第9話
夜、月が雲に隠れ、辺りは闇に包まれていた。
周りには長屋が続いており、人はいない。そんな中、一人の赤い着物を身に纏い、和傘を差している女性、静香が一人、歩いている。
足音一つせず、気配すら感じない。
肩位までの長さの髪を簪で止め、黒い瞳は一つの家に向けられている。
足音一つさせず歩いていると、戸が音を鳴らさず静かに開かれた。
そこから、一人の男性が姿を現す。
男性の姿は、目立つようなものではない、ただの一般人。
そんな男性は、顔をきょろきょろ周りに向け、誰もいないことを核にいしていた。
闇に潜む静香に気づかなかった彼は、誰もいないと思い忍び足で外へ出て戸を閉める。
再度周りを確認すると、何を思ったのか、突如静香とは反対側へと走り出した。
「――――見つけた」
静香は男性を逃がさぬよう、いつものように足音を一切させず走り出す。
足の速さは静香の方が早く、気配すらないため男性は追いかけれていることに気づかない。
男性が走り出してから数秒で真後ろまで走った静香は、和傘を閉じ持ち変える。
やっと気配を感じた男性は振り向き、静香の姿を見た瞬間、顔を真っ青にし叫ぼうとした。だが、それすら彼女は許さず。心臓を一瞬のうちに貫いた。
貫かれた胸元からは血しぶきではなく、赤い炎が燃え広がった。
闇に広がる赤い光は復讐の炎となり、チリへと変わる。空へと舞い上がると、静香の目の前には何も残さず消えた。
闇へと戻った空間に一人残された静香は、和傘を畳み地面をトントンと突く。
黒い瞳は先程まで男性のいたところを見つめていた。
「――――――恨みは炎と共にちり、鎮火せよ」
黒い瞳は閉じられ、ここから去ろうと振り返る。
「っ、あの影……」
静香が振り返った先に、赤い髪を揺らし背中を見せ座っている男性がいた。
万葉がまた現れたのかと思い、ため息を吐きながら歩き、近付いて行く。
「万葉さん、こんな所で何をしっ――――――」
その時、静香の目に映ったのは信じられない光景だった。
男性の手は赤く染まっており、手には人間の頭部。座りながら何かしているとは思っていたが、まさか人を食べているなど考えもしていなかった。
静香は言葉を繋げることが出来ず、今だ人間の頭部にかぶりつく男性を見下ろし続ける。
ゴクンと、喉を鳴らし飲みこんだ男性は、静香の気配に気づいていたらしく立ち上がり、口元に付いている血を拭いながら振り返った。
「おっ、今日は二人も食べられる日かぁ? めでてえなぁ」
にやりと笑う口元からは、血の匂いが漂う。静香の身体にはゾクリと悪寒が走り、頭には響く程の警音が鳴っている。
早くこの場から逃げろと、脳は訴えているが体が言う事を効かない。
完全に油断していた。昼間、九鬼が今晩人食い鬼が出ると教えてくれたのに。
そう後悔の念が渦巻く中、したり顔を浮かべ、人食い鬼は静香に赤く染まっている手を伸ばす。
あと数センチで静香に届く、その時だった。
「悪いが、貴様の汚い手で、こやつに触らんでもらおうか」
静香は急に体が後ろに引き寄せられたかと思うと、温かい何かに包まれた。
上を向くと、そこには無表情な万葉が人食い鬼の手を掴み立っている姿。
「なっ、何故ここに…………」
「少々嫌な予感がしてなぁ。今、こやつに何しようとしたんじゃ。返答次第では、ただでは済まさぬぞ」
人食い鬼が困惑の声をあげると、万葉が掴んでいる手に力を込めた。
「いっ! くそ!!!」
強く手首を握られてしまい、人食い鬼は痛みで顔を歪め無理やり万葉の手を振り払った。
距離を取り、彼を睨む。だが、万葉は表情一つ変えず、静香を抱きしめ人食い鬼を睨む。
「――――ちっ」
流石に勝てないと察し、人食い鬼は舌打ちだけを零しその場から風と共に姿を消した。
何が起きたのかわからない静香は、ただただ万葉の腕の中で困惑するのみ。
夜空を見上げていた万葉は今も警戒を続けているが、気配が完全に消えたため、安堵の息を吐いた。
「ふぅ、大丈夫か、静香よ」
「な、何故貴方がここに…………」
「先ほども言ったが、嫌な予感がしたから来たまでよ。あと、人食い鬼が現れると九鬼が言っていたからのぉ、念のために見に来ていたのじゃ。それより、まだ怖いか? それか、何か気になる事でもあるのか? 難しい顔を浮かべておるぞ?」
腰を折り、静香と目線を合わせる万葉。
赤い瞳に見つめられ、先ほどまでの恐怖が洗い流された静香は、目線を逸らし彼をトンッと押した。
「大丈夫ですよ、なにもありません」
「そうか? それにしては――む? もしかして、仕事の後か?」
「っ、何故分かったのですか?」
「空気感じゃ。ぬしの纏っている空気が揺れておる。人食い鬼に会ったからかとも思っていたが、今はそれも落ちついているだろう。それでも、空気の揺れはそのままじゃ。何かに迷っているように感じるぞ」
万葉の言葉に、静香は目に見える動揺を見せた。
「むっ、動揺したのぉ。何か思い当たる節があるという事じゃな。何かあるのなら、話せ、静香」
和傘を握る手を包み離させ、自身へと引き寄せ顔をあげさせた。
赤い瞳で彼女を捉え、いつでも逃げれるであろう拘束をする。だが、静香は体を動かす事が出来ず、赤い瞳に映る困惑している自分自身を見た。
「話せ、静香よ。おぬしは、本当に今の仕事に納得しておるのか? 他人の恨みを祓いたいのか?」
「な、何を。私は、指示に従うだけの…………」
「それは、ぬしの願いなのか? それは、心からの願いか?」
万葉からの言葉に、静香は言葉がどもる。体を動かす事が出来ないため、逃げる事すらままならない。
何かを言わないとと、静香は口をパクパクと動かすが、口から出る言葉はない。
空気だけが口から洩れ、万葉は彼女の様子に目を細めた。
「…………すまぬ、難しかったな」
「あっ…………」
手を離し、距離を取り背中を向ける。
万葉の背中に静香は手を伸ばしかけたが、その手は空を掴み、そのまま下ろされた。
「…………私は…………」
その後に続く言葉はなく、万葉は風と共に姿を消し、またしても静香は一人、残された。
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次の日、万葉は静香が昨晩、恨みを祓う為向かった家の屋根の上にいた。
中からは、男性がいきなりいなくなり行方不明となったことで慌てている家族の声と、二人分の子供の鳴き声。
「あなた、どこに行ってしまったの…………」
「お父さん!!! お父さん!!!」
泣き声が響く家の屋根にいた万葉は一度目を閉じ、瞬きをする一瞬で姿を消した。
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