第6話

 二人がたどり着いたのは、二階建ての和風建築前。中を覗き見ると、何の変哲もない普通の蕎麦屋さんだった。


「では、入ろうぞ」

「ま、待ってください。ここは普通の蕎麦屋さんです。貴方が言っていた情報屋は、今、ここでお食事をしているということでしょうか? それでしたら、邪魔をしてしまったら申し訳ないでしょう」

「いや、食事をしているわけではないぞ。楽しんではいると思うがな」


 万葉が何を言っているのかわからず沈黙していると、手を引かれ中へと誘導されてしまったため、もうついていくしかない。


 中に入ると、活気のある声で二人は迎え入れた。

 楽しげな話し声に囲まれている間、白い前掛けを腰に巻いている一人の男性が笑顔を浮かべ近づいて来る。


「お待ちしておりました、万葉様。奥の部屋でお客人がお待ちです、ご案内します」

「おう。頼むぞ」


 男性は万葉について知っているのだろうか。静香が状況を理解できないまま話が進み、万葉に言われるがままに蕎麦屋の奥へと進む。


 奥にあるドアを潜ると、上に続く階段があり、襖などはなく一つの大部屋が広がっていた。

 畳部屋の奥、窓の近くに酒瓶を持ち、飲んでいる一人の青年の姿が目に映る。

 先ほど言っていた”楽しんでいる”という万葉の言葉は、そういう事かと冷静に考えながらも、静香の頭の中には、自分がなぜこんな所に連れて来られたのかという疑問がある。


 茫然としている静香の隣に立っている万葉は、当たり前のように案内してくれた男性に礼を言って、帰らせた。

 窓付近にいる方へと近づき、青年の名前を呼ぶ。


九鬼きゅうき

「おや、来ましたね。待っておりましたよ、万葉さん。首を長くして、ものすごく待っておりましたよ」

「そんなに待っていたのか…………」


 呆れたように肩を落とした万葉は、やれやれと出入り口付近で唖然としていた静香に振り返った。


「そこで立っていても仕方がないぞ、静香よ」

「は、はい」


 そんなことを言われても困る。そう思いながらも静香は手招きされたため、二人へと近づいた。

 九鬼は近寄ってくる静香を見て、ニコニコと微笑む。酒瓶を畳に置き、姿勢を正した。


「初めまして、私は鬼の母と九尾の父の子である九鬼という者です。以後、お見知りおきよ」

「は、初めましてっ――九尾? 鬼?」


 何時ものように姿勢を正し、腰を折った静香だったが、引っかかるところが沢山あり思わず聞き返してしまった。


「おや、私の事は何も万葉からは聞いていなかったですか?」

「これから情報屋へ会いに行くとしか…………」

「おやおや、万葉。それは駄目ですよ。しっかりと説明していただかなければなりません。人と妖では考え方や生き方、体のつくり、常識などなど。至る所が違うのですから」


 注意を受けている万葉は、誤魔化すように口笛を吹きよそを見る。

 呆れるように静香は万葉を見ているが、その視線すら無視。早く本題に入ろうと、万葉は静香を九鬼の前に座らせ、自身も隣に座った。


「そんで、本題に入りたいんじゃが。九鬼、我に似た人を食う妖って知らないか?」

「あぁ、なるほど。ここ最近、噂になっておりますね。貴方のような赤髪で赤い瞳の鬼が、夜な夜な人を食べるため徘徊していると」

「そうらしいのじゃよ。そいつのせいで我、静香に燃やされるところで合ったんじゃ。勘弁してほしい物じゃよ」

「っ、燃やされる、ですか? 殺されるとかではなく?」


 九鬼は万葉の言葉に疑問を抱き、きょとんとしたような顔を浮かべ問いかけた。


「そうらしい。静香は代々受け継がれてきた祓い屋、道標家の娘なんじゃ。しかも、静香は何百年ぶりの逸材らしく。我々と同じような力、特殊能力が備わっておるようじゃぞ?」

「なるほど…………」


 九鬼は微笑みを消し、顎に手を置き何かを考え込む。そんな時、静香は眉を染め隣に座る万葉を見上げた。


「む? どうした?」

「なぜ、私が特殊能力を持っている事や、何百年ぶりの逸材なのだと言われている事をご存じなのですか?」

「む? 静香の後を追っていたからじゃが?」


 当たり前のようにいい放たれ、静香は目を丸くする。頭の中で整理すると、顔を真っ赤にし頬を膨らませた。


「あり得ません」

「気に入った女を知りたいと思うのは仕方がないだろう?」

「そういう問題ではありません」

「どういう問題なんじゃ?」


 本当によくわからないというように眉を下げ、項垂れる万葉を九鬼は真面目な顔で見た。


「貴方達の関係について、私は特に何も言いません。本題である鬼の件に戻しますが、情報持っていますよ。ただ、相手にするのは少々難しいかと思われます」

「む? それはなぜじゃ?」

「力的には雑魚なため、貴方のような偉大な鬼でしたら簡単に殺す事が出来るかと思います。ですが、その後が本当にめんどくさいのです」


 眉を顰め考え込む九鬼を見て、静香と万葉は顔を見合せた。


「…………倒した後、その鬼は近くにいるものすべてに呪いをかけようと蠱毒をまき散らすのです」

「ふむ、それは確かに厄介じゃな。静香に蠱毒が降りかかってしまうと命の危機だ。それだけは避けねばならぬ」


 当たり前のように静香の事を心配した万葉に、彼女は目を微かに開き驚愕。万葉の服を掴み、見上げ口を開いた。


「あの、何故私の心配をしてくださるのですか?」

「先ほどから言っているだろう。我はぬしを気に入ったのだ。気に入ったものを守りたいと思うのは当然の事じゃろう?」

「私は貴方を燃やそうとしたんですよ? 恨んでもおかしくないというのに、なぜですか?」


 今までの疑問も含め問いかけると、万葉は笑みを浮かべ静香の顔に自身の顔を寄せ口を開いた。


「我を燃やそうとしていたおぬしがとても美しく舞っており、目が奪われたのじゃ。その瞳の奥にある消えかけの炎も、我はもっと見たいと思っておる。もっと、燃えてほしいとまで、思っておるぞ」


 近付いて来た万葉を押し返す事が出来ず、静香は彼の赤い瞳に吸い込まれるように見入ってしまった。


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