第7話
「…………えー、ごっほん!!」
「はっ、離してください!」
「おっと、残念残念」
九鬼の咳払いにより、静香は我に返り万葉の胸板を押した。
素直に離れた万葉だったが、残念と肩を落とし唇を尖らせる。
彼の様子に九鬼は呆れ、頭を抱えた。
「万葉さん、もう少し人との距離を考えた方がいいですよ? 貴方は一気に縮めすぎなのですよ」
呆れている九鬼に、万葉は「そんなことはない」と否定。静香は九鬼の言葉に納得するように頷いていた。
「まぁ、これ以上は何も言いません。それより、今私が知っている情報は先程お伝えさせていただいたくらいですよ」
「次、どこにその鬼が現れるなどの情報はないのか?」
「あるにはありますが、すぐに行動は難しいかと思います」
「それはなぜじゃ?」
「今夜なので」
九鬼の言葉に万葉と静香は目を丸くし、お互い顔を見合せる。そして、再度九鬼を見ると抜けた声を出してしまった。
「「え?」」
「わぁ、貴方達、もしかしたら気が合うのかもしれないですねぇ。もう少し相瀬をしてもいいような気がしますよ?」
「相瀬は今後沢山する予定じゃから気にするな。それより――」
「それよりではありません。貴方と相瀬をすることは一切ありませんので、予定を立てないでください」
静香の言葉に万葉は膝を抱えいじいじと泣いてしまった。
彼を無視し、静香はため息を吐くと九鬼に問いかける。
「あの、本当に今夜、現れるのでしょうか」
「確実に現れますよ」
「なぜ、そう言い切れるのですか? 貴方の情報源はなんでしょう」
静香が問いかけると、九鬼は口の端を横に引き延ばし、右の人差し指を口元に当てた。
目を細め、妖しい瞳を困惑している静香に向ける。
「企業秘密ですよ」
九鬼の瞳に見つめられ、静香は体に寒気が走り鳥肌が立つ。目を開き、汗が滲み出ていた。
この感情は恐怖から来ている物なのか、それとも今まで感じた事のない気配に武者震いしているのか。
体の震えが止まらない。
そんな時、肩にぬくもりを感じ見上げた。
「そんな怯えさせんでも良いじゃろう。普通に断ればこやつは聞かぬよ」
「おやおや、まるで私が悪者みたいな言いようですね。他人の裏に土足で入り込もうとしたため、少々牽制をさせていただいただけですよ?」
「やり過ぎだ…………」
はぁ、とため息を吐きつつ、万葉は静香を落ち着かせるように背中を摩る。
ポンポンと優しく撫でられ、静香は思わず万葉をジィっと見てしまった。
視線に気づき、万葉が静香へ顔を向けると、黒い瞳と目が合った。
「どうした? 怖がらなくても大丈夫じゃぞ。こやつが何かしようものなら、我が全力でぬしを守る。傷一つつけんから安心せぇ」
また、ぽんぽんと背中を撫でられる。親からもそのようなぬくもりを感じさせてくれることがなかった静香は、離してとも言えず顔を俯かせた。
彼女が顔を俯かせたことに万葉は焦り、九鬼を睨む。だが、静香の様子は先程九鬼が驚かせたからなどではないと九鬼自身がわかり、顔を横に振った。
「祓い屋というものは、色々抱えているものですよ、万葉さん。貴方が先ほど言っていた瞳に宿る炎、もっと燃え上がらせたいのなら、心にある氷を解かさなければ見る事が出来ないでしょう。――――いえ、熱くなりすぎてしまい、散ってしまった灰を駆け集め、火を点けてあげなければならないかと思いますよ。それが、貴方にはできますか?」
九鬼の言っている言葉が理解出来ず眉を顰め、万葉は首を傾げながらも口を開いた。
「むー? よくわからんが、我は静香と共に生きたいと思い、瞳の奥に潜む炎を燃え上がらせたいと考えておるぞ。それは、何があってもじゃ。どんなに危険なことが待っていようと、我は静香から離れん。好いてしまったのじゃからなぁ」
白い八重歯を覗かせ、万葉は笑う。その言葉に偽りはなく、安心したように九鬼はいつもの笑みを浮かべ、「そうですか」と呟いた。
うむ、と言い切った感を出している万葉は、静香は大丈夫だろうかと再度見た。すると、頬を染めている静香が目に入る。
「え、あ…………」
何か言いたげに口をパクパクしている静香を見て、万葉は満面な笑みを浮かばせ彼女を両手で引き寄せ抱きしめた。
「かわいいな!! やはり、こやつを我の嫁にするぞ!!」
「な、な!? 何を言っているのですか!! 離してください!!」
万葉の胸板をポカポカと叩き抗議をしている彼女だが、顔はまんざらでもなく頬は薄紅色に染まったまま。
そんな二人を九鬼は眺めており、笑みを浮かべながら手に持っていた酒瓶に口を付けた。
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