赤い瞳を横に座っている静香に向けると、黒い瞳と目が合った。
何を言っても聞いてもらえないかもという不安はあるが、赤い瞳に見つめられると、何故か「大丈夫」と思え、静香は眉を吊り上げ力強く頷いた。
「お母様、私はもう、祓い屋の仕事はしたくありません」
「なっ! 何を言っている静香。貴方は道標家の逸材、今更やめるなど許される訳がありません。道標家の名に傷をつけるおつもりですか!?」
「勝手な判断だとは思っております。ですが、私はもう決めたのです。この世界にある祓い屋全てを、私と万葉で無くします。そうなれば、道標家の名前など気にしなくてもいいですよね?」
「何を言っているの、そのような事出来る訳がありません。現実を見なさい、貴方はこれからも道標家のために――…………」
静江から放たれた言葉に、伸び切っていた糸が切れるかのような音が静香の頭に響いた。
「――――――私はもう、人を殺したくない!!」
突如大声を出した静香に、静江は驚き言葉を失った。
「私はもう人を殺し、燃やしたくないです。ただ、指示に従い、一人の恨みを聞き身勝手な恨みを晴らす事をしたくないんです。殺された人には、大事な人がいたかもしれない。その人を大事に思っていた人がいたかもしれない。そう考えると、私はもう、怖くて今までのような動きは出来ません。考えてしまった、感情を持ってしまった。もう、自分の感情に嘘を吐きたくない。なので、今まで見たいなことを期待されても、私は出来ません。なので、このまま祓い屋を続けるおつもりでしたら、破門にして頂けて結構です。その方が私達は動きやすいので」
静江に負けてはならぬと、静香は彼女を睨みつけた。
今まで培ってきた鋭く光る殺気を、実の娘から初めて向けられ、何も言えない。
「私はもう、覚悟を決めたのです。お母様が何を言っても、私はもう迷いません。恨みは、外野が関わる事でより大きくなり、連鎖が長く続いてしまう。考えないようにしていただけ、今までの恨みも、祓っていたつもりでいただけ。お母様、私達祓い屋は、何のためにいるのでしょうか。恨みを祓っても、祓っても。意味なんて、ありません。私の特殊能力を使うのなら、今のような使い方ではなく、もっと他の方法で人の役に立ちたいのです。なので、祓い屋はここで終わりにしたいのです。なので、私はここから出て行きます。今まで、お世話になりました」
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