第10話

 次の日、また次の日。

 静香は人々の恨みを祓うため、闇の中を走っていた。


 万葉はここ最近姿を現さない。静香はそれに対し、少し違和感を覚えている。

 仕事が終わると、一度無意味と分かっていても周りを見回し、誰かを探すそぶりを見せていた。


「…………」


 でも、何も見つける事が出来ず、家へと帰り報告。同じことの繰り返し。


 そんなある日、静香の耳に一つの情報が入った。


「静香、まだ人が死に続けているわ。早く恨みを燃やさなければなりません」

「鬼が今もなお、現れているのですね…………」

「そうです。ですが、鬼に繋がる痕跡は一つも見つける事が出来ず、身動きが取れない状態。このような事態、道標家にあるまじき姿。これ以上醜態を晒してしまえば、道標家の危機となります。静香、今晩は鬼を見つける事に集中しなさい」

「わかりました」


 集中と言われても、静香には何も情報がないため無謀。だが、それを言ったところで意味はないのは静香自身わかっているため、何も返さない。

 いつもの打ち合わせが終わり、静香は自室へと戻った。


 ドアに背中を預け、息を吐く。天井を見上げようとすると、木目が映るはずの視界に映ったのは赤い瞳と赤い髪。


「よっ! 久しぶりじゃな、静香よ!」

「――――――きゃっ、ムグっ!?」

「しぃ! さすがに我の立場上、ここで他の者に見つかりたくはないぞ」

「むむ! むごっ!!」


 天井に立っている万葉は、叫びそうなっていた静香の口を慌てて塞いだ。

 なんとかその場から逃れようとする静香だったが、筋力と体格差で敵わない。悔しさで眉間に深い皺を寄せていると、万葉が顔を覗き込み口に手を当てしぃっと、静かになるように伝えた。


 ここは素直に言う事を聞くしかない、静香は賛同するように小さく頷く。

 彼女の反応を見て、万葉は満足したような顔を浮かべ手を離した。


「ぷはっ! ちょっと、何をするんですか」

「叫ばれたらゆっくり話が出来ぬじゃろう? だから、少々手荒な手を使わせてもらったまでだ」

「ふざけないでください。そもそも、どのようにここまで入る事が出来たのですか?」

「気配を消していたら誰も気づかなかったのでな。そのまま廊下を歩き来ただけじゃぞ?」

「…………」


 万葉は、気配に敏感である静香でも気配を消されてしまうと見つける事が出来ない。訓練していない女中が気づかないのも無理はないと息を吐いた。

 呆れたような振る舞いをする静香だが、表情はまんざらでもない。

 久しぶりに彼と出会え、少しばかり喜んでいる自分がおり、それは気のせいだとかぶりを振った。


「えっと。それで、ここへは何のために来たのですか?」

「おぉ、そうであった。ぬしに会いに来たのが一番の理由じゃが、ついでに朗報を持ってきたぞ」

「朗報がついでですか……。その朗報とは一体何でしょうか」


 もうこれ以上は突っ込むまいと静香は軽くスルーし、本題を促した。


「それがだな、九鬼と話しておると、ぬしが狙っておる鬼の情報が入ったのだ。あと、対処法も。前回はすぐに逃げられてしまったが、対処法も知らなかったからまぁ良かろう。これを使えばうまく人々の恨みを祓う事が出来るやもしれぬぞ」


 九鬼とは、万葉が静香を蕎麦屋に連れていき出会った不思議な男性。

 優し気な印象を与えるような容姿だが、片手には酒瓶を持っており、万葉には結構容赦のない言葉を放っていた。


 そんな彼の姿を頭の中で思い浮かべたあと、やっと万葉の朗報が今の静香にとってなくてはならないものだと気づき身を乗り出した。


「それ、本当ですか!?」

「お? お、おう。なんじゃ、珍しい反応をするな。どうしたんじゃ?」


 体が勝手に反応してしまって、静香は恥ずかしく思い体を小さくし距離を取る。

 顔を逸らし、静江との会話をたどたどしく話した。



「なるほどな。情報がないにもかかわらず、集中しろと。それは無謀というものではないか? 集中してもわからんものはわからん。時間の無駄だと思うのじゃが」

「それだけ焦っているのでしょう。今、貴方が考えた事を伝えたところで意味はありません。私の意思も必要ありませんので」


 静香の言葉に、万葉は首を傾げた。


「…………なぁ、今までのぬしを遠目から見させてもらっていたんじゃが………」

「っ、な! あとを付けないでとあれほど言ったでしょう!」

「む? 別に恥ずかしい物ではないだろう。ただ、仕事を終えた後周りを見ているような行動をしていたのは少々気にはなるが、周りの目などが気になったのじゃろう? 我が気にしていたのはそこではない」


 静香は複雑そうな顔を浮かべ、頭を抱えた。

 ここで何か言葉を言えば墓穴を掘る、万葉にはそう思わせておこうと静香はあえて何も口にせず閉ざし続けた。


「それより、ぬしの刃が日に日に弱弱しくなっているような気がするのだ」

「え、弱弱しい? 剣筋がなまっているという事でしょうか。それはさすがにあってはなりません。少々体を動かした方がよさそうですね」

「そうではないのだがなぁ」


 万葉が肩を落とし、静香は首を傾げる。


「では、どういう意味なのでしょうか」

「あー……。はっきり言わんと分からんか。我から見たぬしは、今の仕事は向いておらん。今すぐにやめる事を勧めるぞ」


 はっきりとそう言われた静香は目を大きく開き、心臓が大きく飛び跳ねたのを感じながら、ぎゅっと自身の服を掴んだ。

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