第12話
黒い瞳に映るのは鮮血、横になびく赤い髪と、黒い着物。
「悪いのぉ、こやつは我のモノなのじゃ。勝手な事されては困る」
いつも聞いている声、見ている背中。
「っ!? 手が、俺の手がぁぁぁぁぁぁあぁああ!!!!!」
「なんじゃぁ?? 腕が一本吹っ飛んだだけで悲鳴を上げるなど。ぬしはそれでも、今まで人の命を奪ってきた鬼なのか? 弱すぎるのぉ」
目の前に立っていたのは、いつもと少しだけ姿が違う万葉。
額には二本の角、不敵な笑みを浮かべ、血のついている刀を一舐めする。
見た目、纏っている空気、仕草。今までの彼からは想像できない。
静香は、突然の事で頭が動かず、そんな万葉を見続ける。
目を開き驚いていると、万葉が振り返り白い八重歯を見せ笑いかけた。
「先ほどのぬし、とてもかっこよかったぞ! 子供を守ろうとしている時のぬしの表情は、今まで見たどんなぬしよりも輝き、綺麗じゃった」
無邪気に笑う彼を見て、静香はやっと自身があの鬼に怯えていたのだと頭で理解出来た。それと同時に心の中で伸びていた糸が切れ、不安や恐怖を洗い流すように涙がぽろぽろと流れ始めてしまう。
「万葉さん、わたし………」
「おっと、どうやら、我らに時間を与えてはくれぬらしい。悪いが、続きはまたあとでじゃ」
親指で涙を拭いてあげ、万葉は刀を握り直し鬼を見た。
腕を切り取られた鬼が、怒りの形相を浮かべ万葉を睨んでいる。
そんな鬼を、万葉は余裕に見据え、カチャリと刀を構えた。
「なぜ我と同じ見た目をしているのかわからぬが、そこはよいよい。どーせ、低級な鬼が考える事じゃ。我に罪をなすり付けようとしたのだろう。じゃが、残念じゃったな。実力までは、我を真似る事が出来なかったらしい」
「万葉様、何故貴方のような上級者がそんな人間を庇うのですか。貴方は、上に立つべきお人。だからこそ、貴方の姿を借り、他の鬼を支配しようとしていたというのに。肝心の貴方が人間に手を伸ばしていては、意味がないではないか!!」
鬼が残っている手を振り上げ、万葉に襲い掛かろうと、ほんの少しだけ足を動かした瞬間。空中に鬼の顔が舞う。
「なっ――――――」
何が起きたのか理解できない鬼は、空中に投げ出された状態で、地面にある自身の身体と、刀を横に薙ぎ払った状態で楽しげに笑っている万葉を見下ろした。
「悪いのぉ、我、今、ものすごく怒っているのじゃ。そなたの戯言など聞く余裕すら、ないほどにな」
刀を下ろし、万葉は左手に炎の灯す。それを空中に投げ出された鬼の顔に向けて放った。
「さぁ、――――――恨みは炎と共にちり、鎮火せよ」
静香が恨みの対象を燃やす時にいつも言っている言葉を万葉が吐くと、鬼が叫び声と共に燃え散りとなった。
最後の悪あがきというように蠱毒を振りまこうとしていた鬼だったが、それすらさせない万葉の炎が体を燃やし、その場に何も残らず燃え散った。
万葉が刀を一振りし血を落とし、鞘にしまう。その様子を見ていた静香は、和傘をぎゅっと握り目を伏せた。
「む? どうしたのだ?」
静香の様子がおかしい事に気づき駆け寄ろうとすると、子供の声で万葉の足が止まる。
振り返ると、そこには涙を流しその場に座り込んでいる子供の姿。
万葉は早く静香の元に生きたい気持ちを抑え、困りながら子供へと駆け寄った。
「ぬしら、何故こんな夜中にこんな所におるのじゃ、危険じゃろう?」
「お、お母さんが、お母さんが熱で倒れて……。水を…………」
「…………ぬしら、もしかしてあの時の子供か?」
万葉は何かを思い出したかのように、子供二人の顔を覗き見る。
赤い瞳に見つめられ、二人いるうちの一人は泣き出しそうになった。
「おっと、済まない。怖くないから安心せぇ」
泣き出しそうになった子供の頭をなでると、万葉は二人の子供を抱きかかえ、静香の元へと歩き始めた。
「静香よ、ぬしが守った子供だぞ。元気な顔を見せてやるのだ」
満面な笑みを浮かべ子供を静香に見せようとする万葉。静香は俯いていた顔をあげ、子供達を見る。
「…………」
「なぁ、ぬしはなぜこの子達を守ろうとしたのだ?」
「っ、それは、わかりません…………」
むぅ、と。万葉は少し悩んだが、子供の一人が本格的にぐずり出してしまったため、ひとまず家に送り届ける事となった。
迷うことなく子供達の家にたどり着き、万葉と静香は子供達に手を振りその場を後にした。
その後すぐ、万葉のおすすめ場所である、地平線が見渡せる程高い木の枝に移動し、二人は隣り合わせに座っていた。
町からは少し離れているが、万葉は一瞬で辿り着き、静香はもう何も突っ込むまいと素直に言う事を聞いていた。
「ここからの景色は絶景じゃろう? 我はここが一番心和らぐのじゃ」
「確かに、ここからの景色は心が洗われますね。いつ落ちるかわからない恐怖もありますが」
下をちらっと向くと、一度でも滑らせてしまえばもう戻る事が出来ないであろうと思わせるほど高い。人がもう米粒くらいに見えるくらい。
「落ちないように支えるから大丈夫じゃぞ」
「それは安心です。それでですが、なぜここに私を招待してくださったのでしょうか」
隣に座る万葉を見上げ、静香は黒い瞳を向けた。
「うむ、少々ぬしには酷な話になるかもしれぬが、大丈夫か?」
「え、どういうことですか?」
「うーむ。まぁ、良い。ぬしを救い出すため、ぬしには苦しんでもらおう」
軽く口にするが、万葉も悲し気に眉を下げ静香を見ていた。
彼の表情に何も言えず、静香は困惑と焦りで汗が滲み出る。
「今回送り届けた子供、いたじゃろう? あやつらには、少し前まで父親がいたらしい。だが、ある晩、月が隠れている深夜に、突如姿を晦ませた。なにも前触れもなく、痕跡を残さず、いなくなったらしい。何か、覚えはあるか? 静香よ。ここ、最近の事なんじゃが?」
万葉の言葉に、静香は頭を殴られたような衝撃が走り、顔を青くした。
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