第5話

 今、静香と母親である静江が二人、和室の中心で顔を見合せ正座していた。


「まさか、貴方が恨みを燃やすことができなかったなんて……。どういうことかしら」

「今回の恨みの対象なのですが、渡されました資料とは少々違っていたみたいです」

「違っていた? 詳細を教えなさい」


 肩眉を上げ、静江は腕を組む。それもそのはず。


 道標家は、祓い屋の中でも大きい。そのため、情報源は多数。今まで、今回のように間違えた情報を渡されたことは一度もない。

 静江が眉を顰め、静香を怪訝そうな目で見る。


 疑いの目を向けられている静香は、表情一つ変えず昨晩であった出来事を掻い摘んで話した。


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「話は分かりました。では、引き続き情報を探るように伝えておきます。貴方は情報が入るまで、いつものように他の恨みを燃やしなさい」

「わかりました」


 頭を下げ、静香は了承の意を伝え、その和室を後にした。


 廊下を一人で歩き自室へ戻っていると、何処からか自身の名前を呼ぶ声が聞こえ足を止めた。

 振り向いたり、周りを見るが誰もいない。道標の人達が毎日手入れしている庭、盆栽が置かれている棚。風で揺れている木や花が視界に入るのみ。静香を呼べる存在など、この場にない。


 静香は気のせいだと思い、また歩みを進めようとすると、何かにぶつかってしまった。



 ――――――――トンッ



「おっと、何か気になる物があったのか? じゃが、前は向いた方が良いぞ」

「っ、貴方は、昨日の鬼!?」


 目の前には昨晩、静香が恨みの対象だと思っていた鬼、万葉かずはが笑みを浮かべ立っていた。

 赤い髪を靡かせ、真紅の瞳を困惑している静香に向ける。逃さないように静香の肩を掴み、抱き寄せようとした。


「ちょ、何をするんですか!?」

「少々、共に来てほしいところがあるんじゃよ。来てくれるな?」


 抱き寄せられる手前で静香が万葉の胸を手で押し、抵抗。だが、万葉はそれでも引き下がることはなく、なぜここに来たのか説明をし始めてしまった。


「昨日のことだが、こちらでも調べようと思ってじゃなぁ。じゃが、我が昨日のように自由に動くと、またしても勘違いされるかもしれぬじゃろう? じゃから、おぬしと共に調べようと思ってな。監視も含めてじゃ、良いだろう?」


 何を言っているんだ、なぜそのような事をしなければならない。そう思い、静香はキッと黒い瞳で睨みつけた。

 離れようと万葉の胸を叩くが、力の差は出ており意味はない。


「では、行くぞー!」

「え、ま、待ってください!?」


 静香の止める声など聞かず、万葉は彼女の手を掴み抱きかかえ、その場から空高く飛び上がってしまった。


「え、え? えぇぇぇぇえええええ!?!?」


 近くなる青空、体に感じる浮遊感に今まで出したことがない声が口から飛び出た。

 落ちないように自然と手が万葉の首に回る。


「おー、これは我得じゃなぁ。あっはっはっはっはっ」

「笑っていないでおろしてください!」

「今おろしてもよいのか?」


 今も建物の屋根や高い木を飛び渡っている。今おろされてしまったら、確実に怪我などでは済まない。

 顔を真っ青にし、落ちないように万葉に抱き着いた。


「今すぐ地面のある所でおろしてください!!」

「あともう少しじゃぞ。それまで待つのじゃ」

「どこに向かっているんですか!?」

「最近、我が知り合った情報屋の所じゃ」


 それだけを言うと、しなる木の上で膝を深く折ったかと思えば何よりも高く飛び、静香の悲鳴が再度響き渡った。

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