第8話

 蕎麦屋を後にした万葉と静香は、二人でお店が立ち並ぶ道を歩いていた。


「ふむぅ、今夜かぁ。ぬしは今夜どうするんじゃ?」

「親への報告をし、指示を仰ぎます。私一人で決める訳にはいきませんので」


 冷たく言い放った静香に、万葉は目を丸くした。


「む? ぬしはどうしたんだ?」

「? ですから、親への報告を――」

「そうではなくでじゃなぁ」


 言葉の意味をしっかりと伝える事が出来ず、万葉は腕を組み考える。

 眉間に皺を寄せ考えている万葉を怪訝そうな顔を浮かべ静香が見ていると、やっと何か良い言葉が思いついたのか、笑みを浮かべ口を開いた。


「報告や指示などを考えず、主は何がしたいんじゃ?」

「えっと……。質問の意図を理解出来ません。何を聞きたいのですか?」

「むぅ、これもわからぬか。むむむ……。ぬしは自身で何かやりたいなどを考えぬのか? こうやりたい、これが欲しいなど。そのようなものを考えたりはしないのか?」


 万葉からの言葉に、静香は表情一つ変わらず、平静を装いながら質問に答えた。


「何を考えても意味はありませんので。私は指示をされたことにのみ動き、自身の思考を持ってはいけないのです。そのため、今回の事は報告させていただき、どのようにするか指示を仰ぎます。今の私はこれしか考えておりません」


 抑揚がなく、感情の込められていない言葉に、万葉は目を細め横に垂れている手を優しく包み込んだ。


「そうか、わかった。なら、我はこれ以上何も聞かんぞ。だが、自身の感情を持つことがあれば、抗うことなく従う事をおすすめするぞ。何百と生きている鬼からの助言じゃ」

「何を言っているのかわかりません。では、私はここで失礼します。絶対に、付いてこないでください」

「お、おう…………」


 流石祓い屋、殺気の込められている瞳で睨まれ、何百と生きてきた鬼が何も言えず口を閉じる。

 そのまま顔を逸らし、静香は万葉から離れ自宅へと帰った。


 歩き去って行く彼女の背中を見つめ、万葉は顎に手を当て、怪しむような笑みを浮かべた。


「ふむ、気づかれんかったらいいだろう」


 ニヤッと口角を上げ、万葉はゆっくりと歩き出す。

 向かった先は、静香の住んでいる道標家だった。


 ※


 道標家にたどり着いた静香は、いつものように屋敷の中に入り自身の和室へと向かう。途中、母親である静江が前方から歩いてきたため、一度足を止め腰を浅く折ると、静江は静香の前で立ち止まった。


「帰ってきたのね、どこに行っていたのかしら」

「少々約束事を果たしに」

「約束事?」

「はい」


 これ以上は特に質問はなく、静香も口を閉ざした。


「…………まぁ、いいわ。それより、貴方への仕事が入ったわ。今夜、祓い屋としての責務を果たしてちょうだい。詳細はいつもの部屋で、準備が出来たのなら来なさい」


 静江の言葉に静香は短く返事をする。彼女の隣を静江は通り過ぎ、姿を消した。


 何度も交わされた言葉、会話。もう慣れた事なため、何も感じない。

 人を殺す事を厭わなくなった静香は、そんな自分を思い、天井を見上げ目を閉じる。


 頭に浮かぶは今までの罪人達の叫び声と、泣き叫び助けを求める表情。

 一発でしとめてほしいという願いもあれば、苦しんでから祓って欲しいという願いもあった。

 そのため、静香は出来る限り依頼をしてきた人の願いを叶えるため、様々な罠や技を磨いて来た。


 思い出していても仕方がない目を開け、自室へと歩き出す。

 何も考えず、何も思い出す事はせず。真っすぐ前だけを見て歩く。


「私は祓い屋、自分の考えなど必要ない」


 その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようなものだった。


「………………………………あ、報告。忘れてしまった…………」

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